IF:第七話 ユージと掲示板住人たち、領主夫妻と交渉をはじめる
ちょっと短めです
「ケビン。ゲガスから聞いておる、何やら話があるのだろう?」
「はい。そのために、領主様にこの機会をいただき、彼らを連れて参りました」
「うむ。話を聞こう」
「ありがとうございます。では……私ではなく、ご本人たちから」
「領主ご夫妻、ならびに代官様、面会の機会をくださりありがとうございます」
「ああ、かしこまらなくてよい。ここは辺境、王都と違って口うるさい貴族もおらぬしな」
ケビンに促されて話をはじめたのはユージ、ではない。
もしトリッパーたちがいなければ仕方なかったかもしれないが、ここには10年間引きこもっていたユージ以外の人間がいるのだ。
話しはじめたのは、クールなニートである。
「では、私たちが話を望んだ前提であり、おそらくみなさまに最も重要な点をお知らせします」
クールなニートの前置きに、領主は頷いて先を促す。
ユージは足元にコタローをはべらせて固まったままである。
検証スレの動画担当は盗撮している。
アリスは侍女から給仕されたお菓子を食べてご機嫌である。
郡司はじっと領主夫妻を見つめ、ケビンは微笑みを浮かべている。
一人おかしい。
「私たちは、稀人です」
「なんと……」
「まあ! それでケビン商会は新しい保存食を」
クールなニートのカミングアウトに驚く領主夫妻。
同席しているプルミエの街の代官も目を見張っている。
「待て、いま私たちと言ったな。ケビン、アリス嬢は違うであろうから、稀人はこの三人か?」
「いえ、領主様。混乱を招くと思いまして、この場には連れて参りませんでした。稀人は総勢で31人となります」
「おう?」
「……は? レイモン」
「稀人と思われる者が集団だった記録はこの国にはないかと。近隣諸国では……どこかで読んだ気も」
ユージも入れれば、「稀人」は31名である。
予想していない人数だったらしく、領主はフリーズしている。
むしろ領主夫人と代官の方が立ち直りが早かったようだ。
「31名の稀人か……儂が領主の時に、このようなことがあるとは」
「あなた、落ち着いてください。先ほど『前提』だとおっしゃいましたね。話を続けてくださいませ」
「はい。ケビンさんから過去の稀人の話を聞いて、私たちは早急に領主様に会う必要があると考えました」
「ふむ?」
「この世界にはない知識を知っている者たち。それは富を生み、時に超人的な力を持った稀人もいたようですから。それが31人です。領主様のお耳に入る前に、直接希望をお伝えしたいと」
「ほう?」
王都で騎士を務めるという領主はすぐに動揺をおさえたようだが、いまのところ相づちを打つだけである。
大丈夫かと不安そうなユージをよそに、クールなニートは話を続ける。
「私たちの希望は二つです」
「この地に、稀人か……うむ、申してみよ」
「まず、このプルミエの街の北、森の一部を開拓することを許してほしいのです」
「領主様、稀人の希望する地はプルミエの街から〈大森林〉を北上しておよそ三日、農村も開拓村も存在しない場所です」
クールなニートの発言を、ケビンが補足する。
ユージは無言である。当然か。
「ほう、つまりその地を領地としたいということか?」
「いえ、そのようなことは。開拓を許していただきたいだけで、領主様に税を納めるつもりです。開拓が成功して農作物ができた際には現物、不足分は現金で人頭税を払おうと考えております。もちろん、農作物ができる前は現金で」
「では開拓村の扱いと同じですわね。初期の免税を適用すれば、ですけれど」
「希望はもう一つ。この街に出入りできるようにしていただけないかと」
「それは儂の領地の外の街もか?」
「いえ。今後はわかりませんが、それは私たちが信用を得てからの話だと考えています。この街と周辺の農村に入れれば……」
「ふむ、ではすべて儂の領地内の話だな。かまわぬ。どちらの希望も叶えよう」
「もし希望を受け入れていただけるのであれば、私たちは新しい衣服の知識を……え?」
「かまわぬぞ」
「え?」
希望を伝えて理解してもらったところでメリットを提示しようとしていたクールなニートが固まる。
領主から、あっさり希望を認められて。
クールなニートだけではない。
隣に座っていたケビンも郡司もユージも、こっそり撮影していた動画担当さえ固まっていた。
お菓子をほおばるアリスと、壁際で侍女に撫でられて尻尾を振るコタロー以外。
領主夫人は艶然と微笑み、代官は無表情だ。
「あの、領主様?」
「優遇せよという話ではない。その程度、ほかの移民の扱いと変わらぬのだ。ならばかまわぬ」
「あなた、きちんと説明して差し上げた方がよいのではなくて? ほら、みなさま混乱していますよ」
「あ、その、申し訳ありません。あっさり受けていただけるとは思っていなくて」
「ありがとうございます領主様!」
「どーしたのユージ兄?」
いくつかのパターンを想像していたが、あっさりOKが出るとは思っていなかったらしい。
なにしろクールなニートは、稀人の存在を認めるメリットさえ伝えていないのだ。
この世界において、稀人は金の卵を生むガチョウなのに。
むしろ何も考えていないユージが最初に感謝を伝えている。空気読めなさすぎか。
「そもそもこの辺境で、開拓は推奨しておる。開拓したいと求め、税を納めるつもりもあるようだ。ケビン商会の会頭が並んでいるということは、稼ぐ算段もあるのだろう」
うんうん頷きながら話しはじめる領主。
クールなニートはじっと聞き入っている。
同じように領主の反応が予想外だった、ケビンも。
「特別扱いせよ、ということであれば検討が必要だが。通常の移民と変わらぬ、ああ、開拓民としての税の優遇については検討の余地があるか」
「……ケビンさん?」
「開拓団として領主様に認められれば、開拓をはじめてから三年間は税の優遇があるんです。あるんですが、それ以前にこれほどあっさり……」
「あなた、そこではありませんわ。辺境の成り立ちと、約定を伝えるべきです」
「領主様、私も教えていただきたいです。私たちには、この世界にはない知識がある。うまく活用すれば利益を生み、それだけ私たち稀人を受けいれるリスクもあるはずです」
クールなニート、ちょっと立ち直ったようだ。
うまい話には裏がある、と怪しんだのだろう。
あっさり喜んだユージとは違う。
「おお、その話であったか。そうだな、この地に稀人が現れたのだ。当人にも伝えるべきか」
大きく頷いて、領主が長い話をはじめる。
それは、稀人だった初代国王の父とその息子の初代国王、そして最初の辺境の領主が交わした約定の話。
モンスターはびこる〈大森林〉を抱えた辺境が、なぜこの国の領地なのかに関わる話だった。
ところで。
あまりに簡単に認められて拍子抜けなクールなニートとケビン、喜ぶユージ、飽きはじめたアリスとコタローはいいとして。
郡司、何もしていない。
まあ何かしている動画担当は、それはそれでマズイのだが。
盗撮は犯罪である。
この世界にはまだ盗撮、というか撮影の概念がないが。
( さんざん引っ張ってたけど本編全体336話、17章22話に最初から答えがあったとか言えない )
ちょっと短めですが、別シリーズの『ゴブリンサバイバー 1』発売後初の土日でバタバタしておりまして……
ご容赦ください!
次話、6/3(土)18時更新予定です!





