IF:第四話 ユージと掲示板住人たち、プルミエの街にたどり着く
ワンッとコタローが小さく吠える。
応じるように、先頭を歩くケビンが一行に声を掛ける。
「みなさん、モンスターです」
ユージの家を出て、街に向かう道程の二日目。
案内役のケビンとユージ、アリス、コタロー、クールなニート、郡司、検証スレの動画担当。
六人と一匹は、モンスターに遭遇したようだ。
「ケビンさん、俺たちが対処します」
「え? クールなニート?」
「ユージ、ケビンさんは遠距離攻撃できる武器を持っているように見えない。アリスちゃんのためにも、できるだけ遠くで倒す方がいいだろう」
「あ、そっか。じゃあ俺は、敵がこっちに来たら近づけないってことで」
隊列の最前線に出て盾を構えるユージ。
やや後ろで、クールなニートと郡司、検証スレの動画担当がクロスボウを構える。
撮影役の動画担当は、カメラに三脚をセットしてひとまず攻撃にかかるようだ。
ちなみにカメラは黒い箱で覆われている。緩衝材 兼 怪しまれないための偽装である。
四人の後ろにケビン、火魔法の使い手であるアリスはケビンの横だ。
森で火魔法を使えば森林火災の可能性があるため、アリスを戦闘に参加させないつもりらしい。賢明な判断である。
あとユージの横、最前列にはコタローも並んでいる。殺る気満々か。獣ゆえ。
「みなさん、私も戦えますからね。対処が難しければ遠慮なく声をかけてください」
「ありがとうございます、ケビンさん」
クールなニートは余裕なようだ。
いくら探索に参加して何度も戦闘をこなしてきたとはいえ慣れすぎである。むしろ活き活きしている。
コタローが吠える先から現れたのは、ゴブリンが五匹にオークが一匹。
オークがいる分、これまでの遭遇戦でも厄介な部類に入るだろう。
もちろん、川を挟んで対峙した小軍勢とは比べるまでもないが。
だが、六匹のモンスターを見てもクールなニートは怯むことなくクロスボウを構える。
「この距離なら二射はいけるだろう。全員、まずはオークを狙おう」
「了解! 俺はいいとして、郡司先生はイケるんですか?」
「問題ありません。ここは剣と魔法の世界で、相手は殺意を持って向かってくるのですから」
問題ないらしい。
弁護士であるはずの郡司の倫理観も怪しいものである。
あるいは単にファンタジー好きの血が騒いでいるのか。
「第一射、放てッ!」
ゲギャグギャと騒ぎながら向かってくるゴブリンたちを越えて、ドタドタ走るオークに三本のボルトが突き立つ。
練習の成果もあって、三人とも外さなかったようだ。
オークはヒザをついて、ボルトを抜こうと手を動かしている。
「続けて装填!」
指示を出しつつ自らも弦を引くクールなニート。
ユージは盾を構えたままだが、コタローが駆け出してゴブリンと交錯する。
一匹が倒れて、コタローはちょろちょろとゴブリンの足元を動きまわる。
ゴブリンたちの足を止める、見事な遊撃役であった。
「よし! 第二射、構え!」
「コタロー、矢が飛んでいくよ! 離れて!」
「場所的に俺が一番左だな! 郡司先生、左から二番目、イケますか?」
「やってみましょう」
ユージの指示が聞こえたのか、コタローがゴブリンの足の間を駆け抜けて退避する。
トリッパーたちが狙いを定めて、すぐ。
「第二射、放て!」
二度目の斉射が行われた。
斉射、といっても三人だけだが。
「とか言いながら俺が外した! すまん!」
「ゴブリン二匹なら大丈夫、俺は何回も倒したことあるし……ってコタロー!」
いまなお立っているのは、ゴブリン二匹。
あとは自分が倒そうと盾と短槍を構えてユージが近づいていったところで、一匹が倒れた。
コタローである。
クロスボウの攻撃を受けないよう退避していたコタローが、ゴブリンの後ろから襲いかかったのだ。
これで、残るは一匹。
「一対一なら、何度もやってきた。大丈夫、大丈夫」
呟きながら、ユージがゴブリンに短槍を突き刺す。
ユージ、余裕である。
いや、ブツブツ言っていたのは余裕なのではなく、自分に言い聞かせていただけのようだが。
「ユージえげつねえな! でもサンキュー、助かった」
「気を緩めるのは早いぞ動画担当。きちんと仕留めたか確認してからだ」
立っているモンスターはいない。
だが、油断した面々をクールなニートが戒めるのだった。異世界に馴染みすぎである。
「ユージ兄もコタローもおじちゃんたちもすごーい! アリスもばーってやりたかった!」
「そうですねアリスちゃん。みなさん安定感がありました」
ユージとトリッパーたちの戦闘を見ていたアリス、ケビンは合格点をくれるようだ。
アリスはともかく、現地人で戦う力を持ったケビンからのお褒めの言葉に、四人ははにかんでいた。
ユージだけ、頬に返り血を残したまま。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
街に向けて旅立ってから四日目の昼頃。
二日目に一度モンスターと遭遇して以来、特に危険もなく順調な道行きだった。
「ユージさん、そろそろ森が切れて街が見えますよ。そこでお昼にして、あとは街まで一気に行きましょう」
ユージに声をかけるケビン。
たしかに木々の間隔が広くなり、森の中に陽光が入って明るくなってきている。ところどころには切り株も見え、人の痕跡も目にしていた。
「わかりました、ケビンさん」
小声で返事をするユージ。
緊張して、ではない。ユージの特製背負子にアリスが腰掛け、スヤスヤと寝ているのである。
アリスを起こさないよう、気を遣ってのことだった。
「いよいよか……」
「カメラおっさんは遠景で撮っただけだからな! くっそ楽しみ!」
トリッパーたちが内心の興奮を抑えながら歩くこと数十分。
森が切れ、視界が開ける。
どうやらちょうど周囲より高い場所に出たようだ。
見下ろす景色の先に、街が見えた。
ユージが異世界に来てから三年目にして初めての街。
ユージが引きニートになってから十三年ぶりの街である。
森の先には、なだらかな起伏を見せる草原が広がっていた。
森から離れるにつれ、整備された農地らしきものが目に入る。
ユージから見て右手には川が流れていた。
先日、強行偵察班として街を見かけたのはその川のそばからだろう。
川の流れを視線でたどっていくと、川辺まで続く壁が目に入る。
土台は石、その上は木製だろうか。
離れているため高さははっきりしないが、4、5メートルはありそうな壁である。
それが手前の川べりからはじまり、陸地に円を描くように曲線を見せて続いていた。
壁の前には、川から引き込んだ水堀がキラキラと太陽の光を反射している。
途中、水堀には橋が架かり、その先には門が見える。
どうやらそこから街に入れるようだ。
ユージはぽかんと口を開けて固まっている。
コタローも足を止めて、ただその景色を見入っていた。
クールなニートと郡司も無言で見つめ、検証スレの動画担当はテンションも高く撮影をはじめている。
ユージの背中の背負子に腰掛けて寝ていたアリスがもぞもぞと動きだす。
どうやらユージが立ち止まったことで揺れが止まり、目を覚ましたようだ。
あー、まちだー! アリスね、まちははじめてなの! えへへー、どんなところかなー、とはしゃぎだしている。寝起きのいい子であった。
そんなユージ一行を思いやってのことだろう。
ケビンは足を止め、休憩に向いている場所を探していた。
ここで昼食にするようである。
「ユージさん、街まではまだしばらくかかりますから、いったんここでお昼にしましょう。ゆっくり歩いても、陽があるうちに街に入れますよ」
そんなケビンの言葉も、ユージの耳には届いていないようだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ああ、ケビンさん、お帰りなさい。ちょっと待っててくださいね。隊長、隊長!」
ユージたちが街を目にしてから2時間ちょっと。
ついに一行は、街の門までたどり着いた。
ユージはどこか上の空で、水堀や壁を見てははしゃぐアリスのことはコタローが見守っていた。面倒見のいい女である。犬だけど。
クールなニートと郡司は無言でキョロキョロと忙しなく、動画担当はカメラをまわすのに忙しい。ダメな人間たちである。
門の警備兵たちは、どうやらケビンの顔を知っているようだ。
すぐに一人が門の奥の詰め所に走り、隊長と思わしき人物を呼んできた。
「こんにちは、隊長さん。お話ししていた通り、こちらがアンフォレ村のアリスちゃんと、領主様と面会されるユージさん一行です」
「アリスはアリスです! 7才です! アンフォレ村に住んでました!」
自分のことを紹介されたのがわかったのか、アリスはさっそく自己紹介する。
隊長と呼ばれた厳つい男は、デレッと顔をゆるめていた。どうやら子供好きのようだ。
「おおそうか、アリスちゃんはしっかりしていて偉いねえ」
しゃがみ込み、アリスと目線を合わせて褒める隊長。
後ろを振り返り、おい、と部下に指示を出す。
すると何やら台帳らしきものを持った女性が近づいて来る。
「アリスちゃん、ちょっと向こうでこのお姉ちゃんと話をしてくれるかな? アリスちゃんが街に入るのに必要なんだ」
ケビンから事前にアンフォレ村の生き残りの子供という話を聞いて、準備をしていたのだろう。子供には甘いが仕事はできるようだ。
ユージとトリッパーたちは、特に質問されることなく木札を渡された。
ケビンは領主との面会だけでなく、領主からユージたちの通行許可をもらっていたらしい。
渡された木札は7日間有効の通行許可証で、領主との面会の際、事務方から面会済みの印をもらう流れになっているらしい。
領主と繫がりがある国外からの来訪者などを受け入れる際の流れと同じだそうだ。
もちろん正式な外交使節団などはまた違う流れらしいが。
ちなみにコタローは問題なく街に入れるようだ。
ただ、人に危害を加えた場合は飼い主の責任になり、ひどければ奴隷落ちもありますから気をつけてくださいね、とユージが脅されていたが。
ともあれ、ユージもアリスもコタローもトリッパーたちも、30分ほどで街に入る門を通り抜けることができた。
ついにユージは街の中に足を踏み入れる。
すると、数歩先を歩いていたケビンがくるりと振り返り、両手を広げて満面の笑みでユージたちに告げた。
「さて、皆さん。ようこそ! ここが開拓者の街、プルミエです!」
次話、5/13(土)18時投稿予定です!
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