IF:第三話 ユージと掲示板住人たち、初めての異世界の街に向けて出発する
「アリス、疲れたら言うんだぞー。アリスの特等席もあるからね!」
「はーい、ユージ兄!」
右手を上げて返事をするアリスの元気な声が森に響く。
ケビンがユージの家に到着してから二日経ち、ユージたちは街に向けて出発した。
いまはケビンを先頭に、川に出て森を南下しているところである。
一行の先頭はケビンとコタロー。
次にユージ、アリスと続き、郡司先生とクールなニートが続く形である。
検証スレの動画担当は、一行のまわりをウロついて撮影していた。
時に遅れてユージたちが森を行く後ろ姿を撮影し、時に先行して向かってくる姿を撮影し、時に並んで横顔を撮影する。
楽しそうでなによりである。
ここは異世界で、危険なモンスターが出没する森なのだが。
「旅慣れた大人の足だと三日ですが、ユージさんもアリスちゃんも初めての道ですし、四日目の陽が出ているうちに街に着くよう余裕を持って考えてます。だからアリスちゃん、無理しないようにね」
ユージに簡単に説明し、最後はアリスに呼びかけるケビン。
途中で拾ったのだろうか、細い木の枝をブンブン振り回しながら、はーい、とアリスは元気よく返事をしていた。まだまだ余裕そうである。
ユージの背には、アリスが座れるように改造した背負子があった。
いまはリュックを乗せているが、アリスを背負うことになればほかのトリッパーたちがユージの荷物を受け持つらしい。
もしロリ野郎を連れてきていれば、アリスを背負ってくれたことだろう。むしろ下ろさないに違いない。置いてきたのは英断である。
ちなみにアリスは小さな布のポーチを肩からたすき掛けしている。
お気に入りの小さなリュックは、この世界では明らかに異質だったのだ。
ユージとトリッパーたちが持つリュックは、悪目立ちしないことを意識して超大型ホームセンターで買ってきたものだ。
買ってきたというか、布の袋に肩掛け・リュック用の持ち手を縫い付けただけである。
間近で観察しなければこの世界でも目立たないことは確かだが、アリスのお気に召さなかったらしい。
「そういえばケビンさんも来る途中にモンスターに襲われたそうですけど……。最近多くありませんか?」
「ええ、私も増えているように感じますね。領主様と面会する際に、一緒に相談しようかと思っています」
足を止めずにそんな会話を交わすユージとケビン。
経験豊富な行商人の目から見ても、モンスターは増えているようだ。
「ケビンさん。そうしたモンスターの情報は、領主様に報告するものですか? 本来窓口は別にあるのでは?」
ユージとケビンの会話に口を挟んだのはクールなニートだ。
領主に会うために、ケビンは時間と人脈を使って働きかけた。
それを考えれば、窓口が別にあると考えるのは当然だろう。
「本来は街の警備隊、それと冒険者ギルドに報告することですね。最終的には領主様や代官様に報告がいきます。ただ私がしようとしているように、農村の村長などが直接領主様に陳情することもありますね」
「そういうもんなんですねー」
クールなニートとケビンの会話を聞くユージは暢気なものだ。
まあ撮影に励む動画担当も、ファンタジー世界の街に妄想が止まらず無口な郡司も暢気なものだが。
「なるほど……それも村長の役割だと。ケビンさん、一つ報告があります」
暢気な三人、いやアリスも含めて四人をよそに、クールなニートが真面目な顔でケビンに切り出す。
農村、村長。
話が出たこのタイミングで、クールなニートは言うつもりらしい。
「先日、俺たちのうちの何人かが、街の近くにある農村に入りました。街には近づいていませんが、アリスちゃんの家族を探すことと……情報を確認したいと思いまして。気を悪くしたら申し訳ありません」
他人からバレるより、自分から。
クールなニートは機会をうかがっていたのだろう。
ケビンの足がわずかに緩むが、動揺はそれだけだ。
「そうですか……いえ、いい判断だと思いますよ。情報源が一つでは信頼できない、というのは理解できますから。どうでしょう、それで私は信頼してもらえましたか?」
「はい。ケビンさんはユージに、俺たちに真摯に向き合ってくれています。稀人の価値やユージの家の価値を考えれば、いくらでも利用できたはずなのに」
「そこは私の師匠、『血塗れゲガス』の教えですね。人を騙して稼ぐのは悪手だと。信頼関係を作れば、何年も何十年も取引できる、と教えてこられましたから。ゲガスはその信条で、各地から珍しい物品を集め、商売を成功させているんです」
「ケビンさんに出会えたことが、ユージ最大の幸運だったのかもしれませんね」
はしゃぐアリスにつられて、ふらふらと前方に行ったユージを見つめるクールなニート。
たしかに、冒険者三人組やアリスの知り合いだったケビンが悪人であれば、ユージはこんな暢気に暮らせなかったかもしれない。
なにしろ危機感なく30人のトリッパーを受け入れているほどである。
「みんな、おそーい!」
「ほらアリス、あんまり急ぐと疲れちゃうから。ゆっくりね、ゆっくり」
尻尾を振るコタローの横で、振り返って叫ぶアリス、アリスをなだめながら微笑むユージ。
平和な光景である。
ここはモンスターがはびこり、盗賊もいる物騒な世界なのに。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「はあ……しょうがないんだけど……不安だなあ」
領主との交渉のため街に向かった初日の夜、野営地。
木々が拓けた場所にタープを張り、体を休める一行。
穴を掘り、小さな横穴を開けて空気を通し、その中でたき火を燃やしている。
暖をとりつつまわりから火が見えないようにする野営の知恵である。
手伝いますよ、というユージの声かけもあり、最初の見張りはユージの担当だった。
たき火の前に座ってあぐらをかくユージの横では、コタローが丸くなっている。
最初の見張りはユージの担当、というよりコタローの担当であるようだ。
コタローの索敵能力はケビンからも信頼を勝ち得たようだ。できる女である。犬だけど。
「ん、んん、ユージにぃ」
目をこすりながら、アリスが起き出してユージの下へやってくる。
どうやら眠れないようだ。
「どうしたアリス?」
アリスは何も言わず、あぐらをかいたユージの足の中に腰を下ろし、ユージにしがみついて胸に頭をくっつける。
「ユージ兄はどこにも行かないよね? だいじょーぶだよね?」
顔を伏せながら小さな声でユージに問いかけるアリス。
小刻みに震えているのは、決して寒いからではないだろう。
ユージが森でアリスを見つけてからおよそ2年半。
これまでの探索でもアリスは外泊していたが、今回は街に向かって領主に会うための旅路である。
アリスもまた、これまでと違う雰囲気を感じ取っているのだろう。賢い幼女である。
ユージの右足にコタローがよじのぼり、アリスにそっと体を寄せる。わたしもついてるわよ、と言わんばかりの行動だ。
「うん、俺はアリスと一緒にいるよ」
そういってアリスの小さな体を抱きしめるユージ。
そうだな、アリスもいるんだ、俺がしっかりしなきゃ。
そんな決意を小さく呟き、ユージは目を閉じるのだった。
見張りとはいかに。
だが、問題はない。
旅慣れたケビンの眠りは浅いこともあるが、クールなニートも郡司も検証スレの動画担当も起きていたので。
ファンタジー世界ではじめての街を前に、トリッパーたちは眠れなかったようだ。
決してユージの見張りが不安だったわけではない。たぶん。
ちなみに検証スレの動画担当は、低い位置からカメラをまわしていた。
旅の一幕は、動画にも残されたようだ。
元の世界で見るには音声がおかしくなるが、こちらにいるトリッパーたちが見る分には問題ない。
ユージの成長に、トリッパーも妹のサクラも喜んでもらえることだろう。
次話、5/6(土)18時更新予定です!





