IF:第二話 ユージと掲示板住人たち、領主との交渉で提示する材料を相談する
ちょっと短めです
ケビンが領主との約束を取り付けて、ユージの家にやってきた次の日。
ユージとトリッパーたちは、家の前に集合していた。
切り株やらキャンプ用のチェアを持ち出して、作戦会議である。
自由に行動できるように、街に行って領主に交渉する。
街に行くのはユージとアリス、コタロー、クールなニート、弁護士の郡司、撮影役の検証スレの動画担当の五人と一匹だ。
ケビンと合わせて、領主と会うのは六人である。そのうち交渉役が何人かは怪しいところである。
作戦会議。
誰が交渉するか、というか交渉できるかは別として、材料は必要だ。
ただ好きにさせてくれと言うのではなく、利益を提示して自由を勝ち取るつもりなのだから。
「携行食ですか。ええ、それが作れるのであれば喜ばれると思いますが……ですがユージさん、すでに携行食はありますよ?」
「え?」
「保存食についてお話した時にお渡しした、堅く焼き締めたパンと干し肉ですね」
「抜けすぎだぞユージ! 俺たちはちゃんとわかってたから!」
「ミートの言う通りだ。ユージ、ここはサンプルを見せるべきだろう」
「あ、そっか。ケビンさん、俺たちが作ろうとしてるのは、こんな感じなんですけど。よかったら食べてみてください」
「見本があるのですね。では失礼して」
ユージからそれを受け取り、ケビンが一口かじる。
ケビンは、驚きで目を丸くした。
「……これは、おいしい」
「俺たちの世界ではフツーに売ってるものですね! この前教えたオートミールに近いのかな?」
ユージがケビンに食べさせたのは、スティック状の栄養機能食品だ。
カ○リーメイトやソ○ジョイ、一本満○バー的なアレである。
サクッと食べられて小腹を満たすアレである。
「難易度がなー。どれだけ再現できるかわからないんだけど」
「大丈夫大丈夫、完成度が低くてもあのかったいパンよりおいしくなるって!」
「歯が欠けるかと思った。憧れだけで食べるもんじゃねえな」
ユージたちからちょっと離れた場所に座る大半のトリッパーたちは、口々に騒ぎ立てる。野次馬か。
昨日ケビンから分けてもらった保存食を批評している。
興味本位ではなく、交渉材料になり得るか確かめたらしい。
「おーとみーるとくんせいは、いま試作中です。缶詰もですね。ですがこれはまた」
「教えなくてすいません。でもこれ、難易度が高いみたいで。材料があるかどうかもわからないし、作り方も簡単に説明できなくて」
「はあ、複雑なのですね」
まだトリッパーたちがこの世界にやってくる前、ユージはケビンに保存食を教えた。
ケビンの協力を取り付けてお金を稼ぎ、食料や道具を得るために。
だが、今回交渉材料にしようとユージたちが考えた栄養機能食品は、ケビンに教えなかった。
なにしろカロリーやら栄養素やら、話しても通じるとは思えなかったので。
イチから教えるにしても、当時ケビンと直接話せるのはユージしかいなかった。あと幼女と犬。
掲示板住人は、ユージが説明するには荷が重いと思ったらしい。
この地を治める領主は、騎士団にも籍を置いているのだという。
オートミールと薫製、缶詰はケビンが作り、一般に売り出すとして。
ユージたちは、携行食としての栄養補助食品が交渉材料になるのでは、と考えたようだ。
もちろん、案はこれだけではない。
「あとはコレです!」
「これは? 絵、ということですか?」
キャンプ用折り畳みテーブルの上に、ユージが置いたもの。
そこには、人物が描かれていた。
とうぜん、服を着ている。
「いえ、違いますケビンさん。絵ではなく、そこに描かれた服を提案しようかと」
「はあ、たしかに初めて見る形ですが……」
「待て待てユージ、一枚だけ見せてもしょうがないだろ!」
「ユージさん、アリスちゃんを見せないと! 私が買ってきた服を着こなすアリスちゃんを!」
「おい俺が描いたヤツはどうした! ケモナーのケモナーによるケモナーのための服は!」
「落ち着けお前ら!」
戸惑うケビンの前に、ドサッと紙の束が置かれる。
トリッパーたちが描いたもの、写真を印刷したもの、送られてきたイラストやデザイン案をプリントしたもの。
描き手もクオリティもさまざまだが、そこには圧倒的な量があった。あと情熱。
「こ、これは……これも見たことがない、これも、これも、これも。ユージさん、なんですかこれ!」
パラパラと紙をめくるケビン。
この世界の商人は、見たこともないデザインとその量に圧倒されているようだ。
エルフ、ドワーフ、獣人。さまざまな人種がいながら、服は簡易なものしか存在しない。
ユージが元いた世界には、それが許せない者たちがいたらしい。変態を筆頭に。まあ変態だけではないが。
ちなみに掲示板で服のアイデアを呼びかけたところ、現在進行形でイラストやデザイン画、どこからか拾ってきた写真が投稿され続けている。
エルフに着せたい、犬の獣人さんはこれ、猫は、いやもっと種類はいるだろ狼はこれ。
ドワーフったらやっぱりこういう感じ、ファンタジー世界ではこんな鎧を着てほしい、貴族のドレスは。
掲示板住人たちの夢は広がりまくっているらしい。
ときどき手描きのホラー絵も投稿されているようだが。
「綿や絹、糸から作れれば産業としてはより大きいのですが……あとは皮製品、毛皮を利用したデザインも用意しています」
「おお、おお……!」
「どうですかケビンさん? 俺、こういうのはあんまり詳しくないんですけど……」
「いけますよユージさん! 貴族はいつだって新たな流行を探していますから!」
バッと立ち上がってユージの手を取るケビン。
続けてクールなニートをはじめ、近くに座っていた者たちに次々と握手を求める。
領主との交渉材料であり、必ずしもケビン商会が作るわけではないのに。
「布は運んでくるしかありませんが、珍しい布はゲガス商会が得意ですからね! つまり繫がりがある私にも機会があります!」
ケビン、交渉材料を服とした時に、自分が噛める旨みの気配を嗅ぎ取っていたらしい。強かか。さすが商人である。
「毛皮は大森林で取れますし、領主様も喜ぶでしょう! それにきっと、服ならよけいな争いを生まないでしょうから」
大きく頷くケビン。
以前ユージが知識を提供するとき、ケビンは保存食の知識を求めた。
窓にはまっているガラスでもなく、ケビンを呼び込むために使った鏡でもなく、門に使われている金属素材でもなく。
ケビンは「死の商人」ではなく、「死の商人」となって稼ぐことを求めていないらしい。
「まあ暗闘はあるでしょうけどね」
ケビンがボソリと呟いた声は、誰にも聞こえなかったようだ。
どこの世界でも、どんな手を使ってでも既得権益を守りたい者はいるらしい。お金に群がる者も。
ユージがこの世界に来てから三年目の春。
提示する利益の内容は決まった。
いよいよユージは、ユージと仲間たちは街に向かうようだ。
農村とは違う、街。
この世界で初めての、街である。
短めですが、所用のため……と思いきや更新日時ミスってました。。。
次話、4/29(土)18時更新予定です!





