IF:第一話 ユージと掲示板住人たち、戻ってきたケビンを迎える
「おーい、ユージさーん、みなさーん!」
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーが来てから一ヶ月ほど経った春。
森を伐り拓いたエリアに、走ってくる男の姿があった。
「あー! ケビンおじちゃんだー!」
ケビンである。
稀人であるユージとトリッパーたちが領主と面会できるよう、伝手を使って場を整えに行ったケビンである。
「みなさん、領主との面会の約束を取り付けてきましたよ!」
森を走ってきたケビンが、大声で報告する。
どうやらケビンは事前に言った通りの結果を出したようだ。
できる男である。
「約束の日まで余裕はありますが、準備を……え? あれ?」
勢いのままに話しはじめたケビンがフリーズする。
見慣れぬ男たちがいたから、ではない。
ケビンはすでに、ユージの家に30人のトリッパーがやって来たことを知っているのだ。
「どうしましたケビンさん?」
「あの、ユージさん……あんな建物ありましたっけ? いや裏手だからいままで気付かなかっただけだそうに違いありませんよねははは」
乾いた笑い声が響く。
ケビンがユージの家の周辺から街へ、王都に向かった日から二週間ちょっと。
まだわずかしか経っていない。
だが、そのわずかな間に、完成した平屋に驚いているようだ。
「あれ? でもこの世界には魔法があるんだし、土魔法を使えばなんとかなるって」
「ユージ、それは俺たちの妄想だから! 実際はどうなのかわかんないって!」
「アリスちゃん以上の土魔法使いがいればもっと早く建てられそうだが」
「資材は持ち込みだったしね! 準備さえしてればこっちでもイケるんじゃない?」
「いえ、みなさん稀人ですもんね。ええ、ええ。稀人にこちらの常識は通用しないと書物に残っていました。なるほどこういうことですか」
ケビン、納得してしまったようだ。
稀人クンだからしょうがないよね、である。
過去の稀人たちは、よっぽど非常識なことをやらかしてきたのだろう。
「あ、そうだ、ケビンさん。領主様との面会は、何人ぐらいがいいですか?」
「いまそれ聞くのかよユージィ!」
「マジで交渉班にユージ入れて大丈夫か」
「お兄ちゃんほんと変わらない……クールなニートさん、いろいろよろしくお願いします」
「クールなニートも怪しいから……先生! 郡司先生よろしくお願いします!」
「おい待てその人も変人だぞ。スーツにリュックでいつトリップしてもいいようにずっとウロウロしてた人だぞ」
「そうですねえ、五人か六人以内といったところでしょうか。従者や護衛であれば何人でもかまわないのですが」
ユージの一言にトリッパーたちは大騒ぎである。
むしろケビンの方が冷静に答えている。
なんだかんだ、ケビンはユージのズレっぷりに慣れてきたのだろう。
足下でちょっとうなだれているコタローは、ゆーじはあいかわらずね、とでも思っているようだが。
「クールなニート、五人か六人だって」
「……ああユージ、聞いていた。おおむね予想通りか」
ユージのズレっぷりに慣れているのはケビンだけであるらしい。あと妹のサクラ。
「あのねえ、アリスも行くんだよ! アリスのおとーさんとおかーさんとバジル兄とシャルル兄を探すの!」
ズレているのはユージだけではなかったらしい。
ぶんっと手をあげて元気よくケビンに報告するアリス。空気を読まない幼女である。
義理であっても兄妹は似ていくのか。
ワフワフッと鳴いて、もうこのふたりは、とでも言いたげなコタローは飼い主に似なかったようだが。
「そうだねアリスちゃん。私も協力するからね」
ケビンは、ユージどころかアリスの発言も受け止めていた。
この世界の行商人はずいぶん懐が深いようだ。
「ケビンさん、本日は泊まって行かれますよね? 俺たちはこの後、交渉役を決めるため話し合いたいのですが」
「みなさんの準備が整うまで滞在するつもりで来ましたので、存分にどうぞ。相談があれば声をかけてください」
クールなニートの申し出も、ケビンは笑顔で受け止める。
ユージたちは、けっきょく交渉役を決めていなかったらしい。
人数の制限がかかるかどうか、確認を忘れたためである。
紛糾して決められていないわけではない。きっと。
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「まずユージは外せないだろう」
「ええっ、俺!? あの、俺、偉い人と話すなんてキツいんだけど……」
「だがユージ、ここはユージの家だ。少なくともユージかサクラさんが行かないことには」
「クールなニートさん、お兄ちゃんよりは私が行った方がいいんじゃ」
「サクラ、少なくとも最初は止めておいた方がいいよ。この世界の女性がどんな扱いかわからないから。ケビンさんを見る限り、大丈夫だとは思うけどね」
「アメリカ人のジョージさんからまさかの発言!」
「中世ヨーロッパ世界って考えたらしょうがないんじゃね? ファンタジー要素でどうなってるかわからないけどさ」
「ってことでユージは決まり! だいたいアリスちゃんが行くんだし、保護者は必須でしょ!」
「ユージが保護者できるかどうかは置いといてなァ!」
「アリスちゃんが行くなら私も行きます! 幼女を守らなければ」
「待て待て、候補を出すのはまだ後だから! そもそもロリ野郎は行かせねえけどなあ!」
大騒ぎである。
ユージの家の前、拓けた空間で野営用のテントを張っているケビンをよそに、ユージとトリッパーたちは大騒ぎである。
街に向かう交渉班として、家の持ち主のユージ、この世界の住人であるアリスの参加は決まったようだ。あとコタロー。
交渉班のクセに交渉力に欠ける人選である。
10年引きこもっていた男と幼女と犬である。交渉する気ゼロか。
「クールなニートと郡司先生も決まりでいいんじゃない? これで四人と一匹、あ、ケビンさんも入れたら五人と一匹か!」
名無しのミートの発言に反対する者は誰もいない。
掲示板でもこの世界に来てからも、トリッパーたちのまとめ役だったクールなニート。
戦いのことになるとじゃっかん怪しいが、それ以外の信頼は勝ち得ているようだ。
もう一人はトリッパーの中で最も歳を重ねていて、元の世界では弁護士だった郡司だ。
年齢、経験。
法律の知識はこの世界では役に立たないかもしれないが、地頭と論理的思考は疑う余地もない。
名無しのミートがあげたこの二人は、ほかのトリッパーも妥当だと思ったようだ。
同行するケビンも数に入れれば、これで五人と一匹。
残るは一枠。
トリッパーたちは、視線で牽制しあっていた。
やがて口火が切られる。
「アリスちゃんが行くのです! 私が行って守らなければ! それに恵まれない子たちの保護も!」
「さっき聞いたしそれはユージとコタローとケビンさんがいるから充分だろ! 保護は知らねえけど!」
「獣人! 俺を獣人さんと会わせてください!」
「俺も行きたい! 異世界だぞ、きっとビキニアーマーとかやたら露出度高い装備や衣装を着た女の人たちが! た、たた、谷間とか見えちゃったり!」
「黙れ巨乳好き! ここは俺が行ってだな、一刻も早くモンスターやならず者から女の子を守らないと」
「リザードマン探してみたいです! エルフよりいるかもしれないって! 川のそばなんだしきっとほかの爬虫類も!」
変態たちである。
掲示板に書き込んでいた頃から、名無しを引かせてきた各種変態たちである。
欲望丸出しか。
交渉に役立つアピールさえしていない。ポンコツである。
「ルイスはいいのか?」
「んんー、そりゃ行きたいけど、ボクはあとでいいよ! それより動画の加工がおもしろくって! ほら見てジョージ!」
「おお、ゴブリンとの集団戦にエフェクトが!」
「それだけじゃないよ、別バージョンはこうだ!」
「ゴブリンがゾンビに! すごい、すごいじゃないかルイス!」
「ジョージ、ルイスくん……もうちょっと血だらけにした方がいいんじゃない?」
アメリカ組はマイペースすぎか。
ユージが行くと決まって気楽なサクラ、初回の参加は見送るつもりのジョージとルイス。
川を挟んだゴブリンとの集団戦の動画を加工して遊んでいるらしい。楽しそうで何よりだ。
ゴブリンをゾンビに加工する意味はよくわからないが。
暢気なアメリカ組以外のトリッパーたちは、ついに睨み合いがはじまっていた。
異世界の街となれば、変態組以外のトリッパーが行きたがるのも当然だろう。
なにしろ彼らは、剣と魔法のファンタジー世界に行きたくてユージの家の跡地に泊まり込んだのだから。
だが。
一人の男の言葉で、あっさり決着がつく。
口を開いたのは洋服組Aである。
「なあ……。これ、撮影班は行かせなくていいの? ユージが撮るだけで大丈夫?」
固まるトリッパーたち。
二人だけ天高く拳を突き上げている。
カメラおっさんと検証スレの動画担当の二人である。
「おっさんは探索と強行偵察に行っただろ! 今回は俺が行くぜ!」
「コイツ、まさかそこまで考えて!……わかった、譲ろう」
「あああああああああ!」
「くっそユージはやくカメラ覚えろ! くっそ! くっそ!」
「撮れるのと、キレイに撮れるのは違うからなあ……」
「諦める、諦めるから! せめて獣人さんを撮りまくってきてくれ!」
撮影班はどちらも働いた経験がある男たちで、コミュ力に問題はない。たぶん。
どちらが行っても構わないが、探索や強行偵察はカメラおっさんが同行した。
おっさん、ここは譲るようだ。大人の対応である。
最後の一人は、検証スレの動画担当に決まったようだ。
ユージがこの世界に来てから三年目の春。
いよいよユージは、この世界に来て初めての街に行くことになった。
ユージ、アリス、コタロー、クールなニート、郡司先生、検証スレの動画担当。
交渉班は五人と一匹で、引率するのはケビンである。
だが、旅立ちはまだだ。
ユージは、というかトリッパーたちは、領主との交渉材料にする提案をまずケビンに相談するつもりらしい。
身の安全を確保して、この世界で自由に暮らすために。
次話、4/22(土)18時投稿予定です!
班決めだけで一話終わるなんて……
あんまり多すぎてもなーとぼんやり思いながら書いてたらこうなりましたw
そこはかとなく不安なメンバーです
※4/17.2時頃 アメリカ組の名前を間違えていたので修正しました!
ヨーコではなくサクラです! ……いませんw





