IF:第十四話 ユージと掲示板住人たち、異世界の村で購入を持ちかけられる
最初の三行アキまで、前話のあらすじです。
ゴブリンが頻出する森を抜けて、街を発見したユージたち強行偵察班。
一行は細い道をたどって、ゴブリンと戦闘中の小さな農村にたどり着いた。
戦う村人を手助けして撃退し、ユージたちは村に招かれる。
相場を知りたいユージたちと補償のために現金を稼ぎたい村長の思惑が重なって、小さな農村の広場は臨時バザーのような状態になったのだった。
「ど、どうですか、この毛皮? お母さんが仕留めたんです!」
「もふもふ! ねえねえ、しっぽさわっていーい?」
「ダ、ダメです! 獣人の尻尾を触っていいのは家族やつがいになる人だけだから! いくら、か、かか、かわいい、お嬢さん、でも」
「お嬢ちゃん、やめてやってくだされ」
ユージに毛皮を売ろうとしているのは、獣人の少年だった。
犬人族という種族らしい。
毛皮はふさふさで尻尾も犬耳もある。
というか二足歩行する小さなゴールデンレトリバーである。
アリスが尻尾を触りたがるのも当然だろう。
「アリス、嫌がってることはしちゃダメだよ。あの、ところであっちはどうすれば……」
「マルセル、ニナ。お客人が困っておる。普通にしてほしいそうだが」
「……はっ、ワタシは何を」
「ニャんかこうしないといけニャい気がした。不思議」
村長の声かけで我に返る獣人たち。
少年の両親、二足歩行の大きなゴールデンレトリバーと黒猫は、コタローを前にヒザをついて腕をあげ、お腹を見せていた。
獣人族が上位者にやる礼であるらしい。
相手はコタローで、ただの犬だが。
「カメラおっさん」
「大丈夫だ、写真は撮ったし動画も撮影してる。これは見逃せない」
村に来たのはユージとアリス、コタローだけではない。
トリッパーたちが、10年引きこもっていたユージ一人に市場調査を任せるわけがないのだ。
撮影役兼交渉役としてフリーランスでカメラマンをしていたカメラおっさん。
護衛役としてこの世界の弓矢を扱えるようになった洋服組Aが同行している。
ほかの強行偵察班の人員は、村の近くの森で待機しているはずだ。
「よし、じゃあこの毛皮は買おう。いいなユージ?」
「あ、うん。お金は大丈夫?」
「ああ。えーっと、お名前は? それでこの毛皮はいくらかな?」
「ボクはマルクです! ありがとうございます冒険者さん!」
ユージとトリッパーたちは、ワイバーンを倒した。
皮は売れるらしく、ユージたちはケビンに買い取ってもらっている。
32人で頭割りしても、そこそこの額を。
犬人族の少年・マルクが提示した毛皮の金額はたいした額ではなかった。
ケビンにワイバーンの皮を買い取ってもらう時に聞いた、各種毛皮の相場よりも安い。
間に商人の手を挟まず、狩人から直接購入するからだろう。
カメラおっさんは相場を知り、この世界の文明度を知る手がかりとするほかに、困っている人を助けるために毛皮を購入したようだ。
決して毛皮の購入を口実にして、獣人に近づきたかったわけではない。
肩掛けカバンの隙間からレンズが覗いていて、獣人に近づいたカメラおっさんはしきりにカバンの位置を動かしているが、決して近くで撮影したかったわけではないのだ。
「ありがとうございますみなさま。……秋までになんとか稼がないと」
「心配いらニャい。たくさん獲物を狩る」
ようやくコタローの前を離れて、息子であるマルクの横に戻った犬人族と猫人族。
村長いわく、マルセルとニナ。
二人は今後の金策に向けて頭を働かせているようだ。
いまの季節は春。
徴税が行われる秋までに、なんとか税金分を稼ぎたいらしい。
村から補償は出るが、三人分の税が払えるかどうかはわからない。
小さな農村で暮らす村人は、余裕がない生活を送っているようだ。
「あの、あの、冒険者さん!」
「うん? どうしたの?」
「ボク……ボクを買ってくれませんか!」
ユージが凍り付く。
ユージどころか、洋服組Aもカメラおっさんも凍り付く。
村長も、両親である獣人二人も。
ただアリスだけ、こてんと首を傾げるのみだった。
「え、ええ、えっと、俺、ケモナーじゃなくて、ショタでもなくて、その、おっぱい、巨にゅ、いや違う女の人が好きで」
「落ち着けユージ。マルクくん、どうしてそう思ったの?」
「冒険者さんたちは毛皮を買ってくれて優しいし、キレイ好きみたいだし、その、ウチは、お金が大変だって……」
動揺して性的嗜好をカミングアウトするユージ、場を落ち着かせるカメラおっさん。
マルクはぷるぷると体を震わせて、いきなり衝撃発言をした理由を語る。
毛皮を買ってくれる=優しいと単純に判断してしまうあたり、子供なのだろう。
「何を言うんだマルク! 秋までにはまだ時間がある! それにもしダメだったら、ワタシが」
「ダメだよお父さん! お父さんとお母さんは一緒に暮らさなきゃ! つがいは離れちゃダメなんだ!」
「マルク!」
「だったらボクがどれいになって、それでお父さんとお母さんは、子供を作って、ボクのことは忘れて」
そこまで言って、マルクはバフッと叩かれた。
もし人間同士だったら、きっとピシャッとかパシッとかいう音になったのだろう。
手で頬を叩いたので。
だが叩いたのも叩かれたのも獣人だ。
肉球で毛皮を叩くと、しまらない音がするらしい。
しかも犬人族の頬はむにむにであった。
「二度とそんニャこと言わニャいで」
「そうだマルク! お父さんたちがどれだけお前を愛しているか!」
「お母さん、お父さん……」
頬を押さえて泣き出すマルク、そんな息子を抱きしめる犬と猫、いや、マルセルとニナ。
とうとつにはじまった家族ドラマを前に、ユージたちは呆然としていた。
村長はうんうんと頷いて涙をこぼし、なぜかコタローは獣人一家を心配そうに見つめていたが。家族思いの優しい女である。犬だけど。犬だけに。
「えっと……俺たち、どうすれば」
「放置でいいんじゃないか? それにしても……」
「ケモナーがいなくてよかったな。シャレにならないとこだっただろこれ」
ひそひそと話し合うユージたち。
クールなニートの人選は神がかっていたようだ。
もしこの場にケモナーLv.MAXがいたら「買った! でもオスかあ」などと言い出していたことだろう。
あるいは「それなら一家まるごとで!」などと言い放ったかもしれない。
なにしろ彼にとっては夢なのだ。でもせめて自由恋愛にしてほしい。
「秋まで時間があるのは確か。ですがお客人、もしお金が足りなかった時は……買ってやってくれませんかのう?」
「え? あの、村長さん?」
「お客人はお嬢ちゃんを保護して、家族を探してくださっているようですし、懐にも余裕があるようですし、売り先がわからぬよりは……」
「いやでもほら、秋まであと半年はあるわけで」
「たしかに秋まではまだ時間があるのう。もし徴税額に足りなくて、お客人たちが買わなかったとしても、行商人の仲介で奴隷商に行けば良いか……」
「あるんだ奴隷商」
「やべえな、この情報ナイショにしておいた方がいいんじゃね?」
「たしかに。だがユージが秘密を守れると思うか? アリスちゃんも」
「……ムリだな。おっさんは隠せるかもしれないけど、ユージもアリスちゃんも絶対ぽろっと言っちゃうだろ。俺も自信ない」
ひと塊になって抱き合う獣人一家をよそに、ユージたちに冷静に持ちかける村長。
ユージも洋服組Aもカメラおっさんも動揺を隠せない。
「考えておいてくだされ。いや、稼げる可能性もあるのですし、不確定なことを考えてもらうというのは心苦しいのですがのう」
「ええっと」
「検討はしておきます。ですが村長、期待はしないでください」
「うむうむ、わかっておる」
とりあえず。
カメラおっさんは、問題を先送りにすることにしたようだ。
予防線を張りつつきっちり断っていないあたり、もしかしたらカメラおっさんの趣味も入っているのかもしれない。
二足歩行する獣人。
それもCGではなく、実物の。
写真でも動画でも、カメラおっさんが撮影したいのは事実だろうから。
きっとケモナーだけではなく、CGクリエイターのルイスも興奮することだろう。性的にではなく。
けっきょく、泊まっていかれてはという村長の申し出を固辞して。
ユージたちは、小さな農村を後にするのだった。
野菜と干し肉と毛皮を買い込んで、情報を仕入れて、マルクくんの爆弾発言を抱えて。
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「ああ、それでよかっただろう」
「いやほんとケモナー連れてこなくてよかった!」
「危ないところだったな」
「はやく、はやく帰ろう! 大きなモニターで獣人さんを見たい! なんでこの世界にノートパソコンしか持ってこなかったんだボクは!」
村を出て、森に潜んでいた強行偵察班と合流したユージたち。
予防線を張りつつ断らなかったカメラおっさんの判断は、おおむね賛成された。
まあカメラの小さな背面モニターで写真と動画をチェックしたルイスはそれどころではなかったようだが。
「そもそも、俺たちがどうなるかもわからない。奴隷を買う以前の話だな」
「いやー、奴隷はちょっと抵抗あるでしょ! いくら解放もあるタイプの奴隷制ったってさあ」
「名無しのミートそういうタイプなんだ。ちょっと意外」
「リザードマン! リザードマンはいませんでしたか!?」
「奴隷ちゃんかあ。性的なアレがあるんだったらむしろ買い占めて、そんなことされないように俺が守ってやりたいところだけど」
「それはそれで歪んでるな!」
ユージの話を聞いた強行偵察班は大騒ぎである。
暗くなって進めなくなるまで、ひたすら村から離れたのは英断だっただろう。
「とにかく、ユージの家に戻ろう。ケビンさんが来るまでにまだ間はあると思うが……事前に準備しておきたい」
「あ、うん、そうだね。俺もお風呂入りたくなってきたし」
「思い出させるなユージ! あ、なんかかゆくなってきた気が」
「お湯で拭っても気持ち悪いからなあ」
「でもこれ、アリスちゃんがいなかったらお湯を沸かすのも大変なわけで。元の世界より便利だぞ?」
「暗くなるのが早いよ! ああ、はやく帰って大きな画面で獣人さんを見たいのに!」
「わかる、わかるぞルイスさん。毛並みを自然に見せるのは加工じゃ大変だもんなあ」
大騒ぎである。
だが、強行偵察班はユージとアリスを含めて10人なのだ。
ユージ家に帰れば、あと22人いる。
持ち帰ってきた品物、情報、写真と動画。
きっとまた、ユージの家の周辺は大騒ぎになることだろう。
そして、掲示板住人たちも。
「なあ、行商人の話も出たんだろ? それでケビンさんは街のまわりの農村をまわる行商人だったわけで。俺たちのこと耳に入るんじゃない? 大丈夫かな?」
「俺たちを囲い込む、飼い殺すつもりでなければ問題ないだろう。いずれにせよ間もなく為政者に会って、ケビンさん以外にも知られる流れだ」
「はあ、そういうもんか」
「おいこれホントに大丈夫か? ケビンさんと殺し合いとか人間相手に戦いとかイヤだぞ? 異世界の戦争って略奪とか陵辱とかありそうで」
「だ、だいじょーぶ、大丈夫だって! クールなニートだって人間相手に戦いたいわけじゃ……戦いたいわけじゃ……あれ?」
「と、とにかく帰ろう! 明日のことは明日考えるってことで!」
村から離れた森で、一夜を過ごして。
強行偵察班は、ユージの家への帰路につくのだった。
街の場所、人里の場所を確認できただけでも、収穫は大きかったと言えるだろう。
ケモナーLv.MAX以外にとっては。
次話、4/1(土)18時更新予定です!
共通部分あわせると、今話で100話になりました!
ゴールだけ決めて、プロットを作らずにノリでいこうと書きはじめたIFルート。
もっとカオス感を出しつつ突っ走りたいと思います!
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます!





