9、バーベキューにおけるTPOの考察とは
「それにしてもお前、ホント超やる気だな」
持参した使い捨てのナイロン手袋を見た涼太が呆れたように言う傍でサラダの準備に取り掛かる。
今日もいつものように気が利く若ちゃんが差し出してくれる紙皿に、結局ナイロン袋からザラザラと直接3つに分けた。
こうしといた方がみんなで食べやすいかな、と。
「なんか給食のおばちゃんってカンジだぞ」
「紗希センパイはワイルドですからねぇ」
のほほんと言った若ちゃんのそれはフォローなのか否か怪しい。
いちいち絡んでくる涼太に、若菜ちゃんと笑いながら応戦しつつサラダの準備を済ませる。
愛梨と他の若い青年達は火の方で鮎川氏の手伝いをしていて、ちょっとした歓声が上がったのでパエリアが完成したっぽい。
「若ちゃん、こいつっていつもこんな格好してんの?」
ジーンズにTシャツ。
その上に薄手の長袖シャツを羽織る。
そして足元はスニーカーとつばの広い帽子。
長袖長ズボンはアウトドアの鉄則ですけど何か?
「こんな格好って失礼な。TPOをわきまえた格好じゃん」
「ここでのTPOはそうじゃない。こう男女が集う場にそんなガチで来んなよ。草むしりする時のうちのお袋と変わらねえじゃねぇか」
「この年になると何が怖いって、紫外線ほど怖いもんはないんだよ。そんな見た目で判断するからあんたも独り身なんでしょうが」
不毛な言い合いに、若ちゃんはのんびりと笑顔で聞くに徹している。
「普段の紗希センパイはクールでかっこいいお姉さん系が多いですよ」
若ちゃんが言ってくれたけど、涼太は端から信用してない顔つきだ。
まあ、いいけどね。
「昔バーベキューで髪の毛燃えた事あるんだよね。風にあおられた火でさ」
「ばっかじゃねーの! そういう時こそ身につけた反覆横飛びで避けろよ」
反覆横飛び。
懐かしい。
でも卓球なんて中学の時しかしてないって。無茶言いやがる。
「社員のお子さんが後ろにいたから避けなかったんですよ、紗希センパイ」
「お前は正義のヒーローか。っていうか社会人になってからかよ」
涼太にどん引きされた。
「私と愛ちゃんの入社歓迎会だったからもう4年位前ですよね」
「え、愛梨ちゃんって新人じゃないの?」
「愛は18で入社したからもう4年だよ」
ああ見えて仕事はちゃんとする奴なんだよ。
高卒でうちの会社の入社試験を受けるには、学年上位の成績じゃないと応募資格ももらえないって聞くし。
「ライオンとか、どっかの神社でやってそうな火の輪くぐりみたいにさ、あおられた火に一瞬当たったくらいじゃ燃え移らないだろうと思ったんだけど、髪の毛はそうは行かなくってさ。一瞬で横髪持ってかれたわ。耳元でバチバチッってすごい音がして、何かと思ったらめちゃくちゃ焦げ臭かった」
「紗希センパイがショートにしたのってあの時だけですよね」
うん、ショートカットはきつい顔がさらに怖く見えて、自分でもつらかった。
「あれからだね、火の近くでは髪の毛を結ぶようになったのは。アニキ、笑い過ぎですよ」
ひーひー言うまで笑った挙句、むせかえってるじゃん。
今日はフェイス周りはしっかり編みこんで来た。
「お怪我がなかったようで何よりです。確かに火を使う傍であまりにもヒラヒラした格好だと燃え移るんじゃないかって落ち着かないですからね。正解だと思いますよ」
突然背後から参入され、涼太とみっともないほどびくついた。
「ほら、これが大人のいい男の対応ってもんだよ」
動揺を隠して取り繕うように、勝ち誇った体で涼太に言ったのに━━
「いい男、ですか」
そこを復唱しますかね、鮎川氏。
「だと思いますが」
無自覚ですか? それとももう一回聞きたいとかですか。
「うちの営業トップを口説くなよ」
いや涼太、そんなつもりじゃないからな?
眉間が険しくなってるって。
それなのに、また言っちゃうんだよ、鮎川氏は。
「遠慮なく口説いてくださって結構ですよ。パエリア出来たからどうぞ。おかわりもありますから」
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<涼太氏は今日も呆れる>
愛梨ちゃんと二人で4人分のパエリアを運んで来てくれた鮎川さん。
それを隣で聞いた愛梨ちゃんが少し不服そうな顔をした。
「えー、鮎川氏、まさかの受け身なタイプですか。まあ確かにちょっと草食系ってカンジですよね。言葉遣い丁寧だし」
「肉も魚も好きですよ。でも最近は妙に野菜が美味しく感じられるようになったから年を感じます。それに年取ってからが怖いので意識して採るようにしてます」
「もー、鮎川氏ってば天然ですか!」
愛梨ちゃんはケタケタ笑った。
天然の草食動物。
なんか絶滅危惧種的な響きがあるけど━━
そんな男が創業以来トップクラスの大口契約とか、そんな営業成績叩き出すもんか。
でもってそんな出来る男の筆頭みたいな人なのに。
まさかとは思っていたけど、信じたくはなかったけど。
鮎川さん、まさかの鈴原狙いか。
「鮎川氏、いい時計してますねぇ」
ふと愛梨ちゃんが鮎川さんの時計を覗きこんで言った。
「祖父の形見なんです」
そう聞いた瞬間、愛梨嬢の顔が戸惑った顔つきになって微妙な空気が流れかけたその時。
「お洒落なおじい様だったんですね」
そうさらりと言ったのは鈴原で、その顔は今まで見なこともないくらい優し気で驚いたし、鮎川さんも少し驚いた顔をしていた。
途中から自然と年代別に2つに分かれてしまった。
こちらの20代後半グループと、火の回りの20代前半グループに分かれてしまい、鮎川さんだけが当然のようにバーベキューコンロを担当している。
あそこまで言われたんだから、火の方へ戻った鮎川さんについて行ったら面白いのに。
なんでお前はそこで既婚者とばっかり話してんだ、鈴原よ。
色気のかけらもない格好で来て、ノンアルビールをかっ食らいながら、ノンアルコールなのにご機嫌でべらべら話してる同級生。
こいつ、女を捨て始めてるのか。
さっきちょっとだけ「確かにいい女になったのかも」なんて思った俺が馬鹿だった。
「みんな彼氏いないの? どんなのがタイプ?」
流石は恐れるものが無い既婚者。
早々に核心から攻める。
「彼氏持ちは今日は不参加ですよー。誘ったんですけどね。タイプは私が車持ってないから、車で色々連れて行ってくれる人がいいですねー。」
パエリアとともに残った愛梨ちゃんが答えた。
さっきまで火の方でうちの20代前半の若手と盛り上がっていた。
流行は全部押さえました、みたいなファッションで、イマドキ感を全面に押し出した彼女にうちの理系男子たちの目の色が変わっていた。
まあ、若いうちはそうだよな。
「紗希ちゃんは?」
「私は『ほどよく放置してくれる人』ですかねぇ」
なんだそれは。
「奉仕?」
クマさんの冗談か素か分からない聞き違えに、鈴原は爆笑した。
「放置、です。もー、わざとですか。まあそれは極論ですけどね。お互いに依存しすぎない関係希望というか、自分の趣味とか時間を持ってる人と言うか」
「前の人は放置し過ぎて浮気されたんですよね」
「愛―、人のプライバシーをだだ漏れにしないで」
口ではそう言いながらも特に気にした風もなく、鈴原は笑ってるけど。
普通そんなナイーブな事、初対面の相手に勝手に暴露するか?
少しひくんだけど。
「紗希センパイは引きこもりなんですよー。休日は家でマンガ読んだり、ネットに明け暮れてるんですよね」
「まー、否定はしないけどね。外で活動してる時もちゃんとあるよ」
お前、そこは否定した方がいいんじゃないか。
ていうか俺、愛梨ってコ、完全にダメなタイプだわ。
本人に悪気は無いのかもしれないけど、ちょっと配慮というか、頭が足りない風なのはキャラなのか素なのか。
鈴原は全く気にしていないようだけど。
「へー、なんかちょっと意外。めっちゃアウトドアで活動的なカンジなのに」
「やる時はやる女なんです。ていうかこの年になるとですね、結婚やら彼氏やらで女友達と疎遠になっちゃうんですよ。一人でアウトドア、出来ないし」
「一人アウトドアはワイルドすぎるわな!」
さすが我が社でもトップクラスの笑い上戸。
何がそこまで面白いんですか、というほど爆笑している。
どうも鈴原という存在自体が何かのツボにはまったらしい。
「放置されるのがいいってあんまり聞かないけど、最近多いの?」
最近の若モンの傾向ってそんなんだっけ? と聞かれたが。
「いや、こいつが特殊なだけだと思いますけど。まあ、そんなだから男がいないんだろうなっていうのはよく分かった」
「アウトドア好きなら鮎川とかどうよ? うちの出世頭」
「いえ、アウトドア好きというワケでもないんですけどね。ていうかアウトドア好きの彼氏と二人でバーベキューとかおかしくないですか。万が一開催されたとしても、お互いこだわりがあり過ぎて泥沼の様相になる結末しか見えない」
こいつは……内心天を仰ぎたい気分だ。
またバッサリ切り捨てやがった。
さっき鮎川さんとこいつが手ぬぐいの話をしてた時も思った。
『ネット見ろ』ってまさにggrksレベルじゃねぇか。
しかもこの後、鮎川さんに声をかけに行ったかと思ったら「遅くなってすみません。代わりますね。あっちでゆっくり食べてください」と肉焼き係の交代を申し出やがった。
お前、そこはそうじゃないだろ。
交代して、入れ替わったらダメだろ。
その時はさすがに鮎川さんも、火の傍を離れようとはしなかったけど。
普段仕事が出来て、何事もスマートにこなす印象の鮎川さんが、今日だけは少し不憫に思えた。
「私、ちょっと行ってきます」
見兼ねた若ちゃんが頃合いを見て立ち上がったので、ここは出来る先輩を敬う後輩としては追従しておくべきだろ。
うーん、グループ交際(?)を書くのは初めてなのですが、人数が多いせいかなかなか話が進まないです。
展開が遅くてすみません。




