4、なぜ増える。
小さめのレンズが入ったメタルのハーフリムのメガネに、少し長めの黒い髪。
すっと通った鼻筋は高くて、薄い唇とそこから発せられる何とも言えないバリトンボイス。
シャープな顔立ちと、男の戦闘服と言っても過言ではないスーツを着こなすその姿。
なんというか、洗練されてるってこういう事?
「先日は名乗るタイミングを完全に失いまして」
そう言って本当に困ったように笑った鮎川氏。
それは完全にこっちの失態ですからっ、そんな照れた顔しないでくださいっ。
こっちが恥ずかしいです!
酔っ払って醜態をさらしたのはこっちですからっ。
でもって、ですよ。
そう言うって事は、やっぱり。
「初対面、でしたよね?」
私は恐る恐る聞いた。
そんな私の様子がおかしかったのか、鮎川氏は納得したように破顔した。
あ、そんな顔するとちょっと可愛いかも。
「あまり見ない車の色なので、失礼ながら紗希さんのお顔は少し見覚えがあったんです。通勤路が途中から同じなんですよ。お名前はご一緒だった方がそう呼んでいらしたので」
ああ、確かにみんな呼びまくってたな。
そして私の愛車の色は「イエローマイカメタリック」。
同僚からは「ゴールドカー」とか「黄金の鈴原号」とか呼ばれている。
「なんであの色?」
初めてマイカー出社した日、約20人に聞かれた。
「通勤途中、いつも病院の駐車場に停まっててきれいだなーと思ってたんですよ。限定色だと思ってたんですけど、標準カラーだったんで『これしかない』と」
素直に答えたらたいてい爆笑された。
「まぁ標準カラーなんですけど、納期はかかるって言われましたけどね」
「それは発注数が少ないからだって」
何を言っても爆笑された。
おかしいなぁ。
下品でもなく、綺麗な絶妙の金色だと思うんだけど。
しかも、汚れが恐ろしく目立たない。
ほとんど洗車しなくても汚れているようには見えないのは、面倒くさがりな私に取って嬉しい誤算。
しかも当時は本当に車に疎くて、白なんてカラーを選ぼうものなら駐車場で自分の車を見失う自信があった。
今でも白い車はほとんど同じに見えるから、自分の車の色が分かりやすいのは非常にありがたい。
まぁ、珍しい色だからしばらくは休みの度に「昨日、どこどこを走ってたでしょ」と言われて、「悪い事は出来ないね」とからかわれたけど。
友達には「これ外車?」なんて言われた程、普段見かけない色。
だから。
「紗希さんの車、うちの会社でもちょっと有名だから」
穏やかな笑顔を浮かべてそう言った鮎川氏が、私の顔を知っていたのも多少ひかかる物はあるけど、ぎりぎり分からないでもない。
生まれて初めての100万を超える大きな買い物。
だから私は知らなかったんだ。
珍しい色の車に乗るのにはリスクがあるなんて。
「おはようございまーす」
先ほどから他の社員さんの目が気になるな、と思っていたら軽い調子でペールグリーンの作業服姿の男性が加わった。
わが社の現場職の男性陣の作業服は薄いベージュなので、それはお隣の社員さんなわけで。
うわ、増えた。
いや、今がチャンスだ。
「あ、じゃあ」
このタイミングを逃すもんか。
そう思ったのに。
「やっぱり鈴原か」
確実に逃げられるはずだったのに、名前を呼ばれたからにはその男を見ないわけにはいかず━━
「……涼太?」
小・中学校の時の同級生だったのは、救いなのか否か。
「お前、山田駅の踏切のトコから朝出てくるだろ? すごい色の車に乗ってる奴がいるなと思ってて、ずっとお前に似てるなぁとは思ってたんだよ。隣の会社だったんだな。相変わらずでかいな」
いや、そうは言っても165センチだからな。
お前がサバ読んで170とかで、こちらの方が土地が高くて隣とは30cmほど段差になっているから、余計にでかく見えるんだろうよ。
約170の涼太を基準にすれば分かりやすい。鮎川氏は180は超えてるだろう。
神よ、与え過ぎだよ。
えこひいきが過ぎるわ
言いたい放題な同級生に、お前も相変わらず細長い体型だな、心の中で応酬しているとさわやかスポーツマンなルックスの涼太はふと首をかしげた。
「鮎川さんと知り合い?」
ここで首を横に振るのは失礼すぎるか。
なんと答えればいいのか━━
「まあ、そんな所」
一瞬答えに窮した私の代わりに軽く流した鮎川氏は。
「朝の忙しい時間にお呼び止めしてすみませんでした。行ってらっしゃい」
そんな事を言って穏やかな笑顔で会釈してくれるもんだから。
「あ、いえ。お疲れ様です」
ついうっかり微妙にズレた、間抜けな答えを返してしまったんだよ。
紗希さんの車は10年以上前に走っていた国産車をモデルにしていますので、完全にフィクションです。