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31、ある休日の昼下がり

 なんでこの人はこんなに面白いんだろう。

 2度目の夏を迎えてなお、いまだに常々思う。


 ちなみに1年の間に、さすがに「鮎川氏」呼びを完全に「鮎川さん」呼びに改め、鮎川氏はすっかり手ぬぐいユーザーになった。

 私の方はこのところどうもミニカーの新作が好みに合わずミニカーの収集癖はちょっとおさまって、そうなると次は「一堂に会した状態で飾りたい」という欲求が沸いたのはいいんだけども。

好みの飾り棚がないので自作する事にしたら木工にハマってDIY女子デビューした。


 そんな事をしている間に腕時計の謎が解けた。

「紗希さんは可愛らしいものがお好きですよね。時計も実は女性らしいというより可愛らしい、というデザインでしたし」

 そう言われて、「本当は可愛いものが好きなのに、それを見せない可愛い女」的に思われていたと知った時は正直、愕然とした。

 そういうチェックを、女性に対する贈り物を選ぶ際の参考にしているようで、随分とまぁまめまめしい手練れだこと、と思わず呆れもしたけど。

 そんな訳で、どうやら私の事を「普段はクールを装っているけど実は可愛い物好きの女」だと思っていたらしい。

 それは誤解だ。

 確かに可愛い物は大好物だけど、それは雑貨やら消耗品やらで、身に着けるものは可愛い系ではない。

 腕時計だって本当はスクエア型の方がシャープでデザイン的には好きだ。

 ただ、それだと文字盤が小さくなってしまい、アラビア数字のデザインがないのでデザイン性よりも機能性とコスパで選んで可愛めの文字盤になってしまっただけで。

 割と根っからドライで可愛げの無い女なんですけど。


 そのちょっとした誤解を訂正させていただいたにもかかわらず、けろっとして「そういう所が可愛いと思いますよ」なんて言ってしまう酔狂な恋人のお宅へは月に1度位の割合でお泊りし、相変わらず「親戚の家か」というくらいさんざん甘やかしていただいている。

 しかも妙に鉄分補給を意識しているような献立。

 そんなワケで私の保持していた生活の上で必要最低限しか持っていなかった家事力もとい女子力なんて、発揮しようという機会さえ与えられず、自分でもどうかと思うけどもう半分諦めの境地だ。


 好きなように家事をしたいがために、一人暮らしをしていると知った時のあの衝撃。

 冬のボーナスで海外メーカーの有名な高級掃除機を購入した時はそれは満足そうだったし、年末の大掃除でバスルームのパーツと言うパーツが外され、極めつけはドアまで外されているのを見た時は唖然とした。

 ドアを完全に外してまでするものではないと認識していた。

 正直、色々と不安になったんだけど……家事も趣味の一環で、自分でやりたいタイプらしい。

 放置でいいらしく、喜々としてやっている。

 何と言うか、本当に多趣味すぎる。


 考えていた以上に鮎川さんと過ごす時間は多かった。

 おかしい。

 まぁ、2連休の場合は片方しかサイクリングやらなんらかの大会の予定も入れないのだから、それも当然っちゃ当然なんだけど。

 ちょっと想定外なレベルだった。


 それを読んだのは漫画だったハズ。

 なんて漫画だったかなぁ。

 思い出せない。

 思い出せないけれど。

『男を可愛いと思ってしまったら、それは恋』的な。


 鮎川氏は休日も早朝から活動している。

「早朝は車が少なくて走りやすいんです。朝の方が涼しいですし。4時には明るいですし」

 去年からそれは聞いていた。

 サイクリングやら大会のない連休の日は6時前には起きてお風呂掃除をして、洗濯物を干して、掃除をする。

 どうやら短眠者ショートスリーパーというやつらしい。


 それでも。

 そりゃ朝の4時から3時間ほど自転車のトレーニングに山に登って、やめとけばいいのになぜか私にお昼ご飯を振るまってくれるという無謀な事をしでかして、そりゃ当然疲れるだろう。

 二人で食器を洗って片付けて、ちょっとまったりしたらそりゃ眠くもなるだろう。

 そりゃ確実に寝ちゃうだろう。


 何やってるんだろ、この人。

 これまでの私なら呆れてツッコミしか浮かばない筈なのに。

「なんて面白い人なんだ」と、そっちの方が強くて、もうホントに驚異的に面白くて。

 でもって、私との時間を取る為にしてくれた事もちゃんと理解出来ちゃう訳で。

 

 普段、隙もソツもないこの人が、ラフな格好で、ちょっとしんどそうな態勢で寝入った姿を、可愛いと思ってしまう。まあ、寝顔は可愛いどころか壮絶なまでにお綺麗だったりするんだけど。

 こういう姿を見せてくれるようになった事が実は嬉しかったりするもんで、遠慮なくこのままこの貴重な寝顔を独り占めして堪能させていただく。

 

 時々傍らの頭を撫でまわし、耳を触って手遊びしては勝手に拝借した文庫本に目を落とす。

 活字に目を落としながらそれを何回か繰り返すうち、髪の毛を触っていた手に大きな手が重なった。

 握られた手にそのまま口づけられる。

 視線を上げてくる鮎川さんはいつも通り色気がダダ漏れだ。


 しまった。

 すっかり場所を覚えた壁時計を見る。

 2時間経過、一歩手前。

 うん、放置し過ぎたかもしれない。


「すっかり自分の世界に入りこんじゃいました」

 へらっと笑っておいた。

 鮎川家の書棚のラインナップは飽きないもんで。


「体、痛くないですか?」

 一応クッションの上に転がしてみたけど、薄手のラグの上に2時間放置とか、ひどい事をしてしまった。

 起こしてベッドで寝るよう言うべきだった。


「すみませんが、勝手に本を漁らせていただきましたよ。何か挟まってないか開く前に一応あたまを見て確認はしたんですけど」

「本に何か挟む事はないので大丈夫ですよ。来ていただいたのにすみません。貴重なお休みを」

「いえー、充実したお休みでしたよ」

 ゆっくり読書できましたから。

 家主が寝こけても読書に没頭できるくらいはこの部屋にも慣れてしまった。


「どうせ帰ったってエアコンをつけるかどうか迷うし、それならこちらで涼ませてもらった方がエコですから。クールシェアってやつですよ」

 すっかりメジャーになった単語を使ってみた。

「では一緒に暮らしたらもっとエコですね」

 さすが。

 寝起きでも絶好調ですな。

 まあ今日は充実した1日だったので乗っておくか。

「本が読める環境はありがたいですね」

 特にこの二人掛けだけど別々にリクライニング出来るソファ。本当に読書にジャストですわ。

 


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