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25、言うほどの案件じゃないです

 もっと構ってほしかった、とか。

 我慢するタイプの女性はさみしいとか、つらいとか限界だと言ったそうだ。


 自己主張してくれる女性は「自転車ばっかり」と不満を漏らし、機嫌が悪い時間が増えて行った。


 前者の場合、気がつけば終わっていて、後者の場合は気がつけば自分の気持ちが冷めていたとか。


「鮎川氏、いつも女の子から告白されてきたんですね」

 もう呆れるのを隠す気も起きなかった。

 私が言うのも何だけど、自分から行った時はそれなりにフォローするんじゃないかと思ったんだよね。


「まあ、そういう時もあるんですが」

よく分かりましたねとでも言うかのように軽く目を見張り、いけしゃあしゃあとはこの事か、みたいな反応を返すこの人は大物だ。

 自発的に好意を持つよりも先に想いを告げられてたそうで。

 

 そりゃこんな男に頑張って告白して、趣味に没頭されたら女の子はくじけるわ。

 こっちから告白してる分、「それほどでもないけど付き合ってもらってるのか」とか、色々と不安になっただろう。

 それを強くも言えず耐えてれば、そりゃさみしくもなるし、限界だって言うわ。

 相手がガンガン言っちゃう系の女だったら今度は鮎川氏が「もういいか」って疲れちゃうらしい。


 数多のモテ要素を持っていながら、好きになった時点で負けって、きっつい男だな。

 恋愛で勝敗を決するなんてのはナンセンスなのかもしれないけど、この人にしてみれば好きになられた時点で成り立たないようなもんなのかもしれない。


 とは言え。


「自分から好意を持ってちゃんとこちらからいう時もあったのですが、その場合、『そっちから言っておきながら』という事になってしまったり、負い目を感じてしまってぎくしゃくしてしまったりで自分からはあまり言わないようになってしまって」

 まあ自分から言わなくても、ちょっといい雰囲気に持って行けば女の子が頑張って言ってくるんだろうな。


「趣味の邪魔になったから別れたご経験は?」

「それはないです。ただどうにも折り合いがつかない」


 ああ、なるほど。

 その言葉が全てを物語っているようなもんだ。

 


 超優良物件だと思っていた鮎川氏。


 1年中、自転車に乗って。

 大会前には残業と雨の日以外は連日夜間トレーニングに出て。

 大会の1週間前には可能な限りコースを実走するそうで、そうなると2週連続で潰れるらしくて。


 冬場はそこに市民マラソンに向けてのトレーニングが増えて。

 しかもフルマラソンを3時間台で完走しちゃうレベルで。

 なおかつ会場までの往復も自転車で行っちゃうとか。


 自転車とマラソンがやっと少し落ち着いたかと思えば、会社メンバーとのフットサルに混じって。


 へ? ってなるだろうなぁ。


 でもまぁ。

 割といるよな、こういう人。

 彼氏やら旦那がそういう感じで文句言ってる友達けっこういるし、そういう愚痴を友達から聞かされた事も少なからずあるってもんだし。


 でも、この人はちゃんと恋人の相手をする人だとは思う。

 私は恋人じゃないけど、甘やかし上手だし、気遣い上手の聞き上手だ。

 そんな恋人に会えるのは月に数日とか。

 人によっては軽い地獄なんだろうな。

 特に会いたがりちゃんとか。

 束縛ちゃんとか、浮気を疑っちゃったりする子は、キツイだろうなぁ。


 そんな彼女達からしてみれば、悲しい訳アリ物件だったわけだ。


「鮎川さん、恋人要らなくないですか?」

 つい、口が滑った。

 なんかもう、趣味が恋人でいいんじゃないかと思ちゃったんだ。

 図星を突かれて困った、みたいな表情で笑う鮎川氏。


「一人で過ごす事の居心地の良さにすっかり慣れてしまって、しばらくは恋愛はいいかと思っていたんですけど」


 それなのに、って事ですか。

 そう来ましたか!


 驚いた事に、そんな鮎川氏を軽蔑する気は起きなくて、むしろなんか分かるというか、同類と言うか。

 まあ、鮎川氏ほど徹底はしてないけども。


 それってさ、オンとオフの切り替えみたいなもんじゃないの。

 趣味と、恋人と。

 仕事オンとオフと。


「残念ながら、私も一人でも割と平気なタイプなんですよ。どうなるか試してみますか?」

 


「自分がされて嫌なことは人にもしちゃダメ」

 小さい頃から親にそう言われて育った。


 束縛も干渉もされたくない。

 だからしなかったし、する気もなく、自由にやっていたらさみしがられたあげく他に流れて行った。

 うん、まあ仕方ない。

 だから言っていた。


「放置してくれる人がいい」

 まあ極端な言い方だけど。


 田舎の祖母は私が成人する前から言っていた。

「趣味のない旦那はいかん。家にずっとおって、ろくな事をせんで定年後が地獄だ。ほどよく家を空けてくれる男にしとき」

 叔母の旦那さんがそんな人で、叔母は色々と苦労していたらしい。


 最近になって夫が定年後、家にずっといるようになった夫に悩まされる奥様方の話題も耳にする。

 体調を崩しただとか、その後、熟年離婚だとか。

 さすがは人生の大先輩の言う事は違う。


 まあ最近祖母はそこにイクメン・家事メンという条件も追加したけれど。

 うん、確かに育児に追われてる中、趣味に没頭されたらたまんないだろうとは思う。

 その辺りを確認するのは現段階では出来ないので仕方ない。


 自転車とマラソンは高齢になっても続けられる趣味となれば。

 鮎川氏、大変に素晴らしいです。



 それはアパートまで送ってもらい、「今日はご馳走様でした」と車を降りようとした時だった。

 シートベルト着用で、右手をハンドルに乗せたまま、こちらに上半身を傾ける鮎川氏。


 あ、まずい。

 咄嗟に身を引き、右腕で自分の顔をガードした。






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