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23、ストレートでありながらまわりくどい

 お昼からうなぎ。

 なんたるゼイタク。

 ちゃんとしたお店で食べるんだから夜だろうと勝手に思っていたけど。

 まぁ明日からは仕事だし、早めに解散するのが正解かもしれない。


 懐石料理と聞いて期待半分、身構え半分で訪れたそのお店は入店するなり鮎川氏のご友人が人懐っこい笑顔で対応してくれたおかげでリラックスして過ごせた。

 通されたのが半個室だったのもありがたい。


 多分あれ、特上のうな重だったハズ。

 お品書きで三千五百円だったやつだ。

 激務明けで、残業代もボーナスも入って懐も温かい。

 もともとがっつり贅沢する気ではいた。


 そう、ご馳走になる気はこれっぽっちも無かったよッッ!


「じゃ、また」と、カウンターのゴツめだけど笑顔が可愛いお兄さんに言って出ようとするから、冗談かと思ってたらお兄さんも「ああ」って。

 もしかしなくても清算済みか。

 二人だと七千円。

 勘弁してください。

 車に戻って正直に「払いますよ」と言ったのに、「仕事を頑張ったご褒美と言う事で」って。

「友達割引」があって、ほかのお客さんの前だとまずいから清算は済ませてあるって。

 はー、なんとも段取りのいい事で。

 手慣れた感がハンパない。

 でもってそのまま初の鮎川氏のお宅へお邪魔する事になるとか、本当に流れるような展開だったわ。

 さすがだ。


 聞いてはいたけどうちからも意外と近くて、まあ、田舎の僻地の会社だから割とみんな近いところに住んでたりするからそれはそれでありがちな話だった。

 ベッドが視界に入らない1LDK。

 いいなぁ、うちは1DKだからやっぱりベッドの存在感がすごいんだよね。

 両親が田舎に引っ越して、実家に兄家族が入る事になった時に実家で同居の話もあったけど、当然遠慮した。

 実家は会社への通勤も便利な所だったし、女一人は物騒だと両親と兄に散々心配されたんで、実家に近いところで選んだ。

 もう少し郊外にしたら家賃も下がって1LDKも頑張れたんだろうけど。

 まぁ実家にシーズオフの物や自転車を置いておけるのは助かってるから悔いはない。


 鮎川氏のおうちはリビングの壁にかかった自転車バイク2台が目を引く、モデルルームみたいな部屋だった。

 スタイリッシュなモノトーンのインテリアのイメージだったけど、オーク系の家具で統一されていて落ち着いた部屋だった。

 やばい、居心地よさそうだな、ここ。


 最近何かとお世話になっているので手ぬぐいを贈呈する気でいた。

 たまたま小さなスポーツバイクが一面に染め抜かれたデザインを見て、お礼にと即決した。

 日頃の感謝の気持ちのつもりが、まさかうな重をご馳走になった日に渡す事になろうとは。

 ものすごく気が引けるけど仕方ない。

「手ぬぐいって育てるものなんだそうです」

「育てる、ですか」

「使ってるうちに端がほつれて来るからある程度落ち着いたら糸を切って、使ってるうちに柔らかくなって給水性も上がるんです。ただですね、しばらくは色落ちするかもしれないんですよ。それが味だったりするんですけど……」

 面倒をおかけする事になりそうで、そこが少し気がかりだったけど。


「いいですね。大事に使わせていただきます」


 ━━まただ。

 またいつかの「え、時計に愛情感じるタイプですか」な目で口角を少し上げて手ぬぐいを見ている。

 嬉しそうで、優しげな表情になんだか落ち着かなくなって話題を変えた。


「涼太の車って元は鮎川氏のだったらしいですね」

 涼太の車は目の覚めるような、きれいな青いスポーツワゴン。

 同窓会でもその話になって、「転職した奴がいい車に乗っている、タイヤもホイールもいいのを履いている」って他の男の子が言い出したんだ。

 自転車バイクを積める車種に買い替えを検討していた鮎川氏と、スポーツワゴンに憧れていた涼太の利害が一致したそうで。

 査定で提示された価格に上乗せする事で、鮎川氏は下取り価格以上で売り、涼太は中古車ディーラーで購入するよりも安く購入出来たそうで。


 男の子だなぁ。

 そう思った。

 あれでしょう、奥様。

 ホイールとかって物によっては10万とかさ。

 まぁ、10cmの人形に万単位のプレミアがつく世界を知ってるから、そういう世界もあるのは分からないでもないんだけど、ついぼそりと言ってしまう。


「私、ホイールなんてどれも同じに見えるんですけどねぇ」

 しかも走ってたら高速回転してるから見えないし、乗ってても見えないよね。

 まぁ、それを言うなら私の車の色も乗ってたら見えないんだけどさ。


「……若気の至りです」

 そう言って、鮎川氏は恥じらうように、困ったように笑ったけど、一瞬だけ視線をずらした。

 これまでいつもまっすぐ見つめて来る人なのに。

 普段余裕のある表情の人が、まるでそれが黒歴史だとでも言うかのようで。

 

 う、わ。


 これ、キタ。


 これまで泰然としていて、完璧で、手が届かないタイプの人にしか見えなかった鮎川氏が同じ直線状に立っているように思えたその瞬間だった。

 可愛かった。


 彼は間違いなく観賞用だ。

 遠くから愛でてこその逸品であって、決して実用品じゃない。

 意識しただけ馬鹿を見そうだから。

 近寄らないでくださいませんかねぇ。

 どうせいつもの「一時的に仲良くした人」で終わるんだろうし、とそう思っていたのに。

 ずっと、そう思おうとしてたのに。


 ああ、もう。

 これダメだわ。

 もう認めますわ。

 この人が好きだ。

 傷つくのが怖くて無駄に抵抗してたけど、やっぱりで案の定な結果ですわ。


 さて、鮎川氏が好きだと認めて、だからどうだと言うのか。

 いつ、どう伝えるべきか、それとも伝えざるべきか。

 本人の部屋で、豆を挽くところからして淹れてくれたコーヒーをすすりながらぼんやりとそう思ったその日。


「紗希さんに交際を申し込みたいのですが、貴女にはつらい思いをさせたくないので言っていいものか悩んでいます」


 ……困ったように言うけれど、悩んではないよね。

 だってもう言っちゃってるもんね。


 え、これなんて返せばいいパターン?


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