2、眼鏡イケメンの正体は。
随分と立ち姿のきれいな人だな、というのが第一印象だった。
ああ、スーツを「着こなしている」と思わせるのはしっかりとした肩幅があるからか。
背が高くて、シャープな印象の顔立ちの眼鏡男子。
いや、30は過ぎてそうだから、男子と言うにはトウが立ってるかも。
そこへ、戻らない私と愛梨を心配して様子を見に来た他のメンバー3人が合流した。
「遅くなってすみません。他のメンバーは次のお店で待ってますよ。行きましょう」
そう言ったイケメンさんの顔にあるのは、笑顔だった。
うわぁ。
なんだろう。
美形の笑顔って、怖い。
目が全然笑ってないもんな。
冷気さえ漂ってるもんな。
それを柄シャツの若人に向けてるんだよ。
「ごめんね、オニイサン。これからこっちと合流なんだ」
柄シャツ男に向かって両手を合わせる素振りをしてから、「こちらです」と言うようにスーツ姿の眼鏡イケメンを手の平で示した。
いやなんかさ、格の違いを見せつけられた柄シャツ若人が気の毒でさ。
普通さ、眼鏡+スーツって、それだけだと頼りないイメージになるじゃない?
それなのに何なのかね、漂う自信というか、オーラというか。
あ、駄目だこれ。と思わせちゃう系なんだよ。
でもって「絶対この人いい体してるだろうな」とか、アラサー女子はつい思っちゃった位の雰囲気なんだよ。
なもんで。
「また機会があったらね」
なんてついフォローまでしちゃったんだよ。
「じゃー、次はお願いしますよ」
おお、柄シャツの若人。
お主もノリがいいじゃないか。
おかげでお互い笑顔で終息を迎える事が出来た。
そんな茶番が繰り広げられた後、「大丈夫でしたか? 念のため下までご一緒します」なんて眼鏡のイケメンさんはごく自然にエレベーターに一緒に乗ってくれちゃって。
「さすがにこの時期にビアガーデンはまだ寒かったですね」とかごく普通に言うんだよ。
「いつもは夏に来るんだけど、今年の夏は忙しい部署があってみんなの予定が合わなさそうで、今日になったんです。普通のお店にしとけばよかったですー」
だから愛梨がそんな風にさらっと応じたのも、仕方ないっちゃ仕方なくて。
「うちは同僚がビアガーデンがオープンしたから行くかと、面白がって」
そう言って穏やかに苦笑したイケメンさんと、それに見惚れる「30歳までに結婚しようの会」メンバーの会話が妙に弾んじゃってて、私は疑問を口にする事が出来ない状況が続き━━
「これから次に行くなら店までお送りしましょうか? また絡まれないとも限らないですから」
一階に着いたら着いたで、そんな風にさらりと提案してくれる紳士然とした眼鏡イケメン。
涼やかなと言っていいような目元なのに色気が漂うってどういう事?
ん? 新手のお誘いか? それとも素なのか?
咄嗟に警戒してしまった私とは反対に、愛梨は早速「お願いした方がいいんじゃないですか」とイケメンに食い付いたけど、ここは丁重にお断りさせていただいた。
「いや、まあ大丈夫でしょう」
眼鏡イケメンだって連れがいるはずだしね。
お礼を言って会釈して別れて以降、ずっと向けられているみんなからの視線が痛い。
「お知り合いですか?」
充分離れたかな、という頃に一つ年下の若ちゃんに聞かれた。
やっぱり、そう思うよね?
私の名前、知ってたもんね?
「え? 元カレさんとか?」
咄嗟に答えられない私に、他のメンバーも盛り上がってはくれるけど。
……すまない。
「いやー、ずっと考えてるんだけど……思い出せないんだよね」
いいネタを提供できない事が申し訳ない。
マジで分からない。
「紗希っち、普通に会話してたじゃん!」
明子姉さんの顔は「驚愕ってこういう顔なんだな」という表情だった。
「だって、みんなも普通に話してたから、うちに来たどっかの営業さんとか会社関係の人かな、とか思っちゃって! みんなやっぱり知らない人なの!?」
薄々そうだろうとは思いつつ、「でもまさかな」と思っていた、衝撃の事実。
あんなに普通に会話してたのに、誰の知り合いでもなかった。
「だって、紗希センパイの名前呼んだからお知り合いだと思うじゃないですか!」
「あんなイケメン覚えてないの?」
「紗希センパイ、枯れてません!?」
「ホントに元カレさんじゃないんですか?」
「紗希っちは本当に人の顔、覚えないねぇ」
ちょっとした混乱が沸き起こる。
それはまさに混沌。
ああ、酒の力って恐いな。
見事な酔っ払いグループが完成しちゃってたよ。
「さすがに元カレなら覚えてるから多分、合コンとかで1回会ったっきりの人とかだと思うんだけど」
「ああ、いっとき紗希っち行きまくってたもんね」と明子姉さんはしみじみと言って納得してくれた。
あ、呆れていらっしゃいます?
「紗希センパイ、ワイルド系かワンコ好きだから美形の眼鏡男子はアウトオブ眼中だったんでしょうねぇ」
もったいない。
女子会メンバーの全員が、それはしみじみと残念そうに頷いた。
彼女は知らない。
今夜初めて話した男が短時間の間に彼女の手元━━特に左手の薬指を確認した事も、小さく笑って「案外流されやすいタイプかな」「押せば意識してくれるかな」などと考えた事も。
彼女は知る由もない。