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15、<先日の話> ミニカーが彼女にもたらす影響力。

ここに来てようやく鮎川氏サイドになります。


 出勤時、その車に気付いたのは偶然だった。

 今改めて思うと、必然だと思う。

 なぜなら、あんな車、そうそう走っていないのだから。


 そりゃ毎朝のように前を横切られたら、目につくというものだろう。


 その色があまりにも奇抜で、コンパクトカーの中ではおそらく国内トップクラスのシェアを誇る車種で、その辺りにごろごろ走っているというのに、一瞬どこの車か全くわからなかったくらいだ。


 自分と同じで、朝はいつも同じ時間に出るタイプなのだろう。

 東向きの国道を右折するためにその交差点で停まれば、よく目の前を北から南へと直進していく。


 向かう方向が同じで、そのうち隣の会社の社員だと知った。

 見るのはいつも横顔だった。


 まっすぐ前を向いたその横顔が凛としている事。

 よく小学生を横断させるために横断歩道で一時停止している事。

 小学生が会釈した後、嬉しそうに手を振っている事。


 順番は忘れてしまったけれど、それらに気付くのに時間はかからなかった。

 運が良ければ彼女が車を降りて、駐車場を歩く姿を見かける事が出来た。


 背筋をぴんと伸ばし、顎を引いて、ずかずかというレベルで颯爽と駐車場を歩く彼女。

 ヒールのある靴は履かないらしく、足音はしない。

 暗めの髪はアップスタイルが多いけれど、何度かおろしているところも見かけた。

 肩より下あたりまでのストレートの髪。


 もともと人の顔を覚えるのは得意な方で、営業職に就いてからは覚えるのが半ば癖になった。

 だから、遠目ながらも彼女の顔は知っていて、偶然ビアガーデンで見かけた時はすぐに分かった。


 きりっとしたネコのような目で、まっすぐ前を見据える表情はクールで知的で、そして気が強そうな印象を受けた。

 よく言えば落ち着いていて、大人の女性といったてい

 率直に言えばどこかキツそうで、少し近寄りがたい雰囲気。


 そんな彼女が、幼児向けのミニカーコーナーに貼り付いて相好を崩している姿なんて誰にも見せたくはないと思ったし、『買うか買うまいか』を真剣に悩んでいる姿を見せられたら大人買いしてあげたくなるってもんだろう。



∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴



 涼太の配慮もあって二人で車で1時間半のアジサイの名所に出掛け、案の定そこは2時間足らずで満喫し終えた。

 そんなに時間がもつ場所ではないことは目に見えていたので、帰る途中に新しく出来たショッピングモールに寄るのは予め予定していたコースだった。


「あーっと、すみません、鮎川氏。ちょーっとあっち、見て来ていいですか?」

 彼女にしては珍しく歯切れが悪い口調だった。


「鮎川氏は他をまわられてます?」などと言うのだから、気にならないわけがない。

「いいえ、大丈夫です。ご一緒してもいいですか?」

 念のため了承を得てから後を歩いた。


 入ったのはベビー用品から幼児向けの専門店テナントで、入り口で店内を一瞥すると迷う事なく奥へと進んで行く。

 まっすぐ玩具コーナーまで来ると、ミニカーがずらりと並んだ棚の前に腰を下ろすと同時に、「ふあっ」と息を飲むような気配。

 隣に座り込んでみると、一瞬びくついてから照れたような、愛想笑いのような表情で会釈をした。

 あ、いま完全に俺の存在を忘れてたな。


「これ、ネットじゃプレミアついてるんですよ」

 そう言って指でつまむようにして見せてくれたのは、手のひらに収まるほどの小箱。

 世界一有名なネズミとコラボしたシリーズらしい。

 昔から男の子がいる家だと大抵1台くらいはあったであろうそのミニカーシリーズに、そんなラインナップがあったのは初めて知った。

 

「定価以上で買うのは癪でずっと『お気に入りリスト』に入れてたんですけど、田舎だと普通に割引価格とかで置いてたりするんですよ。うわっ、バレンタインエディションまで残ってる! うわー、どうしよ」

 今日一番テンションが上がっていた。

 その後、3つを手に乗せ、口元に拳を当て、眉間に皺が寄りそうなほど真剣な表情で悩み始める。

 

「いっちゃおっかなー、どうしよっかなー、んー、あーどうしよっかなー」

 口の中で小さく呟やき、こちらの視線に気付いてはっとした表情を浮かべる。


「どうぞ、ゆっくり悩んでもらっていいですよ」

「すみません、優柔不断で」

 カタログやネットで見るのとは違って、実際見て悩む気持ちは分かる。

 本当にすまなさそうに言うので、こちらも申し訳なくなる。

 横に貼り付かれるのも落ち着かないだろうと立ちあがって、通常のミニカーに手を伸ばした。


「最近はサス付きなんだ」

 パッケージの<サスペンション付き>の表示に驚き、思わず口に出た。

 子供の頃、家にあった物にはサスペンションなんて無かったのに。


「踏んでも壊れにくいようにサスペンション付きになったそうですよ。その代わり最近のはほとんどドアが開かないんですよね。昔のはドア開いてませんでした?」

 そんな豆知識まで持っているとは。

 完全に意表を突かれた。


「そう言えば、昔うちにあったのもドア開閉してたような。車、お好きなんですか?」

「いいえ?」

 まさか、と言わんばかりに否定された。


「兄の所が男の子3人なんですよ。全員にイベントごとに少しずつプレゼントしてるうちに私も一緒にはまっちゃいまして」

 相変わらずしゃがみ込んだまま、照れ笑いを浮かべてこちらを見上げて来るその姿。


 それはダメなやつだ。

 反則すぎる。




紗希さんがコレクションしているのは「ディズニートミカ」です。


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