10、隣の芝が青すぎる
帰りの車は涼太の采配で行きとメンバーチェンジして車3台に分乗する事になった。
手慣れてんな、涼太。
ランドセル背負った頃を知っている男が、こんなに立派に合コンを執り仕切る独身男子に成長したなんて……なんだろう。
誇らしいような、感心するような、呆れるような。
なんともフクザツですわ。
そう言ったらまた文句を言われるだろうけど。
行きは私一人が涼太の車、若ちゃんと愛梨は鮎川氏の車。
帰りは私と若ちゃんが鮎川氏の車、愛梨は若手の男の子の車に乗った。
「あ。ヤバい。見つかったかも」
コール音に気付いて画面を見て、思わず眉間に皺を寄せてしまう。
「ちょっと電話すみません」
一言断って、会社からの電話に出ると、鮎川氏はラジオの音量を下げてくれた。
以前、自転車のチェーンが外れた時もラジオだった。私も通勤時はラジオ派だったのでちょっと嬉しかったんだよね。
あの時は「話の種に営業で役立つこともあるので」なんて言っていたけど、プライベートでもラジオなんて仕事熱心なお人だ。
「はい、鈴原です。お疲れ様です」
案の定、私の車が駐車場にあるのを見たリーダーさんからだった。
『どこで遊んでるー? 帰ったらちょっと寄ってって欲しいんだけど』
「ああ、それなら明日の午前中で大丈夫ですよ。
はい間に合います。
あ、でも私の机に伝票の現物は置いといてくださいね? はい、一応チェックしてから念のため沢木さんのロッカーにメモ貼って帰りますので。
野口リーダー、明日からご出張ですよね? 私、もう少しかかるんで退社していただいて結構ですよ。
いえ、お土産とかいいんで。今回はセーフですけど普段はこうは行きませんからね?
いえいえ、お疲れさまでした」
後部座席の隣に座っている若ちゃんに目を向ければ、何とも言えない表情。
さすがはお見通しらしい。
「ごめん、若ちゃん、ちょっと事務所上がるわ。10分も掛からないと思うけど」
「何かありました?」
「週明けでも全然大丈夫なんだけど、野口リーダーが明日から出張だから心配みたいで。沢木ちゃんのロッカーに念のため付箋貼って帰ろうと思って」
単なる売上伝票の提出洩れ。
20日締めだからそこまで慌てなくても、今月の売上に上げれば問題はないんだけど。
ただでさえ先月売上予定だったのに遅れてるから、なんとしても20日締めで上げておきたいらしい。
まあ、気持ちは分からないでもない。
どうせちょっと2階の事務所に行って、伝票の現物をチェックして問題なければ実務処理をしている、今日来られなかった経理の沢木ちゃんのロッカーに「修正があるので締め処理少しだけ待ってください」のメッセージを貼って帰るだけだ。
多分週明けは沢木ちゃんも忙しいから、メールよりも出社後必ず開けるロッカーの扉にメッセージを残すのが間違いない。
朝一でそんなもん貼られている沢木ちゃんには申し訳ないけど、経理部の部屋は鍵がかかっていてPCに貼れないから許してほしい。
「ああ、みなさん紗希さんの車に乗って来たんでしたね。涼太に送らせましょうか? あっちは全員降ろしながら会社まで戻るから乗れますよ。紗紀さんもその方が落ち着いて仕事出来るでしょう」
いえいえ、と言いたいところだけど。
それは━━ちょっとありがたいかも?
二人を待たせるの悪いし、涼太なら知ってる分、まだ安心だし。
「僕が送って差し上げてもいいんですが、今日の道具の片付けをして帰るので僕も社内に入らないといけないんですよね。一応、涼太にも聞いてみますけど。あいつ、今日若菜さんと愛梨さんを乗せてないですし」
最後は冗談っぽく締める鮎川氏。
さすが営業担当者。なんともうまいなぁ。
そういえば涼太は行きに私を乗せただけだわ。
……確かに気の毒だ。むごい事をした。
涼太の家と二人の家も馬鹿遠いという訳でもないし、後でお願いしてみよう。
「若菜さんは総務でしたよね? 紗希さんは会社では何をされているんですか?」
「紗希センパイは管理職ですよ」
若ちゃんが笑いながら即答してしまった。
「━━すごいですね」
「ああ、そんなカンジだよな、紗希ちゃんは」
ほら、鮎川さんも助手席のクマさんも本気で驚いてるじゃんか。
あ、いやクマさんはすんなり受け入れてるか。
慌てて訂正した。
「違いますからね。管理と言っても進捗管理とか、勤務関係の雑務とか、単なる製造部のアシスタントです」
「いえ、管理と言う意味では完全に男性社員をコントロールしてるじゃないですか。紗希センパイだけ2部署かけもちなんですよ。普通1部署で手一杯なのに」
他に比べてあまり手のかからないメンバーが多い1課と、人数の少ない開発課のかけもちとは言え、それについて言いたい事が山ほどある。
勤務年数が重なるにつれ、社内での態度も大きくなり、男性社員に攻めの姿勢で多岐にわたる提出書類を催促し、ガンガン文句を言えるようになり━━気がつけば「2部署かけもち」というあり得ない状況になっていた。
「他に出来る人間がいない」とか「若い子にアシスタントは務まらない」とか尤もらしい理由を並べたてられたけど、二人雇うより一人に残業させた方が安上がりだもんな。
入ってすぐは社員からの当たりがきつかったりもするから、割と早々に辞めちゃうもんな。
そんな中でアシスタントとして続いてる愛梨は貴重な人材なのだ。
「いつも夜遅くまで電気ついてるから大変そうですね」
そうなんだ、わが社は「どんなに遅い時間でも明かりがついてる」って友達にも言われる。
「まぁ、女性はそこまでは残らないんですけどね。鮎川氏の所はけっこう皆さんは早そうですけど、全員という訳じゃないんですよね?」
「部署や時期によってかなり差があるけど、それなりに帰れますよ」
「忙しい時は忙しいけど、暇な時は毎日くらい定時で帰る時もあるよな」
クマさんの言葉に私達は思わず「えぇ!?」と声を上げた。
う、うちの会社じゃあり得ない……
「うらやましい限りだよねぇ」
「どうしてこうも違うんでしょうね。と言っても私が忙しいのは給与計算とか年末くらいですけど」
若ちゃんと隣の芝生の青さを眩しく思った。