1、5月のビアガーデンは寒い。
出会い━━
それを聞かれたら「ビアガーデンで女子会してたらちょっとトラブって、見知らぬ眼鏡のイケメンにいきなり名前を呼ばれた」と言うしかない。
「今日も1日お疲れぃ! 乾杯!」
ここはワタクシ、鈴原 紗希27歳が僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきまっす。
今夜はここ数年で夏の恒例になった社内ビアガーデン女子会。
といっても勤め先は男性ばかりの機械メーカーなので出席者は部署をまたいだいつもの仲良し5人だけど。
今年はドイツ・イギリス・ベルギーのビールとワインも飲めるという市内のホテルをチョイスしたけれど━━まだビアガーデンには早すぎた。
寒い。
テーブルも7割くらいしか埋まってない。
「社内最後のイケメン大物独身貴族も結婚しちゃいましたねー」
わが社が誇る「可愛い系」1位の愛梨がしみじみと言った。
髪の毛はなかなか明るめで、ちょっとアホの子が入ってる憎めないキャラ。
いや、まあ社内には「どうしてあのアホが社会人をやっているんだ」的に見る人もいるけど私は自他ともに認める女好きだからね。
女の子は大抵かわいいと思えちゃうんだよ。
「え? 愛梨、あんた狙ってなかったよね?」
今までそんな事聞いた事ないよ?
「そりゃ一回り以上年上ですから狙いはしないですよ。でも目の保養がいなくなっちゃったなぁ、と」
いや、退職してないよ?
社内には相変わらずいるじゃないか。
結婚するなり亡き者にした潔さ。
これが若さか。
うん、まあ略奪狙い始めるとかドロドロになるよりはずっといいよ。
「紗希っちは社内はないとして、若ちゃんと愛ちゃんは相変わらず社内恋愛とか無いの?」
最年長で、唯一既婚者の明子姉さんが面白そうに言う。
大学の頃バイト先でこじれて店長のお世話になり、今の会社でお断りさせてもらった人とはその人が結婚するまで年単位で気まずかった経験がある私は、社内恋愛には消極的なんだけど━━
「いや、ないでしょう」
他のメンバー独身女子3人までもがそう即答した。
「だろうね」
明子姉さんはけらけらと笑った。
「分かり切った事聞かないでくださいよー」
愛梨はバッサリ切り捨てた。
うちの会社は県内でもちょっとは名の知れた機械メーカーで、高給取りな方だと思うけど、残業やら休日出勤やら長期出張やらで、とにかく拘束時間が長いのが痛すぎる。
出会う時間も無い、運よく恋人が出来てもなかなか長続きしないという労働環境で、未婚率の高さは県内企業でもトップクラスかもしれない。
「少子化問題を騒ぐなら、未婚率の高い企業調査とかしたらいいのにねぇ」
なんとなく思いついた事が口をついて出た。
「あ、それめっちゃ知りたい」
「たぶんうちの会社、県内トップ5入り間違いないよ」
「それでうちの男性社員も少しは焦ればいいんですよ」
「でもそんな事したら、うちの会社、新入社員入らなくなっちゃうよ? ただでさえ若手の離職率高くて次の世代層が薄くて上も必死なのに」
ああ、なんか真剣に会社の今後の展望を心配する会になってきた。
22歳から27歳の女子社員に本気で心配されてますよ、社長。
四十路越えの明子姉さんは笑ってるだけだ。
宴もたけなわとなれば、みな仕事やら人間関係やら恋愛事やらぶっちゃける、ぶっちゃける。
「メンバー全員30までに結婚! これがこの会の最終目標ですよ!」
最終的に、だいぶ出来上がってきた「総務のほんわか若菜さん」こと若ちゃんが、会員数4名の新しい教祖になった。
「あーそれについては私、最近気が付いた事あってさぁ。2年は付き合って相手を見極めて結婚、が理想だったんだけど残り3年なのよ。一人目で2年付き合ってこりゃダメだと思ったらその時点でアウトじゃない? 単純な足し算の罠に気付かなかったー」
「紗希っち、その足し算に罠はないよ」
「こりゃダメだという男に2年も費やしちゃダメですよっ」
明子姉さんには突っ込まれ、年下の後輩達には諭された。
「交際期間を1年に短縮したらまだ3人行けますってー」
愛梨からは新しい提案があったけど、そのスパンは私には不可能だって。
「ダメな男に引っ掛かってたら遠慮なく言って」
怒ってくれる後輩達に本気でお願いする。
「その時は30歳までの残り日数を計算して突き付けます」
「カウントダウンのシステム作ってあげよっか? それ位ならすぐ出来るよ。ていうかそいうアプリありそうだけど」
なんと心強い先輩と後輩達なんだろう。
「でも紗希センパイはシビアだから、ダメな男には引っ掛からないと思うんですよね。そんな心配よりまずは出会いを求めて彼氏を作るという根本的な」
「それな」
みなまで言うな。
相手が3年いない私が、だめんずに引っ掛かった後の心配するのは確かに不毛だ。
気ままに、かつ濃厚なトークを繰り広げる最中、「オネーエサン、一緒に飲みませんかー」とご陽気な様子の若者に声を掛けられた。
うーん、25歳前後かなぁ。
ちょっとその柄シャツ&ハーフパンツが……やんちゃすぎるよ、オニイサン。
うん、迷うまでもない。
ナイわ。
「30までに結婚しようの会」の他のメンバーの答えが同じ事は、確認しなくても分かっていた。
「今日は女だけで飲む会だから、ごめんねー」
そう、にこやかに断った。
「えー、そう言わずに。いいじゃないっすかー」
おお、不貞腐れずノリで乗り切ろうとはいい気概だ、若者。
一度では折れない根性は評価しよう。
でもね、こっちのメンバーは本ッ気で女子のあけすけトークをする気満々なのよ!
そのためにみんな金曜の定時退社をもぎ取ったのよ!
邪魔はさせん。
「また機会があったらねー」
酔っ払い相手のお断りはあくまでも明るく笑顔で和やかに。
真剣になったら面倒な事になる。
それは27歳になるまでに身につけた護身術の一つだ。
ただでさえ私はきつめの顔立ちをしているんだから。
だから、ビアホールではそうにこやかに作り笑いで断ったのに━━
愛梨と二人で帰りがけの化粧室に寄ったところ先ほどの派手な柄シャツの若者がいた。
待ち伏せとか、ゾッとしかしないんだけど。
「お姉さん、ライン交換しましょうよー」
チャラめな若者の狙いは案の定、愛梨だった。
「この子、彼氏持ちだから。ごめんね」
本人に代わってでまかせを言ったら「こっちのお姉さんに聞いてんだよ」と苛立ったように言われる。
そりゃそうだ。
でも、馬鹿だ。
意中の女の子の連れにそんな態度とか。
好感度を下げる要因でしかない。
こっちはまだ下手に出てるのに、めんどくさいなぁ。
せっかく人が楽しい気分でいたのに。
「さき」
私の事じゃない。
こんなにいい声で、そんな風に私を呼ぶ男なんて存在しないから。
こんな時に同じ名前の人間が近くにいるのか。
そんな事を考えながら愛梨を背に柄シャツ男を睨んでいたら、黒い影が視界に割り込んだ。
「彼女に何か?」
間に立ってそう言った男。
見上げてちょっと驚いた。
あらまあ、これは随分と━━愛梨のストライクゾーンど真ん中のイケメンさんだわ。
紗希さんの勤め先の機械メーカーは、「会社一のイケメン王子は立派な独身貴族になりました。」のたろさんがお勤めの会社です。
「新作の会社設定どうしよう」と行き詰まっていた所、「何も別の会社にする必要はないじゃない!」と思い付いちゃいまして。
モブキャラで共通人物を出す事がありますが、「会社一~」を読んでいなくても全く影響はないよう書き進めたいと思います。