伊崎さん
伊崎と呼ばれた男性は、苦しそうに起き上がろうとするが
院長はそれを手で止めて、再び仰向けに寝かせた。
「これこれ、病人なんじゃから無理はしちゃいかんよ。」
その声に伊崎さんは、はい・・・と小さく答えた。
ここまでのものなのか・・・・。
正直に言えば、いくら不幸な人が目の前に現れても俺は平気で通り過ぎるだろう。
俺はそういう人間だし、そのことは俺自身がよくわかっている。
そんな俺だが、伊崎さんが末期患者で無いことを心から喜んだ。
これは予測でしかないが、もしも末期患者を紹介されたとしたら
俺は今よりも、もっと動揺していたと思う。
それほどまでに、伊崎さんは痩せ細っていたのだ。
俺の様子を見ると、院長が話を切り出してくれた。
「少し特殊な薬が手に入ったのじゃ。癌の完治に高い期待が見込めるものなのじゃが伊崎さん、試してみますかね?」
「試してみたい・・・です。でも今は入院費だけでも・・・。」
ああ、当然気にするべき所だった。
「お金は気にしないでください。この薬は伊崎さん、あなたに提供しますよ。」
「あなたは・・・」
「ああ、俺は井出といいます。かなりの確立で完治できるだろう薬を入手したのですが、治験をしてくれる方を探していたのですよ。」
言い方は悪いが実験台を探していた。
「安心してください、副作用なんかはありませんから。」
そういうことでしたら、と伊崎さんは引き受けてくれた。
「ありがとうございます。ただ、親族の方とも話し合ってから改めて院長から受け取ってくださいね。」
はい、と頷く伊崎さんを背に俺と院長は元の部屋へ戻っていった。
部屋に入り、ドサッとソファに座る。
テーブルに俯き、院長が溜息を吐いた後
伊崎さんはな、語り始めた。
「入院してから一年と少しになるのだが、日に日に気力が衰えて病状が悪化していたのじゃよ。」
わからなくもない、一週間くらいなら気にもしないが
一月、二月と日が延びていくにつれて不安になるのは当然のことだ。
摘出手術も既に二度ほど施術したのだとか。
だがまた癌ができてしまい、摘出手術を受けるだけの体力も怪しい状態になってしまったという。
そんな状況に俺がやってきて、万能薬の話を聞いた院長は
すぐに伊崎さんを紹介しようと思ったのだとか。
院長がなぜそこまで伊崎さんに拘るのかを聞いてみると
施術をしたのも、術後の経過を看ていたのも院長とのことだった。
「伊崎さんにはな、奥さんと娘がいるんじゃよ。今は貯蓄があるが、それも入院していればすぐになくなってしまう。」
なるほど・・・。
「院長、個人情報の関係があるので難しいかもしれませんが伊崎さんの家を教えてもらえませんか?」




