手首
前に来たときには有って、今は無いもの
間に流れた時間が長すぎたこともあり、中々思い出せない。
ドラゴン達も何かを訴えてはいるのだが、身振り手振りでよくわからない。
そして、一頭のドラゴンが逃げるような仕草で俺の周囲を走りだした。
その行動を見て、ようやく理解ができた。
コイツ等
「餌がなかったのか」
声に出してしまったが、それに反応してドラゴンも頭を上下に激しく振った。
これで先ほどの不意打ちで、仲間を殺されたのにため息を吐いた理由に納得がいった。
ダンジョンモンスターでも餌が無ければ、何れ死を迎えるということだ。
さて、どうしたものか
家に戻ればウサギやネズミの肉なんかはゴロゴロしているのだが
何せ相手はドラゴンだ。
ダンジョンモンスターであり、俺の敵でもある。
だがしかし
その判断を下そうにも、俺の思考に待ったがかかってしまう。
恐らくだが、餌不足に陥った原因は俺にあるのだ。
一階層から順に制覇して行けば、自然と餌の供給が行き届かなくなる。
それも、この巨体が三頭と今も上を旋回している何かが一頭
それだけの食欲旺盛なモンスターがいれば当然見えてくる未来だった。
餓えは拷問だ。
それを俺は、この紳士なドラゴンさん達にしていたとなれば
それは俺の心にダメージを与えてくる。
善人ぶる心算はないが、やはり気になってしまう。
だから俺は、暫し考えた後に行動した。
「ちょっと待っててくれ」
元気を取り戻した際の行動に危険が伴う。
だが、あのドラゴン達には間違いなく高い知性があった。
ならば原因はどうであれ、非常時からの脱出を手助けした者を襲う事はないだろうと
俺はそう考えた。
ここまで考えが纏まれば迷うことなど何も無い。
「おら食え! 肉だぞ!」
ギャアギャアと嬉しそうに鳴きながら肉を貪るドラゴンを眺めていると
上空に飛んでいた鳥っぽいものが降りてきた。
遠目ではわからなかったが、鳥竜とでも言うのだろうか
鳥のような細い足に大きな翼、それに大きな尾を持ったそれは
俺の目の前へと降りると、俺の顔に頭を擦り付けた後
ドラゴン達とともに肉を食べ始めた。
クリスタルドラゴン:砕けることの無い硬度と柔軟さを兼ねた水晶のような身体を持つ魔獣
ただ肉を食べているだけなのだが
見た目がとても綺麗なので、見ていて飽きない。
持ってきた肉も無くなり、二頭のドラゴンは身体を丸めて寝はじめた。
今の俺に敵意が無いとはいえ、全く気楽なものだ。
残ったクリスタルドラゴンは、二頭を一瞥した後に俺の方を向いた。
キュルキュルと甘えた声で鳴く姿は、まるで大きくなったあおいの様だ。
「なあ、次の階層に行きたいんだけどさ。 お前を倒さないといけない感じなの?」
俺の質問に答えてくれているようだが、身振り手振りだけじゃ限界がある。
すると、クリスタルドラゴンがキュンと鳴き
それと同時に俺の手首が少しだけ熱を感じた。