黒い召喚魔法
あの子の名前は田辺英一くんという。
ベルちゃんが消えてしばらくしてICUから私の担当する、外科・整形外科の一般病棟に移ってきた。
専属というわけにはいかないけど、お世話ができる。ちょっと嬉しい。
ベルちゃんがいなくなってからは、いつもの自分に戻った。
変にムラムラしないし、お肉が無性に食べたくなることもない。普通。
天使に取り憑かれると精神が不安定になるのだろうか。
英一くんを助けるためにベルちゃんは力を使い果たし消滅した。
気まぐれに合わせ鏡をして呼び出しただけなのに、可哀想なことをしたと思う。
「30万円近く出して鏡を買ったんだから、気まぐれじゃないか・・・」
引き出しから鏡を取り出した。
「ベルちゃんに会いたい・・・」
私は午前零時に合わせ鏡をしてみた。
「Technical magic my compact,super mirror.」
呪文を3回唱えたら、2つの鏡がものすごく光った。
「呼ばれて飛び出て、天使降臨!」
鏡の中からベルちゃんが現れた!
「ベルちゃん!!」
「私は未通女の願いを叶えるために金星からやってきた愛の天使、キューティーベルちゃんです! 元気ですかぁ、愛子ちゃん!」
涙が溢れた。
「死んじゃったのかと思っていたの」
「あの子を助けたいっていう愛子ちゃんの願いが叶ったから金星に戻っただけよぉ」
「・・・。ベルちゃんが叶えられる願いって『恋愛成就』だけじゃなかったんだ・・・」
「まぁ。大天使ルシファー様のお力を貸していただけたから、前回は特別ね! で、今度はどんな願い? アイドル歌手になりたいとか、ちょっと大人になるっていうのは無理よぉ」
「ベルちゃんの元気な姿が見たい」
「じゃ、叶ったわね。そうそう、前回と今回の『願い』の成功報酬を頂くわぁ」
「え?」
「天使への願いは人身供犠が必要なのよぉ~」
「え、え、えぇ~!!」
ベルちゃんへの報酬は、私の性交を見せればいいと言った。そして結婚生活も見たい。私の性生活を全て見せることが報酬になる。
恥ずかしい。愛の天使ってそういう報酬が欲しいんだ。悪趣味。お下品。お下劣。
英一くんとの仲も取り持つので、はやくそういう関係を持ってもらいたいそうだ。
「だとしても、もう勝手に私の身体を乗っ取らないでね!」
「判ったわよぉ~、怒らないでぇ。叱っちゃ嫌ぁ~よぉ~」
英一くんとは長い入院生活でちょくちょくお世話をしているので、少しずつ仲良くなってきている。事故のショックからか、当日の記憶が飛んでいて私とキスしたことは覚えていないみたい。
今日もベルちゃんは私の職場に憑いてきた。
英一くんも順調に回復していて、松葉杖を使って歩く練習をしている。
リハビリ科の先生から歩行訓練の付き添い指示がでているため、私が手を挙げた。
松葉杖で廊下を往復して、そろそろ終わりにしようかというときに突然、犬がやってきた。病院に犬? 私は驚いて固まってしまった。犬は苦手なの。
「すいませんね。セラピー犬が逃げ出しちゃって。おほほほほ」
脳外科の准教授が走ってきて犬を抱き上げた。セラピー犬なのね。だったら病室を巡回しているところを何度か見かけたわ。
「くぉーん」
(おやぁ?)
「(どうしたの、ベルちゃん)」
(あの犬、私がわかるみたい。目が合った)
「(人には見えないんじゃないの?)」
(犬には見えるみたい)
「(犬ならいいじゃない。問題なさそうだし)」
(まぁねぇ~)
最近、看護師という仕事に誇りを持って取り組めるようになってきた。
英一くんやおじさん、おじいさんたちのお世話をして気付いた。いろいろな男性自身に出会える、すばらしい職業だと思う。
(それって、ベルちゃんが憑いているおかげじゃなぁ~い?)
ベルちゃんって本当に天使なのだろうか?
インターネットで調べてみたら、午前零時の合わせ鏡でやってくるのは「悪魔」だって書いてあった・・・。
2015/12/15 落字訂正