切羽詰まったときの魔法
泣きながら職場である大学病院に向かった。
私が到着するとほぼ同時に救急車が駆け込んできた。
この病院では救急科があり頻繁に救急車がやってくる。いつもは気にしないのだが、救急搬送される患者さんをふっと、覗きみた。
「あ!」
さっきコンビニでキスした男の子だ。救急隊員が押さえているけど、頭から血が滴っている。まずいんじゃない!?
「ベルちゃん、あの子だ!」
(あ、本当だ。死にかけているねぇ~)
「あぁ、どうしよう・・・キスした相手が、その日に死んじゃうなんて・・・」
(あらら。相手が死んじゃったら望みも叶わないね。誰か別の相手はいないのぉ?)
「ばかっ! 死んじゃったら違う相手を探せなんて。私のファーストキスだったのよ! 女の子が一番大切にしているものなのよ!」
(女の子の一番大切な物って、処女じゃないのぉ?)
「私は初めてのキスが一番大切だったの!!」
職場に着いて引き継ぎを受けたけど、あの子のことが気になって頭に入らない。
「斉藤さん、顔が青いわよ。調子が悪いの?」
主任が声をかけてくれた。
「大丈夫です。先ほど救急搬送された患者が知り合いだったので・・・」
「でも仕事は仕事よ。しゃんとしなさいっ」
「はい」
頭では判っているけど、気になる。気持ちを切り替えて目の前の患者に対応しないと。取り返しのつかないミスをしてしまうかもしれない。
「ベルちゃん・・・」
(う~・・・。判ったわ。様子を見てくるわぁ~)
入院患者に夕食を配ると私たちも食事ができる。今日は弁当を買い損ねたけど、食欲がないのでちょうど良かった。
休憩室に入るとベルちゃんも入ってきた。
(ありゃ駄目だねぇ。頭がかち割れているわ。変な機械を脳みそに差して、ビリビリしているわ)
「死んじゃうの?」
(間もなく天に召されるわ。ベルちゃんが送ってあげてもいいんだけど、愛子との契約があるしぃ・・・)
「ベルちゃん、私はあの子と恋愛成就したいの。何とかして!」
(だってあの子、死んじゃうんだよぉ?)
「ベルちゃんの力で何とかならないの? 『愛の天使』なんでしょ!?」
(しょうがないわねぇ。もしあの子が明け方まで生きていたら何とかなるかも。あなたも『明けの明星』に祈ってみてねぇ)
日付が変わり、勤務が明けても私は病院に残った。
「Technical magic my compact,super mirror.」
私は鏡に呪文を唱え続けた。『明けの明星』が見え始める午前4時まで続けるつもりだ。
(愛子ちゃん、まだあの子は生きているよぉ~。虫の息だけど)
「あの子も一生懸命頑張っている。私も頑張る」
夜明け2時間前に『明けの明星』が輝きだした。
「ベルちゃん!」
(いい? よく聞いて。明星の力を借りてあの子を助けてみるけど、助かるか、くたばるかは大天使ルシファー様の気分次第だから・・・)
「大天使ルシファー様、どうかあの子を助けてください!」
ん? ルシファー様? どこかで聞いたような名前だわ・・・。きっと有名な天使様なのね。
ベルちゃんは空に浮かび、両手を広げ全身に明星からの力を受けている。
(愛子ちゃん、ベルはすべての力をつかってあの子を助けるわ。もし力尽きてベルが消滅してしまっても、愛子ちゃん自身の力で恋愛成就するように頑張るのよぉ!)
「ベルちゃん!!」
(大天使ルシファー様、愛子ちゃんの願いを叶えてくださいませ!)
ベルちゃんが金色に光り出した。その光が集中治療室がある4階に吸い込まれていった。
「ベルちゃん・・・」
空を見上げると、そこにいたベルちゃんは消えていた。
2015/12/15 誤字訂正