序の章 其の四 壊れた日常
キーンコーンカーンコーン
12時を知らせる鐘が聞こえてくる。
首をぐるりと回しながら「っあぁ~」と一息ついた。
パソコンと睨めっこして、目の奥が重い。
「やっと昼飯か、どっこらせっと。」
掛け声一発、椅子から立ち上がると、机の右上の引き出しから名刺大の紙を取り出し無造作に上着のポケットに仕舞いこんだ。
「昼飯行ってきます。」
室内に聞こえるよう声を掛けて席を離れていく。ガチャっ、ドアを開けると倉橋が既に待っていた。
「行くか?」「おぅ」軽くお互いに確認し合い会社を出ていく。目指すは、朝の宣告どうりに鶉の卵亭だ。値代安い、味微妙、早いの2拍子?揃った中々の定食屋だ。
ガラララッ、引き戸を開けて店内を入ると
「いらっしゃぁ~い?、お2人様ご案内~?」なんで疑問系でむかえる。
???なんかいつもと雰囲気違うような?内装が小奇麗になっている?
そういえば、なんで何時ものおばちゃん出てこないんだろ?ここの店員この店の夫婦だけだったはずだけどな。アルバイトでも雇ったのか。
「こちらへどうぞ~」
促されるままに、壁きわの席に案内された。
「なぁ、ここって改装したんだっけ?」
と、椅子に腰掛けながら倉橋が俺に聞いてきたけれど、三日前来た時にはそんな工事やってなかったと思う。
「いや、わかんね。壁紙張替えとか清掃業者に頼んで掃除したとかじゃないのか。」
ぐるっと見渡して見ると、壁もヤニで汚れていないし床も綺麗にタイル貼りに変わっている。まるで、違う店になったな。と、ぼんやり考えた。
「そっか、久しぶりだからなここ来るの」
何時もの様にメニューを見ようと手を伸ばす。メニューが無い。壁を見て見るとこれまたなにも掲げられていない。染み一つない無い真っ白な壁があるだけだ。なんか、違和感があるな。
「真神、メニュウーどこだ?」
倉橋がきょろきょろと、辺りを見回しながら聞いてきた。
「さぁ、改装したてで、メニューまだ作ってないじゃねーの?」
「そうか、店員さーん」
倉橋が店の奥に向かって店員を呼んでいる。すると、奥から女の人?が出てきて
「しばし、待たれよ。」
渋いおっさんの声で一言いって、トレーにティーカップを2つ乗せてこちらに歩いて来た。おっさんだ、紛う事無きおっさんだ。フリフリのレースをあしらったメイド服に身を包む筋骨隆々のおっさんが、優雅な足取りでこちらに歩いてくる。怖~、すっげ~怖~。
倉橋を見ると、目を剥いて驚いている、そりゃそうだ。
音も立てずにソーサーとカップが置かれる。すごいな、プロだなメイド?の。おっさんだけど、大事な事なのでもう一回言うおっさんだけど。
「主が間もなく御出でに御座る。しばし、待たれよ。」
あっけに取られる俺たちを他所に、おっさんメイドがそう言ってきた。
近くで見るとでかいな、190位ありそうだ。倉橋が小刻みに震えている。気持ちは分かるぞ。
「ゴメンネ、待ったかい?あれ、ほんとに二人いるね。こりゃびっくりだ。」
突然声が聞こえて、声の主に顔を向ける。
真っ白いワンピースの様な服を着た、子供が此方に歩いてくる。
「主よ、お客人がお待ちである。」
そう言うと、椅子をずらし主と呼ばれる子供に椅子を促した。
「ごめんよ、ファーフ。次は気をつけるよ。そこの、お二人も待たせて申し訳なかったね。
真神さんに、倉橋さん。」
なんだこの子供おっさんに主と呼ばれていかけど、どっかのお坊ちゃんか?
それに、なんで俺たちの事を知っているんだ?
「あのさ、なんで俺たちの苗字知ってんだ?どっかで会った事あるのか?俺が忘れているだけなら済まないが、名乗ってもらえるか。」
そう俺が切り出すと、そこでやっと倉橋も再起動しだした。
「ここ、鶉の卵亭だよな。俺たち間違えなく暖簾くぐってきたしな。」
倉橋の一言に、主と呼ばれた子供が
「違いますよ、ここは鶉の卵亭という食堂ではありません。僕の神域です。」
は?一瞬パニックになりかけた。何言ってんだこいつ?神域、なんだそれ?
中二病か?倉橋を見ると驚いた顔で周りを見ている。
「神域ってなんです?金持ちのお坊ちゃんの新しい遊びですか?」
俺が子供に問うと、倉橋がぼそっと、
「すげーな、最近の金持ちの考えることはわかんねーわ。」
などと言ってきた。
「いえ、僕は貴方がたの知るとこで言えば、神様です。だから、私がいる此処は神域になります。」
にっこりと微笑みながらそんな事をのたまった。
「すいません、帰っていいですかね。昼時間無くなっちまいますんで。おい、倉橋帰るぞ。」
まだ、きょろきょろしてる倉橋に声を掛け帰るように促した。
「お帰りになる前に、少しお時間頂けませんか?時間は気にしなくても問題ありません。
お二人のどちらかに、異世界に行って頂きたいのですよ。」
とっ拍子もない事をさらりと言ってきた。
「いやいや、何言ってんですか?頭平気ですか?異世界ってそんな所あるわけないじゃないですか。現実と空想をごちゃ混ぜにしちゃだめですよ。現実見ないと。」
俺の意見に賛同するように倉橋が
「まったくだな。付き合いきれねーわ。異世界とか、ゲームのやりすぎだぜ。」
がたっと椅子を引き倉橋が立ち上がり出口に向かって歩きだそうとしてその足を止めた。
「どうした?」
首を回して倉橋の目線の先を見る。
無い、入口が無くなっている。ついさっきまであった入口が跡形もなく消えているのだ。
ハッとなって、辺りを見回せば先ほどまでと景色も変わっている。いつの間にか草原の中に居た。
「おい、なんの冗談だよこれ・・・さっきまで店に居たじゃないかよ。なんだよこれ・・・」
驚愕の声をあげる倉橋を見ながら、俺自身も驚きで思考が停止していた。
「言ったじゃないですか、神域ですよって。信じてもらえそうになかったので、空間を弄ってみました。信じていただけます?」
屈託なく笑いながら自称神はゆっくりと、一口カップに口をつけた。
そんな様子をボーゼンと俺は眺めていた。見れば、景色だけでなくテーブルや椅子まで変わっている。倉橋はもはや声を失っていた。どさっとその場に座り込み、唖然となって一点を見つめている。
俺は意識を目の前にいる、神とやらに向ける。未だに、この状況に理解が追いつかない。
「おい、これはなんだ。どうして俺たちを」
「はい、ストップ。」
俺が言い終わる前に、神が言葉を遮ってくる。
「説明はするよ、さっきも言ったよね時間は取らせないって。ちゃんと聞いてくれるかな?」
その、一言で俺は一応納得はしてないが、話を聞く姿勢をとる。
倉橋に声を掛け、席に着くよう促した。「あ、あぁ」まだぼんやりしているが、椅子に腰掛け神の話を聞く様に促した。ここで、騒いでもどうにもならないと頭でなく心が理解してしまっている。
時間がなんとなく気になって腕時計を見ると、秒針が右廻りをしていた。