序の章 其の参 日常
シャー、軽快な自転車の走る音がする。19800円のシティサイクルのリサイクル品。真神の愛チャリ半額號。軽快に脚を回し微妙にセンスのないネクタイが風にたな引く。
「原付買おっかな。」
脇を通り過ぎていくスクーターを見送りながら独りごちる。
毎朝の日課を終え、軽くシャワーを浴びてからの出勤だ。
身なりはそこそこ、スーツもビシッと着こなしている。いかにも何処にでもいるサラリーマンである。ある一点を除けば。ネクタイ、ディホルメした河童がそこに描かれている。一見普通だがよく見ると、河童が着崩した着物を着て、艶っぽい表情できゅうりを齧っているのだ。しかも所狭しと。薄いグリーンの下地に緑の河童、見づらい。
余談だが、この河童は白鳥河魅希といって商標登録されているらしい。好物は無農薬きゅうり、だそうだ。
沿線沿いを半額號で駆け、目的地へ急ぐ。
8時まであと30分余裕である。あと5分で会社に到着だ。全身に埃っぽい風を受け、半額號を漕いでいく。
「ぶっえっくしゃっ」豪快なくしゃみが出た。12月も後半になり寒さが身に染みる季節。
7年前に買った、そこそこのコートもだいぶくたびれて来ている。
「コートも買わなきゃかな、磨り減って保温機能が低下してやがるな。」
ぶるるっと体を震わせる。尿意を催した時も震えるなぁと、ふと思い至った。
会社に到着して、裏の駐輪場に自転車を押していく。
「う~す、真神」
後ろから、だるそうな挨拶をしてくる人物。同期の倉橋だ。
「おう、倉橋おはようさん。毎日やる気無い挨拶ありがとよ。」
自転車を所定の位置に止め、片手を上げて返事をかえした。
倉田が微妙な表情で真神のネクタイを見て
「それなんだ?」とネクタイを指差した。
「ん?これか?魅惑の悩殺河童、白鳥河魅希。知らないのか?」ネクタイを倉橋に見えるようにつき出す。
「初めて見たぞ。妙に艶っぽいデフォルメ河童って。それに、緑に緑の河童って見ずれ~な。目がチカチカする。相変わらず、良く分かんね~ネクタイ締めてくるな。大体どこに売ってんだよ」
まじまじと、真神のネクタイを見ながらそんなこと言う倉橋に
「失敬な、地元密着みんなのお店、すごいぞ商店だよ。そこの、3本500円のワゴンセールで買った。」
真神、御用達のこのお店・・すごいぞ商店は歴とした店舗名である。補足
なるほどと、倉橋が頷いたのを確認して会社に入っていく。
入ってすぐに、倉橋はエレベーターのボタンを押して
「今日、昼どうだ?」と箸でご飯を食べるジェスチャーを交えて聞いてきた。
「いいぞ、駅前の鶉の卵亭で食べるなら。給料日前で金欠なんだ。」
「構わね~よ。ちょっと相談に乗ってくれ。」チーン、エレベーターの到着音が鳴り扉が開くとそんなことを言って、倉橋はエレベーターに乗り込んでいった。
俺は倉橋を横目で見ながら、総務課と書かれているドアの取っ手を回し入っていく。
今日は、うずら極盛定食だなと考えながら自分の席に着く。
あっ、タイムカード押すの忘れた。