揺れる世界
ふつり、と部屋の隅から音がした気がした。
台風19号だか20号だかが今まさに列島横断をしているらしく、外からはどこまでも果てしない雨風の音。
…だがそれは、明らかに部屋の中から聞こえてきた。例えるならそれは、静かな水面にそっと指を入れたかのような、ふっ、だかぷつっ、だか…何とも言葉にしにくい音だった。
「(おいおいおいおい…、ひゅーどろ系は勘弁してくれよ…)」
昔から幽霊とか妖怪系は大嫌いである。半分すがるような思いを抱いて、音がしたであろう方向をじっと見つめる。
一人暮らしを初めてもうすぐ半年がたつが、夜の一人きりの沈黙には未だに慣れない。彼女でも作ったらいいのだろうが、そういう系の話はひゅーどろ系と同じくらい苦手だ。
「ゴホッ…ん」
わざとらしく咳払いをしてみるも、変化はなく。
気のせいか、と恐る恐る体を机に戻す。そうだ、大学のレポートを書いていたんだった。
愛用のシャーペンを持ち、好きな音楽を流す。どうせこの天気だ、いつもより多少音量が大きくても文句は言われまい。
「よって、深層心理は…」
自分の書いた文字を口に出してしまうのは、気分向上がはたまたさっきの音への虚勢か。
一度拡散してしまった意識をまた一ヶ所に集めるのには、きっかけと努力が必要だ。今夜の俺には偶々それがなかったらしい。
右手に持ったシャーペンはほぼ無意識にくるくると回り、資料を漁っていた左手は読みかけの漫画へと伸びる。
「ふぃー…」
大きく息を吐いて背中の筋を伸ばす。長時間丸まっていた背中は、ポキポキと心地のよい音をたててまっすぐになる。
視線は上。木でできた天井。
ふつり、と空気が揺れた気がした。