輪るピンどら
嗚呼、テスト期間ってどうしてこんなに小説を投稿したくなるのかな。
ストレスを創作にぶつけるタイプなんでしょうかね。
しばらくは更新が続くかもです。
*
拝啓、お父さんお母さん。
深夜に先日転校してきて同じクラスになった男の人が家にいたとき、一体どうするのがベストなんでしょうか?
A.抱きついちゃえば良いんじゃないかしら。
お、お母さん突然何てことを言うんだ!ヤコにはそんなものまだ早いだろう!!
あら、そうかしら?これくらいの年頃なら何があってもおかしくはないでしょう。ヤコにだって春が来るんですから。
……お、おお、お父さんはそんなの許さんぞ!こうなれば今から乗り込んでっ――!
はいはい、暴走はそこまでよお父さん。後は若い二人に任せて、ね?
な、ななな……。
またねー!
*
ゴーン、ゴーン…。
「……ん、なに……?」
響く音に目を覚ました私。
「なんの音……?」
少なくとも目覚まし時計の音ではない。どうやら店の方から聞こえてきているようだけれど。
(こんな音が出るものなんてあったっけ?)
動かない置き時計はあったけど…。そういえばアレって転校生くんが妙に気にしてたような。
(………)
もしかしてあれって高価なものなのかな。
私には骨董とかアンティークの価値はわからないけど。
ともあれ音が止まらない以上、店にいくしかない。
懐中電灯を探して階段を降りた。
鐘の音以外は何も聞こえない暗闇が目の前に広がっている。
自分の家の中なのはわかっていても、鐘の音と相まって酷く不気味だ。
(うわー、泥棒とかじゃないよね?)
おそるおそる店へと繋がるドアノブを開く。
「誰か、居るんですか…?」
居ないとは思うけど一応確認も込めて聞いた。
シーン…。
返事はない。ただの屍のようだ。
なんて。
そんな冗談を言う余裕は無かった。
なぜなら――
「アルカード、君?」
そこに全く予想もしなかった人物の姿を認めたから。
*
月明かりに照らされた彼は、神秘的な程に美しく見える。
こんな状況でなければ溜め息の一つはつきたくなる様な光景。
しかし残念ながら今はまさにその『こんな状況』なのだった。
「なんでここに…」
私の狼狽は激しかった。
しかし、そんな中でもある程度落ち着きを持っていられたのは、目の前の彼――アルカードくんが私以上に狼狽しているのが見てとれたから。
「なんで…?」
疑問符。
それをまた繰り返す私。
「……逆に“俺”が聞きたい。『なんでお前は俺の姿が見える』んだ?」
ふらり、と熱に浮かされたように彼は一歩踏み出した。
その分だけ私たちの間の距離が縮まる。
深夜の侵入者が自分に迫る――その状況だけ鑑みれば逃げ出すのがベストな選択肢であろう。
でも私はしなかった。
いや、“出来なかった”が正しいのか。
彼が一歩踏み出した瞬間に視界の端に映ったのは――『窓』。
彼の真後ろにあるそれは、彼の後ろ姿を映してしかるべきそれは、
ただ、懐中電灯のほのかな明かりの反射と、私の姿“だけ”を映していたから。
足元がふらつく。
視界がグラグラ揺れた。
(見間違い?)
視線を周りに移す。
ガラスの引き戸がついた戸棚が目に入った。
すがる思いで懐中電灯をむける。
が、結果は変わらなかった。
そこに彼の姿は映らない。映るのは間抜けな私の顔だけだ。
なんだこれは。
なんなんだこれは。
「……夢、だ。そうだ夢だ」
こんな風に夢のなかで夢だって気づくこともある。
「明晰夢、だっけ。そうだそれなんだ」
それにしてもリアルだけど。
懐中電灯の固さも、10月の夜の肌寒さも、
「………」
アルカードくんに触れた。
人肌の暖かさすらも再現されている。
夢じゃなきゃこんなこと出来ない。こんな大胆なことなんて考えもつかない。
だからこれは夢なんだ――そう信じ込もうとした。
しかし。
すっ、と彼の腕が動いた。その手が私の顔に向かう。
「あ……」
『眼鏡』が私の顔から離れていった。
遮るもののなくなった私の視界はピンボケした写真のようにぼやけている。
しかしそれでも確かに分かった。
今、私の目の前に彼はいない。
しかし息づかいや気配はある。確かに彼はそこにいる。
『見えなくなった』
ぐらつく足は、下手なダンスを踊るように空回って。すとんっ、と軽く気が遠くなる。
倒れこむ私の体を誰かが抱き止めてくれた、
そんな感覚を最後に私の意識はそこで一度途切れた。
閑話β
*
「夜子くんっ!」
瞬間、
彼女の肩が、びくんと震えた。
その姿が見ていられなくて。自分と彼女の距離が恐ろしいほど遠く感じて。
反射的にその距離を一瞬で詰めた。
――それは彼女を抱き締めた、ということ。
細くて軽くて強ばっていて、今にも折れそうな肩だった。
「落ち着いて」
「…………」
彼女はなにも言わなかった。ただ、微動だにせず男の腕の中にいた。
「無理をして涙を流す必要はないよ。君はちゃんと悲しんでるから」
「……なんで」
「『なんでそんなことが言えるのか?』って?僕と君には同じ血が流れてるからね。解るさ」
「…………」
強ばっていた肩の力が少しずつだけど、緩んでいくのを腕のなかで感じた。
「……君は手のかからない子だ、って姉さんはよく言ってたよ。なんでも自分でやろうとして、人に頼らなくて」
「ワガママを言って困らさせたこともない。欲しいものも求めない。まるで最初から大人のまま産まれてきたみたいだって」
そこで言葉を切る。
腕にかける力を込めた。
「……そんな訳ないのにね。こんなにか弱い女の子なのに、強がってるだけの普通の女の子なのに」
彼女の肩の力が抜けていた。それに続いて少女一人分の重さが掛かってくる。
「……寝ちゃったか」
少女の線の細い体を支える。
この小さな体にどれだけの感情を溜め込んでいるのか、男には知るすべもなかった。
(ままならないな)
あんな状態の娘を残して逝くなんて姉さんと義兄さんはどれ程無念だったろうか。
もしも自分がその立場だったら天国に行けたとしても娘を見守ることを選ぶだろう。
傷ついた彼女の傍らで。
声が届かないとしても。
(……しかし涙を流せない、か)
予想外もしない告白だった。しかし男には心理学の心得などない。正直にいってお手上げだった。
(『涙』という形が問題なんじゃないよな。要は悲しいとか、そういう感情がちゃんとこの子の中で働いているのか)
人の頭の中を覗き見ることはできない。
が、それでも言えることはある。
(結局すべてあれは『彼女』の問題、か)
さもあれば親でもない自分に出る幕はもっと無い。
(願わくば)
彼女が自分自身で『何か』を見つけて自分を変えてくれれば。
それか彼女を助けてくれる白馬の王子様が現れてくれれば。
そして涙が自然に流せれば。
(しかしまぁ、次は嬉し涙を流してくれるのがベストだけどね)
悲しみの涙なんて流さない方がいい。
笑って、平凡に生きていければ――
(この強くて、弱い子の未来を)
「僕が見守るよ。姉さん」
墓標を真っ直ぐに見つめた男の決意は、抱き締めた少女の暖かさで、より強くなって。
*
犬が居た。
黒い犬だった。
そして私が居た。
私はひとりだった。
犬がじっと私を見た。
私は怖くなって逃げた。
黒い犬は私を追ってきた。
必死だった。
どうして逃げなければいけないのかは分からない。
けれども逃げた。
森の中を走る。
私は裸足だった。
枝を踏むたびに足に鋭い痛みが走る。
けれども逃げた。
森の端にやって来た。
もうすぐ森を抜けられる。
私は少し気を緩めた。
瞬間に咆哮が聞こえた。
振り向く。
大きな口を開けた真っ黒な犬が私に飛びかかる
その歯が、獰猛な本能のままに私の肩に食い込み肉をちぎり――
*
「う、あああああっ!」
文字通り飛び起きるように体を起こす。
「はぁ……また、夢?」
心臓がまだバクバクいっている。不愉快な感覚をどうにか押しとどめて。
「………」
時計を見る。
針は4:25を指していた。
「……嫌な夢」
また見てしまったよ。
しかももっと鮮明になっていたし。
(昨日、あんな犬を見たせいかもしれない)
夢は記憶の整理だって言うしなぁ。
…………。
すると“あれ”も記憶の整理だったのだろうか。
“――深夜の店で転校生を見つける”、なんて。
あれもやけにリアルだった。
(妄想猛々しいな私も)
一日に2つも夢を見たのは初めてだ。
自嘲も含めた苦笑いをして、顔でも洗おうとベットから降りる。
すると足に何か感触が。
「痛てっ!」
「………え?」
断っておくけど今、『痛い』って言ったのは私じゃない。
恐る恐る足をどける。
「ふあああ…。ちっ、床は寝心地が悪いな」
むくりと、ベットの横が人一人分盛り上がる。
絶句する私の目の前で、毛布がゆっくりとはだけて中から人の顔が覗いた。その顔は。
「…………アルカード、くん?」
「んあ?ああ、お前も目が覚めたのか。運んでやったんだから感謝しろよ?」
「え、は、え、え?いや、あれ、その、は、はぁ?」
……ちょっと待って誰か助けろ。いや落ち着け。また夢か。まだ夢の中なのか私は。
「まーた夢の中にいるとか思ってんだったら違うからな。これは現実。リ・ア・ルなんだよ日向夜子」
「ちょっと黙ってて私の夢の登場人物。それにしても設定がちょっと甘いよね。アルカードくんってもっと礼儀正しい話し方だし。こんな粗暴な感じじゃないもん」
「はっ、粗暴で悪かったな。言っておくが夜の間が本調子だからこっちが素だぞ?」
「……あ、あはは。私の夢スゲー。妄想力半端じゃないよね。他人の別な人格出てきちゃったよ」
「別に多重人格な訳じゃねえよ。ただ、今は太陽が出てないから大人しくする必要がないだけだ。それにお前相手に愛想をよくする必要は無くなったからな」
「よく考えれば夢の登場人物と喋ってるなんて凄いよね私も」
嫌な汗が背中を垂れていく。目の前で起こっていることを否定しようと私は全力を尽くしていた。
しかしこの『夢』はどこまでも粘着質で。
「ちっ、めんどくせえな。これを見れば信じられるのか?」
アルカード君がそう言った途端、彼は、私の目の前からかき消えた。
「う、嘘……」
あの“夢”と、全く同じように。
「おい」
「えっ?あ、アルカードくん?」
不意に、虚空のどこかから声が発せられた。それは間違いなく彼の声だった。
「なにぼさっとしてんだ。眼鏡をかけろ眼鏡を」
「眼鏡?なんで急に…」
命令に近い指示。彼の意図はわからなかったけど、とりあえず従って眼鏡をかけた。
「あっ…!」
変化は劇的だった。私の瞳にははっきりと彼が映っている。
……15センチ前方ぐらいに。つまり、超至近距離に彼の顔があるわけで。
「き、きゃあああっ!」
反射的に突き飛ばしていた。
「いてっ!ったく、急に暴力振るうなよ。…まぁ、その反応で『見えてる』ってことはわかったけどな」
「な、何?一体なんなのこれ。ゆ、夢じゃないんだよね?」
目の前で起きている現象に理解が追い付かない。
「まだそれを言うのかよ。…まぁ、すぐに信じられないのもわかるけどな」
苦笑いをするアルカードくん。
いや目の前で見たからってあの現象――『人が消える』なんてにわかには信じ難い。
しかしそれでも確かに分かることはあった。それは間違いなく彼はそこに存在してるってことで。
突き飛ばした時に触れた感触も、重さも、暖かさも、全部“現実臭くて”。
私の頭は『これ』がまぎれもない現実だってことを納得し始めていた。
……すごく嫌だけど。
「それで本題だ」
「え?」
呆ける私をしり目に彼は言葉を続ける。
「その眼鏡、どこで手にいれた?」
ズイッと詰め寄られた。あれ、なんかこの状況デシャブ?
「これは……先輩から貰った、というか部室にあったものだけど」
そう答えると。
「……魔女の物か。なるほど納得だ」
何か拍子抜けするほどあっさり納得された。
「え?先輩と知り合いなの?」
「あ?……まぁ、な」
「ふうん」
これで先輩の『占い』っていうのがさらに怪しくなった。だって知り合いってことは事前情報は筒抜けって訳だし。やっぱりインチキ臭さは拭えない。
いや、今それはどうでもいいか。
「私も質問があるんだけど」
「あ?何だ」
「さっきの消えたりなんだりの現象の説明を求める!」
ビシッと、逆○裁判風に指さして。真っ直ぐに問う。これを聞かないと話が進まない。そう思ったんだけど。
「ああ。俺、吸血鬼だから」
……………。
「すぅぅぅ……」
おもいっきり息を吸う。
そして。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
全力で吐き出す!
「ちっ、いちいちうるせえな」
「そりゃうるさくもなるでしょ!何さらっとそんなこと言ってんの?」
「お前が聞いたから答えただけだろうが」
「そ、それはそうだけど!そうじゃないのもわかるでしょ!」
心の準備ってもんが必要でしょうが!
「いや分かんねえから。つーか、大体、『アルカード』って名前で分からないのか?」
「?、それで何がわかるっていうの?」
疑問顔の私に対して、
「ちっ」
若干苛立った様子の彼は、
「『アルカード(Alucard)』はアナグラムだ。俺の本当の名前は――」
「名前は?」
「『ドラキュラ(Dracula)』」
また爆弾発言をしやがりくださいましたでございます。
それを聞いて私は、というと。
「…………」
「おい無言で後ずさるな。別にとって食いやしねえよ」
「いやいや、ちょっと待って。頭のなかをもう少し整理させて」
お、おお、落ち着け私。
クールダウンクールダウン…。
そ、そうだちょっと状況を整理しよう。
学期の途中で突然転校してきた男の子が放課後急に店に訪れて帰らせたはずなのに夜中に不法侵入してきて目の前で消えたと思ったら自分の正体は吸血鬼だって言う。
コレナンテ超展開?
いや、いやいや。
普通に、ごくフツウに考えれば目の前の彼はただ頭の残念な人なんだ。妄想癖で女性の家に不法侵入してきたヤバイ人なんだ。そうだそうだろ……?
でもちょっと待って。
一番残念というか、恐ろしいのは。
かくいう『私』が、それを信じそうになっているという事実で。
「ああ、お前にはちゃんと名乗っておくか。アルカード・T・フィーレンハイツ改め、ドラクル・ツュペシュ・フィーレンハイツだ。ウラドという名もあるがな」
「あ、あああえっと。ご、ご丁寧にどうも…?」
なんだこの挨拶。
どう考えてもおかしいでしょ状況を考えろ状況を!
と、口には出せないのはいつものことだけど。
そんなこんなで、私は“吸血鬼”と出会ったのだった――――
アルカードがアナグラムっていうのは中田譲治さんが主役の声をやっている描写の激しい漫画からです(内容はあんまり知らないけど)。一応断っておくとこっちの彼はあんなに強くないです。
さて物語はもうちょっとフラグを回収しながら進んでいきます。
また続きも読んで頂けたら本当に嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。