低気圧と道化
あらすじに記載の通り、この小説は第35回関東信越地区文化発表会で配布される同名の小説に加筆・訂正をしたものです。
携帯では見づらくなるので、パソコン、改行倍率2倍が推奨です。
BL警告を付ける場合がありますが、形式上のものです。気にせずそのまま読んでくださって構いません。
それでは、お楽しみください。
大人が「自分が若い頃は」だの「近頃の若い奴は」だの言うことがあるけれど、大抵は自分が若い頃に「自分が若い頃は」とか「近頃の若い奴は」とか言われてた訳なのでまともに聞いてあげる必要はないだろう。
そもそも今はあんたが若い頃とは違うのだからそんな時代錯誤な感傷には全く意味も価値もないのだ。
という話をしてみたら、雪比等さんは元々細い目を更に細めて、にはっと笑った。
「葛葉、それって八つ当たりやんか」
一言で切り捨てられてしまったけど、それはともかくとして。八つ当たり。
まあ、八つ当たりである。
八月の、夏祭。
今日の祭はクラスメイトの笹代涼風と一緒に来る予定だった(涼風の親戚がやっている露店とか、祭りを千倍楽しむ方法とかを教えてくれるらしかった)のに、この馬鹿先輩に連れて来られて、挙げ句の果てに立ち寄ったたこ焼き屋のおっちゃんの昔話(おじさんの若い頃はね、恥ずかしくってあんたらみたいに彼女と一緒に祭なんて来れなかったよー。最近の若い子は元気いいねぇ)を聞かされたのだ。
怒らないはずがない。
まあ当然ながら、おっちゃんが若い頃、シャイボーイだったのが気に食わなかった訳ではない。
大方おっちゃんは僕と雪比等さんを恋人同士だと思ったのだろう。しかしながら雪比等さんは男性である。
僕も、人よりほんのわずかながら背が低いが、男だ。
隣にいる季節外れな名前の変人が、端正な顔立ちながらどの角度から見ても女性に見えない以上、導かれる結論は一つ、というわけだ。
いや、この場合、問題は服装か。
雪比等さんは、いつも通り後ろだけ長く伸ばした髪を紫色の紐で括っている。それに足すことの狐顔と、全体的に白っぽい服でなんだか怪しい宗教みたいだ。
「誰が怪しい宗教やねん」
それに対して僕は、なぜだか浴衣を着ている。雪比等さんが用意したもので、よく分からないが、罰ゲームなのだそうだ(いや全く意味が分からない)。白地に紅い金魚の柄(雪比等さん曰く、葛葉に似合うやろ思て)の、可愛らしいデザイン。低い(この前測ったら百五十センチ後半だった)身長に加え、前髪が長いので、どうしても目付きが悪そうに見える眼鏡さえなければ、女の子に見えなくもない。
……いや、絶対に僕には似合わない。そう信じよう。
僕としては、即刻帰ってジャージか何かに着替えたいのだが、さすがにそれは無粋だろうと自分でも思うので、『罰ゲーム』を続けているわけだ。
大体、祭りは数日続くんだから、明日とかにしてくれれば良かったのに。どこまでも自由な輩め。
こっちは約束ドタキャンして申し訳なく思ってるのだけど。
元々涼風は雪比等さんが嫌いらしいから、今頃僕を恨んでるだろうな。
苛々してきた。煙草でも吸おうか。
煙草を探そうとしたが、見つからない。ポケットを探ろうとしたが、そもそもポケットがない。浴衣だから当然だ。
雪比等さんに煙草は没収されてしまったことを、今更思い出す。浴衣に紫煙は似合わないってことだろう。僕は高校生だから、法律を破っていることに対する『罰ゲーム』なのかもしれないけど。
煙草がないなら、仕方がない。歩きながら、さっき買ったたこ焼きを食べる。
「うま」
腕は確かなおっちゃんだ。でも、なんで夏にたこ焼きなのだろう。暑いときに熱いものを食べてどうしようと言うのか。そうめんが食べたいな。
……やっぱり無粋だ。
しかしまあ、いつまで歩き続けるのだろう。ここでクラスメイトと遭遇してしまったらと考えると、夏の暑さも引く暮菱葛葉であった。
「あ、暮菱」
聞き覚えのある声。
――遭遇してしまった。
恐る恐る顔を上げる。
長めの髪で右目を隠した、黒いTシャツにジーンズの男。
笹代涼風だった。
「あ、あわわ……」
狼狽えてしまったが、とりあえず誤魔化しを試みよう。
「……やあやあ涼風君、今日もいい天気だねっ!」
「曇ってるけどな」
失敗だった。
機嫌が悪そうだ。約束破った僕(じゃなくて雪比等さん)が原因だけど。
「それより暮菱、何だよその浴衣」
言って、僕の後ろの雪比等さんを睨む。徹底的にこの人が嫌いらしい。
ああ、最悪だ。
「ええやろ。あげへんでー」
涼風の怒りを気にせず僕の肩に手を回す雪比等さん。
……この人空気読めないのだろうか。
っていうか涼風は雪比等さんと違って健全な男子なので、こんなの見てもなんとも思わないはずだ。
あ、顔が真っ赤だ。本格的に怒ったらしい。
「似合ってねーぞ、それ」
そうか。自分でも思ってはいたけど、そうやって面と向かって言われると。
「そうかな。自信あったんだけど」
勿論、似合ってない方の。一瞬の沈黙。
「……そうそう暮菱、面白いもんがあるぜ?」
面白いもん?
「こっち来い」
僕の手を掴んで引っ張る涼風。仕方なく付いて行くけど、こっち、僕達がさっき歩いて来た道じゃないか?
賑わう縁日を抜け、右へ曲がり、左へ曲がる。
「あれ、こっちじゃねーか? 確か……あっちだな」
相変わらず残念な記憶力だな。僕も他人のことは言えないけど。
だんだん人気がなくなって、灯りも無くなっていく。とうとう、真っ暗なところにたどり着いた。暗さに目が慣れていないが、どうやら河原らしい。
「……おいおい涼風、こんな人気の無いところに連れ込んで何する気?」
「なっ……なんもしねぇよ馬鹿っ!」
そんなに怒鳴られることだろうか。暗さに目が慣れて、顔を真っ赤にした涼風の顔がわかる。
しかしそんな些細な認識は一瞬のことで――
――河原には全身が涼風の顔より赤く染まった、さっきのたこ焼き屋のおっちゃんが横たわっていた。
「面白いって……。不謹慎だね、死体を前に」
そんなこんなで捜査中。
「いや、死んではねーよ。息してるし」
この血糊も、と続ける。
「ケチャップだぜ」
なんでケチャップが。
「なんかの祟りなんじゃねーの? さっき暮菱、このおっさんに恨みあるみたいなこと言ってたし」
その話は歩いている道中でしたけれど。
そうは言ってもこれは由々しき事態だろう。犯人を捕まえるなり、それが出来ないなら警察を呼ぶなりするのが、善良なる市民の義務じゃないのか。
「だから、探偵するんだろ」
滅茶苦茶だ。下手をすればこいつは雪比等さんより勝手な奴かもしれない。
「いいじゃん、名探偵さんよー。この前も殺人事件、一発解決したんだろ?」
「名探偵なんかじゃないよ。あれは、そう、まぐれだよ」
あの事件は重い。
思い出したくもない。
それに、謎なんて無かった。事件は事件でしかなかったという、それだけのことだ。
「つったって、この暗い中じゃわかんねーか」
――わからない。
そうだ、わからない。
引っ掛かりが多すぎる。
全てに解決が見えない。
伏線なんか存在しない。
――ああ。
煙草が吸いたい。
かちり
脳の中身が、スイッチを切り替える音。
頭が冴えて、身体がふわりと浮く気分。
全身から、毒が逃げていくような感覚。
涼風が何か話しかけてくる。きっと僕は今おかしな顔色をしているのだろう。
涼風は何を言っているのだろう。
すずかぜはなにをいっているのだろう。
そんな心配も。
完全に意識の外。
ふわふわりと浮上。
探偵編なんて存在せず、
仮定も過程もすっ飛ばし、
右にも左にも曲がらず、
右往左往もしないで、
紆余曲折すらなく、
「――わかった」
僕は
解答に、解決に、解明に、たどり着いた。
事実は小説よりも低次元。実際の事件に謎なんて無い。
この謎はフィクションです。実際の世界、人類には一切関係ありません。
要するに、そういうこと。
誰かが策を練ろうと、必ず誰かに崩される。 唯一絶対の世界の真理。
そんなことを思いつつ、涼風の手を掴んで神社裏まで連れて来る。
「おいおい暮菱、こんな人気のねーところに連れ込んで何する気だよ」
決まってる。
「――《謎解き》だよ」
「早えーな。ミステリにはもっと伏線とか探偵編とか、いろいろ要るだろ」
「最大の引っ掛かりは、涼風が僕を連れて来たとき」
「おいおい、無視かよ暮菱さんよー」
無視だよ。
「僕達と反対から歩いて来たはずの涼風が、僕達が歩いて来た方向にある《面白いもん》を知っていた」
「皮肉な言い方だな」
続ける。
「それだけ気付けば、後は辻褄が合う。いや、こじつけかな?」
「こじつけはダメだろ」
これも無視。
「別に推理小説じゃないから、簡潔に言うよ。
――犯人は涼風と、たこ焼き屋のおっちゃんだ」
「……」
「おっちゃんが露店やってる『親戚の人』なんだよね?」
「……」
返事がない。肯定だろう。
「そしたら謎なんて無くなる。おっちゃんが自分でケチャップ浴びて、涼風が僕を呼んで来る役。
そうだね、動機は……。
約束ブッチした僕への意趣返し、でどう?」
「……おっちゃんの動機は?」
「だから、推理小説じゃないって言ったじゃん。そこまで考えてない」
「おいおい」
「どう?」
「……」
再び返事が無くなる。
沈黙が痛い。
もしかして、間違ってたのだろうか。
す、と涼風が息を吸う音が聞こえた。
「……暮菱が男だって後で気付いたんだよ」
「は?」
「だから、おっちゃんの動機」
「ああ」
性別誤認の仕返しに生死誤認、と。
ナンセンスだ。どこがシャイボーイだよ。
っていうか女装(言ってしまった)については僕も被害者だから、仕返しなら雪比等さんの方にしてほしかったな。
「これでいいか、全部」
重苦しい、苦々しい表情の涼風。
「やり過ぎだね」
「だな」
「食べ物粗末にしちゃいけないんだよ」
「だな」
「さっきから『だな』しか言ってないよ」
「だな」
「……責任、とってもらうからね」
「だな。
……って、責任?」
「僕の貴重な時間を奪ってくれた責任」
「……ど、どうしろと?」 顔が赤い。どうしたのだろう。変な奴だ。
「じゃあとりあえず、明日は一緒に祭、来ようか」
「……いいのか?」
「千倍楽しませてくれるんでしょ?」
「あ……ああ」
嬉しいような、それでいて期待外れだったような微妙な表情。
「よし、決定」
これにて一件落着。
とりあえず今日は帰って、煙草でも吸おうか。
……がさり。
「くっずっはっ、何してるん?」
忘れてた。今日は雪比等さんと一緒だったんだ。
「こんな人気ないところで。二人きりで」
にやり。
なんとも形容し難い笑顔を浮かべる雪比等さん。
「あ、あわわ……」
こいつが。
こいつが全部悪いんだっ。
全ての元凶、柊雪比等。
「……じゃあ、俺は帰るよ」
仏頂面で立ち上がる涼風。ちょっと待てよ。
「また明日、葛葉」
今なんか違和感がなかったか?
涼風が帰って、神社裏には僕と雪比等さんの二人きり。嫌だ。
「じゃあ、ホントの解決編やな」
「するんですか?」
「する」
さっきよりも厭な笑い方。
「っていうか葛葉、さっきの解決、なんにも証明できてないやん」
「聞いてたんですか?」
「最初から。最後まで。名推理やなー」
茶化すように笑う。
「やっぱ禁煙したらええんとちゃう?」
「頭が冴えて仕方がないんですよ」
「そうやって才能封じ込めるー」
「早速、一本吸わせてください」
「だーめ。今持ってへんし」
はあ。この人は……。
「で、なんで涼風君が犯人や思たん?」
「なんとなくですよ」
「……」
「嘘です。ただ挙動不審だっただけです。あとは、さっき言った通り」
「要するに勘やろ?」
「観察眼です。煙吸わないと、頭だけじゃなくて、目も冴えるんですよ」
嘘だけど。
「……ふうん」
雪比等さんはそれきり黙ってしまう。そのまま数十秒。
「うーんとな、犯人、涼風君やないし」
「は?」
「何で自分でケチャップ浴びんねんな」
「そうですけど……」
この人は。何かわかったのだろうか。
「あのおっちゃんが涼風君の親戚と違うことくらいやな」
さっきまでの笑顔が嘘のように、眉間に皺を寄せる。
「あれ、ホントに死んでたで」
「えーっと……」
「名推理やけど、不正解やな。こないだの事件で調子乗ってるんとちゃう?」
「そんなこと――」
無いです、とは言えなかった。
「じゃ、じゃあ、雪比等さん。犯人は? 解決は?」
「せぇへんよ。僕、探偵と違うし」
「否定だけしに来たんですか」
「涼風君かわいそうやったし」
そうだ。
雪比等さんが正しいなら、僕の解決が不正解なら、涼風は――。
「まあ、ええやろ。多分許してくれるで」
にはっ、といつものように楽しそうに笑う。笑い事じゃないのだけど。
「でも、なら、犯人は野放しに――」
「知ってる? この国には警察言う機関があんねんで」
自分で言うたんやん、と更に笑う。
「んで、これからどうするん?」
「さしあたり、警察を呼びます」
それが、偽物の名探偵の義務ってもんだろう。
所詮、こじつけは最新の捜査には勝てないのだから。
「そしたら、帰りましょう。結構遅くなっちゃいましたし――」
「なぁ、葛葉」
僕の言葉を遮るように。
いつになく真剣な表情。
「なんですか?」
「涼風君のこと、どう思てるん?」
「どうって……。別に、いい奴ですよ。
そりゃ、変なところもありますけど……」
「そか」
「それがどうしたんですか?」
お前本気でわかってないのか、という顔をされる。
言ってはいけないことだったか。
いや、と呟いていつもの笑顔に戻る。
「なんでもあらへんよー」
「そうですか」
とにかく。
明日は涼風と一緒に祭に行く。
そしたら、そこで謝ろう。
きっと許してくれるはず。
お腹も空いたし、帰ってそうめんでも食べるか。
《Cyclone Joker》is the END.
「低気圧と道化」、お楽しみいただけたでしょうか。
作者の処女作ですので、構成の不備とかは気にしないでください。
誤字脱字があれば、報告をよろしくお願いします。
とりあえず、シリーズ展開していくつもりです。
主人公の名前が作者と同じですが、深い意味はありません。よって、そういうメタ的な展開もこの先ありません。ここで宣言しておきます。
では次作、または連載の続きでお会いしましょう。
追記
感想お願いしますほんとお願いしますできれば学外の方からも感想ください