第一話
「へー、ここがベルカの町か」
遠くからでも見えた、城壁みたいなもの。
周囲は草原のような状態で何もなく、町越しに見えるそびえたった山々には、綺麗な冠雪が描かれていた。
うわぁ、すっごーい。写真撮って飾りたい!
……と、背景についてはとても綺麗なんだけどさ。
肝心の町が正直に言って、ものすごく寂れていた。
国境沿いの町ということもあって、結構高い石造りの城壁がぐるっと囲っているんだけど、ところどころ破損しているんだよね。
さらに苔やツタなんかも生えてて、お世辞にも綺麗とは言えない。
また町へ出入りする人もまばらで、二人の門番がいるけど何もしていない。ただ人々を見ているだけだ。
もちろん、私たちの馬車を見ても何の反応もなかった。
……門番とは?
確かに馬車には教会のシンボルが描かれているので、どこの町も普通に入れるんだけどさ。
それでもお仕事しなさすぎだよ。
町に入ってからも建物などは立派だけど、とにかく出歩く人が少ないし、活気というものが感じられない。
私は正直、生まれ育った侯爵領と、教会総本山のある王都しか知らないので、それしか比べることは出来ないけど、それでも少なすぎる。
そんな町中を馬車はゆっくりと移動していく。
そして着いた先は、小さな教会だった。
こちらも古びていて、正直教会総本山に比べると雲泥の差がありすぎて、何も言えない。
これからここに住むのか。これ、雨漏りとか大丈夫?
教会の裏手に到着する。
「つきやしたぜ」
「ご苦労様でした」
御者の人が馬車のドアを開けてくれた。
この人も本当にご苦労様だよね。王都からここまで片道十三日もの間、付き合ってくれたのだから。
しかも、これからまた十三日をかけて帰るのだ。
教会から出張費用はちゃんと出てる?
ヨルくんと一緒に馬車を降りて、とりあえずぐるりと見渡す。
確かこういったところでの教会は、町の避難場所としても兼ねているので、かなり広い庭がある。
御者は、私たちが観察している間に準備が終わったのか、馬車を引き返していった。
もう帰るのか。
「どちらさまかな?」
馬車がついたのが、分かったのだろう。教会の裏手口から司祭服を着た初老の男が、こちらへと歩いてきた。
この人がベルカの町の教会長か。確か地位は大司祭だったかな。
でも長とはいっても、この教会には彼一人しかいないので、いわゆる一人部署だ。
大変だろうね。
そして、私たちに近づいたときだ。彼の顔がみるみると恐怖に染まっていった。
「きゅ、吸血鬼!? あ、あわわわ……」
遠目からだと分からなかったのだろう。私の顔を見て、驚いて逃げようとしたところ、腰が抜けたようだ。
そんなに驚く!?
私の顔をみて恐怖を覚えて腰を抜かすって、結構傷ついちゃう。こちとら繊細なのだ。
「ヨルくん、あの人をお願い」
「仕方ないな」
だってあの人、私を見て驚いているんだもん。私が近づいたら、話が余計にややこしくなる。
となると、ヨルくんに対応させるのが一番いい。
あ、そうだ。教皇様からのお手紙を渡しておかなきゃ。ヨルくん、これも持っていってね。
「おい」
「はっ、はいぃぃぃ……って、て、手紙?」
「教皇からだ。読め」
ヨルくん、ぶっきらぼうすぎない?
いやまあ、彼は神獣だから人のことが分からないのは、仕方ないけどさ。
「きょ、教皇様から……?」
彼はおそるおそる手紙を開けて読み、そして私を見て、また手紙を読んだ。
「……は? 聖女様? 吸血鬼? どういうことだ?」
「貴様の言いたいことはわかるが、とにかくまず休める部屋まで案内しろ。こちらは長旅で疲れている。細かいことは明日だ」
「は、はいっ!」
あーうん。確かに休みたい。
お尻は痛いとまではいかないけど、ジンジンとはするからね。
でも神獣も疲れるものなのかな。
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そして翌朝、朝ごはんを食べながら大司祭と話をした。
朝ごはんといっても、保存食だから正直美味しくはない。
でもこれも皆様の寄付で購入したものだし、贅沢は言えないけどね。
「さて、まずは我々の紹介をしよう。こちらが、今代聖女のルナフィアだ。俺はヨルムという」
数十秒待ったけど、ヨルくんから続きは出てこない。
自己紹介、みじかっ!
「えっと、女神ルミエール様から聖女認定を受けたルナフィアです」
「私がこの地の教会長、ウルリヒだ。聖女様、ようこそベルカの町へ」
そこで暫く互いに無言が続いた。
なんだこの空気。
気まずい沈黙ののち、ウルリヒさんが昨日渡した教皇様の手紙をテーブルに置いた。
「……教皇様の手紙を読み、事情はある程度把握した。それでいくつか確認したことがある」
「はい、どうぞ」
「まず聖女様は、治癒魔法を使える事に相違ないか?」
「ええ、使えます」
「そ、そうか……ではそれを証明することは?」
「祝福でいいですか?」
任せる、と言われたので祝福を彼に授けた。
なお、前回と同じく手が焦げた。ちょっとひりひりするけど、昨日までのお尻の痛みに比べれば大したことはなかった。
「そ、それは大丈夫なのかね?」
「ええ、どうせ怪我してもすぐ治りますから」
「そ、そうか……なんか、大変だな」
「勝手に傷が治るのは便利なんですが、そもそも普通なら怪我しませんからね」
「そういう意味ではないのだが……ふむ、聖女様は若いな」
まだ十五歳ですから。
……そういえば、吸血鬼って年を取らないんだよね。
もしかして、私は永遠の十五歳って言えるのか!
「では次に聖女様はこの地で何をしたいのか?」
「え? 教皇様から、手助けして欲しいと言われましたし……人々の治療を行うのでは?」
確かキルンベル辺境伯からヘルプが来たから、その要請に教会が応えたんだよね。
それで、私が派遣されることになった。
むしろ治療を行わない聖女は聖女じゃないと思う。
「……なるほど、純粋だ。確かに聖女様だな。先代様と似てらっしゃる」
「おっしゃってる意味が分かりませんが?」
何を言ってるんだこの人は?
それにしても、先代聖女を知っているんだ。割とおじいちゃんだから、知っててもおかしくはないか。
「聖女様は気になさらず。ふむ、では現状のベルカを説明しよう」
純粋ってところが、気になるんだけどな。
まあそれより先に、現状把握だね。
「ベルカは一言で言えば悲惨な状況だ。食料や薬などが足りなく、さらに兵士の数も少ない。それでいて、襲撃が月に一度はある」
「襲撃ですか?」
「うむ。まあ殆どが暗黒神の僕たちだが、たまに他国の威力偵察も来る」
威力偵察とは、偵察兼攻撃部隊だ。
偵察しにきたけど、勝てそうならそのまま襲っちゃおうぜ、みたいなもの。
でもさ、仮に町を堕としたとしても、今度はその他国が暗黒神から町を守る側になるよね。
いいのかな?
「我が国の勢力を落としたいのだろう。それが分かっているから、辺境伯も兵を送ってこない」
「うわー、卑怯ですね」
共通の敵は暗黒神なんだから、一緒に戦えばいいのに。
この国が落とされたら、次はその他国の番なんだから。
「他国としては、暗黒神が勝手に我が国を消耗させてくれているからな。ちょっかいをたまに出す程度で、こちらへの圧力をかけているのだろう。嫌がらせだ」
「嫌がらせって、そんなにうちの国って評判悪いんですか?」
「先代聖女がいたころから、他国に色々と問題を押し付けたりしていたからな。その報復だろう」
うちには聖女がいるから、他の国は黙って指示に従えってこと?
ルミエール様の威光を盾に、圧力をかけてるようなものじゃない。
「本来ならば他国と協力し、共に暗黒神へ立ち向かわなければならないのだが……」
「ごめんなさい、って謝ったあとに、協力しようよって言えばいいんじゃないですか?」
「王族が他国に頭を下げるはずがなかろう?」
「変なプライドだなあ」
「聖女様は純粋だな」
そんなに純粋かな?
頭を下げて、詫び品でも送れば、多少は緩和するよね。
それくらいすればいいのに。
「あと辺境伯だって、この町が落とされたら困りますよね」
「あそこも微妙な立場だ。辺境伯家も余力があるわけではないからな。この町以外にも、いくつも守らなければならない町がある」
あっちにも色々と事情があるのか。
自分で何とかできるのなら、辺境伯家からヘルプなんてこないよね。
「差し当って、聖女様には当面負傷者の手当をお願いしたい」
「いくらでも!」
私が張り切って返事をすると、苦笑いされた。
なんで? こういう時こその聖女じゃないの?
「……いや、あまり治癒魔法に頼っていては、人が持つ本来の治癒能力が下がる。私は薬草学を学んでいるが、それで助からない者の手当をお願いしたいのだ」
薬草学って、つまりお薬だよね。
それで治らなければ、私の出番ってことか。
「はい! お任せください!」
「……本当に先代様だな」
また苦笑いされた。
そんなに似ているのかな?
「このあと、この町を治めているマックス男爵へ挨拶に伺おう」
「まず治療が必要な人のところへ行くのが、先じゃないんですか?」
「……聖女様。物事には順序、というものがあってだな。領主であるマックス男爵に許可を貰う必要があるのだ」
そうなの? 面倒くさいね。




