第三話
ルナフィアが吸血鬼となって数日後、その噂は教会内に広がっていた。
特に顕著に反応したのが、聖女見習いたちだ。
「大司教様、ルナフィア様が吸血鬼になったと……それは本当ですか?」
「……この件に関しては口外を禁ずる」
数人の聖女見習いが教育係の大司教に尋ねると、言葉を濁らせた。
大司教は枢機卿に次ぐ地位であり、いわば教会の幹部だ。当然噂のことは全て知っているはずである。
それが言葉を濁した。
ということは、噂は真実だったのではなかろうか。
「吸血鬼って、暗黒神の僕ですよね。本当にそのような存在が聖女でいいのですか?」
「ルミエール様だって許されませんよ!」
「そうです! それに暗黒神の僕だなんて……怖くて眠れません!」
女神ルミエールと暗黒神ヘール。
ルミエールは生者の、そしてヘールは死者の神だ。
聖女見習いの彼女たちからすると、暗黒神の僕である吸血鬼は、恐怖の対象でもある。
「君たちは、自分のやるべきことをやりなさい」
「で、でもっ。もしかすると私たちも吸血鬼に……」
「その心配はない。いいから、さっさと戻りなさい」
なおも聞いてくる彼女たちを振り切って、大司教は教皇の元へと去っていく。
その彼の後姿を見ながら、聖女見習いたちは、噂は本当だったと確信する。
見習い聖女たちの一人が、リーダー格であるものに尋ねる。
「どうしますか?」
「大司教のあの態度から察するに、噂は真実……なのでしょうね」
「あのルナフィア様が……」
ルナフィアは聖女見習いたちからすると、邪魔な存在だった。
彼女たちも聖女見習い、ということはルミエールの御力を多少なりとも使えるのだ。
そして彼女たちの御力は、だいたい同じくらい。その中で切磋琢磨していた。
そこへルナフィアという異物が入ってきた。
彼女は、自分たちより遥かに御力が強かった。
あっという間に聖女候補から聖女見習いへと昇格し、さらに年々その差は埋まるどころか、大きく引き離されていった。
自分たちはせいぜい、多少の傷を癒す程度なのに、ルナフィアは死にかけたものまで治癒して見せた。
それに対し危機感を持ってしまっても仕方ないだろう。
「暗黒神の僕ということは、おそらくどこかに隔離されていると思います」
「では!」
「おそらく、異端審問が行われるのではないでしょうか?」
異端審問。
教会の教えから外れたものを特定、処罰するものだ。
審判である以上、当然被告が勝訴することもあるが、ほぼ間違いなく敗訴となる。
「では、私たちは何をすべきでしょうか」
「私たちは女神ルミエール様の忠実な僕です。当然、暗黒神の僕は排除するべきです」
「そうですよね!」
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「ルナフィアよ。前に立つがよい」
「はい、教皇様」
真祖吸血鬼の騒動から早や一週間。
当然パレードは中止、さらに私自身も身体が半分塵となっていたため、暫く動くことができなかった。
っていうか、あの状態から普通に戻れるって、私、絶対吸血鬼になってるよね?
そもそも身体が半分ってなに? 普通死んでるじゃん。
それに鏡を見ても自分の姿が映らないから、どうなってるのか分かんない。
吸血鬼って不便すぎなくない?
「さて、これより異端審問を開催する」
教皇様の声で、会場内の雰囲気が変わった。
結構参加している人が多いな。何十人いるんだろ。
聖女見習いの人たちまで参加しているよ。
「ではまずルナフィアよ。ことの発端を事細かに述べよ」
「はい、教皇様」
といっても、私も詳しくは分かってない。
起こされたら目の前に不審者がいて、驚いて殴って、吸血鬼になったとか言われてお祈りしてたら、気が付いたらベッドの上だった。
何が何だか分かんない。
それでも、なるべく忠実に流れをなぞって告げた。
「うーむ。結論的にルナフィア自身はよく分かっていないと」
「はい……申し訳ございません」
そうだよね。
私も分かんないから、詳しく説明しても意味不明だよね。
「では状況判断になるが、我々の推測を話そう」
あ、説明してくれるのね。
まず私を襲ってきたのは真祖吸血鬼という、暗黒神の幹部だったそうだ。
これは現場に残っていた衣類や装備品から推測したらしい。
で、私はその人に血を吸われて吸血鬼になってしまった。
えぇ……あのおじさんに血を吸われたのか。
うっわ、きもっ。
「汝が吸血鬼なのは、もはや一目瞭然である。しかし、ここからが分からぬのだ。汝が肉体を半分塵と化しながらも、聖女の力を使っていたというのは、部屋に入った騎士たちからの報告で分かっている」
私が吸血鬼になったのは良いとして……いや、よくはないけど。
状況的には、私が真祖吸血鬼を浄化の力で滅ぼした。
でも、なぜ暗黒神の僕であるはずの吸血鬼が、聖女の力を使えたのか。
ここが謎らしい。
「普通吸血鬼になったものは、暗黒神側へと堕ちる。もはや以前の人間とは異なる存在になるのだ。しかし汝の行動は、どうみても暗黒神のものとは異なる。以前とまったく変わらぬ」
そりゃあ、私は私ですから。変わるはずがない。
「汝は暗黒神の僕なのか? それとも敬愛なる女神ルミエール様の僕なのか? どちらだ?」
「当然ルミエール様です」
「では、それを証明してみせよ」
そうして渡されたものは、銀の十字架やニンニク、木の杭だった。
……これをどうしろと?
そう思いつつ、取り合えず銀の十字架を手に持って、あちこち眺めた。
うん、何の変哲もないアクセサリーだね。
なぜか周囲にいた人たちが、騒いでいる。
「……それを持っても何もないのか?」
「え? はい、銀の十字架ですよね。アクセサリーには良さそうですが、私にはルミエール様から頂いたシンボルがありますから」
「誰も汝にやるとは言っておらぬ」
えっ? プレゼントじゃないの?
それならそうと言ってください! 恥ずかしいなぁ。
次にニンニクを持つ。
うん、ニンニクだ。誰が何と言おうが、これはニンニクだ。ちょっと臭い。でもそれだけだ。
あ、全く関係ないけど餃子食べたくなってきた。
最後に木の杭を持ち上げる。
重いかな、と思ったが案外片手で持ち上げることができた。
見た目だけ重そうで、実際は軽いのか。
「ふむ……おかしい」
「えっ、何がおかしいのですか?」
「いや、なんでもない。では聖女としての力は使えるか? 試しに、儂に祝福をかけてみよ」
それくらいなら……。
目を閉じ、ルミエール様に祈りを捧げる。
……あれ? ちょっと電波が届きにくいな。
届かないわけじゃないけど、アンテナが一~二本しか立ってない感じ。
「彼の者に祝福を」
真言を唱えた途端、まるで殻を破ったかのような感覚に襲われた。
……あれ? ちょっと、右手の皮膚が焦げてる?
普段は祈りを捧げたあと、対象となる人に向けて右手を差し出すんだけど、その時に何かが薄皮を破って勢いよく飛びだした。
でも一瞬でその焦げ目みたいなのが治る。
「おお! これは間違いなく聖女の祝福だ」
「そ、そんなはずないわっ!」
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「そ、そんなはずないわっ!」
思わず叫んでしまった。
私はしがない子爵家の三女だった。でも光属性を持っていたため、教会へ出家させられた。
出家すると実家との縁は切られる。
しかし出自は残るので、私が聖女になれば実家も聖女を輩出した家という名誉が手に入る。
上位貴族であればそのような名誉など不要だろうが、子爵という下位貴族からすると非常に大きい。
そうして家の期待を背負った私は、教会という見知らぬ家に入った。
教会の暮らしは過酷だった。
仮にも私は貴族子女であり、家事や洗濯などやったことがなかった。
朝日が昇るころに起きて炊事洗濯掃除、自分たちで食事を作り、そのあとお勉強。その合間に女神ルミエール様へのお祈り。
御力が使えるようになったころには、それに加え信徒たちへの治療も行う。
夜は油代がもったいないから、という理由で日が沈むと就寝になる。
手は荒れ食事は質素、休息日は七日に一度。とても過酷な生活です。
ですがこれも家のため、と思い我慢していたのですが……。
侯爵家の子女が来るなんて聞いておりませんでした。
しかもそのお方は、私たち以上に御力が強く、あっという間に聖女となりました。
高位貴族であれば、名誉など不要なはず!
ルミエール様。なぜ、私ではなくあの方なのですか!?
「それはどういう意味だ? ドロテア聖女見習い」
教皇様が怖い目で私に問いかけてきた。
でもそんなこと、貴方でも分かりますよね!?
暗黒神の僕が聖女など、どう考えてもおかしいではありませんか!!
「ふむ、ドロテア聖女見習いは納得できないようだ。では、何をもって証明できると思うか?」
「そ、それは……」
聖女かどうか証明なんて、できるはずがありません。
そのようなこと、ルミエール様でなければ……。
そう思った瞬間、天啓がひらめきました。
「聖域です! 女神ルミエール様に問えばいいのではないでしょうか!」
「ほう。再び聖女認定試験をルナフィアに受けさせる、ということか?」
「はい!」
聖域は女神の強力な加護がある場所です。
暗黒神の僕は、そこへ入ることはできません。
これならば、証明できるはず!
「ふむ、それも一理ある。女神ルミエール様のお手を煩わせるのは不本意ではあるが……正直なところ、このような事態は我々の手に余るのも確かだ」
私の意見が通り、参加していた人全員が聖域へと移動しました。
そして……普通にあの方も聖域へと入ってこられました。
なんでよっ!?
ここは暗黒神の僕は入れない、聖域じゃないのっ!?
あの方は、前回と同じく聖なる木の前で祈りを捧げています。
それと共に、あの方から徐々に聖なる力が溢れ出していくのが分かります。
なぜ吸血鬼の癖に御力を……なぜですかルミエール様!
御力が聖なる木を包み込むと光り輝いていき、そして天から女神ルミエール様の神聖なる声が、私たちに落ちてきました。
――ルナフィア。貴女は私の聖女です。
なぜ? なぜ!?
「なぜですかっ! そのものは吸血鬼ではありませんか!!」
――人の子よ。私に祈りを届けたもの、それが聖女です。
それだけをおっしゃって、聖なる木の光が消えていきました。
聖女認定試験が終わったのち、私は処分を言い渡されました。
試験を受けるものではなく、単なる参加者が女神に問いかけたから、だそうです。
その処分は、総本山を出て全国の教会を巡り、治療を行うことです。
総本山を出るということは、聖女になることは出来ないと判断されたのでしょう。
女神様の不興を買ったかも知れないものを、総本山に置いておくことはできません。
実家にも申し訳ないことをしてしまいました。




