お星さまのその先へ
しんしんと雪が空から降っています。
そのひとつが広場のベンチで寝ている少年の鼻の頭に落ちました。
「つめたい」
少年は目を開け、起き上がります。
キョロキョロと辺りを見ますが、辺りに見覚えはありません。
何度も周りにいる人たちへ声をかけるけれども、誰も少年の声に答えません。
ふと、少年は気が付きました。
(ぼく、なにもおぼえていない)
そう、少年はなにもかも忘れてしまっていたのです。
自分が誰で、此処がどこか、なぜここにいるのか、何もわかりません。
(どうしよう……どうしたらいいんだろう……)
少年の心は不安で押しつぶされそうになり、顔を俯かせました。
「ああ!よかった!こんなところにいたんだね」
すると、少年の顔を覗き込むようにして男の子が立っていました。
少年はびっくりして後ずさります。
そんな少年の様子に気が付き、男の子は慌てて両手を振りながら言葉を続けました。
「驚かせてごめんね。僕、君のお迎えに来たんだよ」
「お迎え?」
「そう!それが僕のお仕事さ!」
「でも、僕、君を知らない。知らない人にはついていってはいけないんだよ」
「とっても優等生なお答えどうも!でも、きみ、いま知らない人だらけでしょ?なんたって自分のこともわからなんだから」
「! どうして知っているの?」
「それはね、ぼくのお仕事は君みたいな何もわからない子をお迎えすることだからだよ」
「じゃあ、君は僕を知っているの?」
「いや、知らない」
「え?」
「僕は君を知っているからお迎えに来たんじゃないよ。君みたいに何もわからなくなってしまった子をお迎えするのがお仕事なだけさ」
「そう……なんだ」
「そうさ!じゃ、行こう」
「どこへ?」
「どこって決まってるだろう?あのきらきら輝くお星さまの向こうさ!」
「そこには何があるの?」
「なんだと思う?」
「うーん、きらきらなお城とか?」
「あははは!いいね!確かめにいってみようよ」
「え、でも」
「いつまでもここにいたって変わらないさ」
「そう……かな」
「そうさ、いつまでも、君の姿は誰にも見えないし、君の声は誰にも聞こえないよ。ここは君の居場所じゃない」
「……」
「だからさ、いこうよ! ね?」
「うん、いく」
「そうこなくっちゃ!」
男の子は少年の手をつないで駆け出しました。
すると駆け出して間もなく、雪によってつけられた二人の足跡は途中でなくなります。
「わあ!空を走ってる!」
そう、二人は雪の降る空へといつの間にか駆け出していたのです。
少年は楽しそうに笑い、男の子は自慢げに口の端を上げた。
「楽しいだろう?」
「うん!楽しい!」
「ほら!あの一等きらきら輝くお星さままで競争だぞ!」
「負けないぞ!」
そう言って少年と男の子は力いっぱい走り出しました。
途中で繋いだ手は外れたけれども、少年は夜空を駆けます。
雪が降っているのに雲はなく、満点の星がきらきらと輝く夜空の中を。
一等きらきら輝くお星さままであと少し。
もう一歩で少年の手が、お星さまへ届くその時。
(あれ?あの子は?)
競争をしていたはずの男の子は、はるか後ろで少年を見上げていました。
「もうこんなところに来ちゃだめだからな!ル――ィ!」
「え」
少年が驚きの声を上げるのと、少年の手が一等きらきら輝くお星さまへ触れるのは一緒でした。
きらきらきらきら
一等きらきら輝くお星さまは更にきらきらと輝き、その輝きは少年を包み込みました。
「お――ちゃん!」
少年は男の子に向かって声を張り上げますが、男の子には届いていないのか、ただ手を振るだけ。
そのまま少年は輝き包まれ、そこからいなくなってしまいました。
「じゃあな――ビィ」
男の子は少年がいなくなっても、その場でずっと……ずっと手を振っていました。
少年は目を覚ますと、柔らかな白いシーツの上で寝ていました。
少年は横を見ると、少年によく似た女性が椅子に座って、こくりこくりと首を上へ下へと動かしながら眠っています。
しかし、すぐに目を覚ますと少年の方に顔を向けました。
「おはよう、お母さん。ねぇ、ここはどこ? おうちじゃないよね?」
「ルートビィ!」
少年、ルートビィは泣きながら自分を抱きしめる母に驚きました。
よくよく話をきけば、なんとルートビィは突然を目を覚まさなくなって7日経っているというのです。
「ええ、ぼくそんなに眠っていたの?」
「ええ、よかった……あの子のように眠り続けてしまったらって」
「あの子?」
ルートビィには「あの子」が誰なのかわかりませんでした。
お母さんは悲しそうに「あの子」について教えてくれました。
ルートビィ、あなたにはお兄ちゃんがいるのよ。
お兄ちゃん?
そう、もうずっと目覚めないお兄ちゃんが。
この病院の別の部屋でずっと眠っているの。
どうしてお兄ちゃんのことを僕に話してくれなかったの?
話してしまったら、ルートビィまで眠ってしまいそうで言えなかったの。
ルートビィのお母さんはルートビィを抱きしめながら、ぽろぽろと涙を零しました。
ルートビィのお母さんは暫く震える腕でルートビィを抱きしめていましたが、時間が経ったのに気が付いたのでしょう、腕を離すとルートビィに笑いかけました。
「そうだ、お医者さんを呼ばなくちゃね」
そう言って病室を出ていく母親の後ろ姿をルートビィはじっと見つめます。
「あれは夢だったのかなぁ」
目が覚めるまでのことをルートビィはしっかりと覚えています。
そして、ルートビィは気が付いていました。
ルートビィが星に触る直前にあの男の子は間違いなくルートビィの名前を呼んだことを。
「きっと夢じゃない」
きっとお兄ちゃんが僕を助けてくれたんだ。
ルートビィは「きっと、そうだ」と思いながら目を閉じました。
「もう1回あそこに行けないかな」
あそこに行くのはこわいけど、でもお兄ちゃんがいてくれる。
会えたら、お兄ちゃんに一等きらきらのお星さまを一緒に触ろうって言うんだ。
そしたらきっとお兄ちゃんだって目を覚ますよね。
僕、お兄ちゃんにいっぱい「ルートビィ」って呼ばれたい。
ルートビィはゆっくりと目を閉じました。
今度は兄と一緒に目覚めることを夢見て。




