執筆するという事
「あの執筆をして、評価されると、戻れる可能性はあるのでしょうか?」
と俺は尋ねた。
神は眉毛をつりあげた。
「ほう。興味を持ったのかい?その端末に作品を書いて、応募というボタンを押せば、いつでもチャレンジできるよ。
これは今のバトルとは関係ないところで評価される」
と神は言った。
「しかし……、
経験してない事を書くというのは、どうなのでしょうか?
不誠実なのでは」
と俺は言った。
「本当に君は人間のテンプレのような考え方をするね。
今巷には異世界転生する作品や、ファンタジー作品がたくさんあるよね。あの中の一部の作品は、実際に経験した事が書かれてある。
しかしだよ。それは一部であって、ほとんどの作品は創作物なのだよ。つまり経験してない事を経験したかのように書いている」
と神は言った。
「みんながやっているから良いという事でもないのでは?」
と俺は言った。
「もし仮に世の中が経験した事のある私小説だけになったとしよう。それの何が素晴らしい?ただ重く、絶望しか感じないような世界になるかもしれないよ」
と神は言った。
「しかし……、リアルなものは書けないのでは?」
と俺は言った。
「テンプレのような考えだね。逆にだ。絶望を経験した人が、絶望の描写をすっと書けるかな?」
と神は言った。
「……書けるのでは?」
と俺は言った。
「絶望を経験した者が、絶望を書くというのは、その世界線を思い出して書かなければいけない。それは時に精神を破壊するような、重たく辛い作業だ」
と神は言った。
「では……なぜ経験をしてない作家が、リアルなものを書けると……」
と俺は尋ねた。
「まぁ、それが作家の腕……つまり腕力なのだが……、そうだね。人間の感情には喜怒哀楽があるよね。そして絶望の中にも、喜怒哀楽がある。そして多くの人間が喜怒哀楽を経験している。そこの感覚はある種の近似値をとるものなのだよ。
まぁ闇を経験してきた者ほど、その筆致は鋭いってのは事実だが、だからといって、わざわざ闇を経験する必要はない。医師が患者の病気を経験しなくてもいいのと同じだよ」
と神は言った。
「……つまり他者の感情に共感する力。そして闇に目を背けず見ようとする力。文章力。そう言うものが必要だと」
と俺は言った。
「まぁそれだけでは足りないが、リアリティを出すには、最低限そう言う力は必要だね」
神はそう言った。
神の目は相変わらず、氷のように冷めたものであった。
「……しかし、私には学がありません。ただの高卒でずっとフリーター。有名大学を出たわけでも、一流企業に行ったわけでも、賞をとったわけでもありません」
と俺は言った。
……俺はなぜこんなにも自分を否定するのだろう。
「……浅ましい。心底テンプレだな君は……。
まぁいいだろう。そう言う卑屈さも含めて、私は評価しているのだ。
私が評価しているのは、経歴に書けない経歴だ」
と神は言った。
「経歴に書けない経歴?」
俺は考えた。
「そうだ。五年前、前に勤めていた飲食店でレジ金が合わなくって店長に疑われた。結局店長が伝票処理を間違ってて……でも店長は謝罪しなかった。そしてなぜか君はクビになった。そんな経歴があるだろう」
と神は言った。
たしかに、そんな経験なら山ほどある。
俺はうなずいた。
「文章を批評する目は数多くの作品を見れば養われる。そう言う文脈で言えば、大学教育で文学を習った奴のほうがレベルは高い。しかしだよ。そこで評価されるのは、それまでの価値観で作られたものが大半だ。つまりテンプレだ。私達が欲しいのは逸脱した作品なのだよ。もうそんな過去の焼き直しなんぞには興味がないのだよ。
私達が欲しいのは、ストレンジワールド……奇妙な世界線なんだよ」
と神は言った。
少しずつ、神が俺を評価している理由が見えてきた気がした。
しばらくして神は出て行った。
俺は端末を手にする。
あのアルバイトの子を見ることができないかな。
と俺は思った。
すると、アルバイトの子のデータが出てきた。
私生活から、過去のログまでたっぷりと出てきた。
俺はごくりと唾を飲む。
私生活を覗きたい衝動にかられる。
しかし、それをしたら人として、終わるような気がした。
ざっと見ていると、概要というテキストデータのようなものがあった。
概要だけならと、俺はそのファイルを開く。
そこには22歳の彼女の全ての経歴が書かれてあった。
高校卒業後、アルバイトを3つ掛け持ちして、体の弱い弟の面倒を見ている。
両親ともに他界。
そう書かれてあった。
俺は罪悪感を持ちながら、彼女の動画ファイルを見る。
そこには懸命に働きながら、弟の面倒を見る彼女の姿があった。
そして彼女は、俺の贈った髪留めを宝物のように大事に扱ってくれていた。
俺は彼女を支えたいとそう願った。
すると、
『人間の生活を支えたい場合』
という項目がでてきた。
俺はファイルを開く。
バトルに参加すると、成績に応じてポイントが得られます。
勝利すると100ポイント。参加で10ポイント。最下位になると、マイナス15ポイント。
プレイヤーはそれぞれ100ポイントから始まり、得点がマイナスになるとゲームオーバーです。
ゲームオーバーの方はカイガラムシに転生します。
支援内容。
1ポイント辺り日本円で1万円相当の金銭を送る事ができます。
病気の完全治癒は1000ポイント必要です。
金銭に関しては、税金がかからない形で贈られますので、税効果は気にする必要はありません。
これら以外の支援に関しては、検索してください。
と書かれてあった。
そうか……。
あのバトルに10回勝てば彼女の弟さんの病気を完全治癒することができるんだ。
俺はこの世界にも希望と目標が持てた。




