表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小さなご令嬢、竜人庭師と花を交わす

作者: 玄狐りこ

挿絵(By みてみん)



「ほんとう、やってられないわ」



家庭教師の目を盗んで逃げだした。

いくら将来のためだからって、毎日毎日つくえにかじりついて、やんなっちゃう。



「お嬢様ぁー!」



脱走に気づいたのか、侍女が探し始めたようだ。

このままでは連れ戻されてしまう。


もっと遠くへ逃げなければ。


どこか簡単には見つからない場所......そうだわ。



そろりそろりと階段を下りて、物陰に隠れながら廊下を進む。

お父様の書斎の窓が開いているのを、わたしは知っているのよ。



「ここなら、かんたんには見つからないでしょう」



広い広い庭へと駆け出す。

色とりどりの花が咲き誇るすてきな庭園。


今までは、窓からしか見たことのなかった景色がいま、目の前に広がっている。



風に乗ってやってくる甘い香りが、心を穏やかにさせた。



「なかなかいいところね」



花壇を眺めながら歩いていると、誰かと目が合う。

じょうろで水をあげているその青年は、屋敷では見ない人だった。



「あなた、だぁれ」

「?」



彼はこちらに気づくとじょうろを置き、こちらに向き直る。

そして、丁寧にお辞儀をしたのであった。



「お嬢様!見つけましたよ!」

「げ、メアリー......今日は早いじゃない」



息を切らして現れたのは、侍女のメアリーだ。



「あら、ルキさん。すみません、お仕事中に」

「......☆/◎。○/↓●▲」

「それはよかったです。では、私たちは戻りますね」



彼の話す言葉は独特だった。


メアリーは理解しているようだったけれど。

彼女は、先生が待っていますよとわたしの腕を引こうとする。



「まってメアリー、この人だれなの」

「ルキさんですか? お嬢様はご存じなかったのですね。ティスリ―家の、庭師の方ですよ」


「ルキ?」



聞きなじみのない名前だ。言葉もよく分からないし、外国の方なのかしら。

どうすればいいかわからなくて、立ち止まっていると、ルキが微笑みかかけてきた。



「☆」

「ほらお嬢様も、ご挨拶されては」



どうやら挨拶をしてくれたらしい。

わたしも貴族なのだから、挨拶は無下にしてはいけないわね。



「えっと、シャム・ティスリ―よ。いご、お見知りおきを」



マナーの授業でやったことを一生懸命思い出す。

こんなことなら、少しは真面目に受けていてもよかったかもしれない。


彼はわたしの挨拶に、満足そうにうなずくと、手を振ってくれた。

はずかしくて、ぎこちないが、手を振り返してやる。



「では、今度こそ戻りますよ」

「しかたないわね」



メアリーに手を引かれ、屋敷へと歩き出す。

ルキというあの青年は、なんとも不思議な人だった。


わたしは気になったことをメアリーに話してみる。



「メアリーはルキの言っていることがわかるの?」

「ええ、わかりますよ」



外国語? と聞けば彼女は少し迷うそぶりを見せる。

なんとなく振り返ってみれば、いつの間にか日が傾いていたらしく。


庭園は夕焼け色に染まっていた。



「ルキさんは、竜人の方なんですよ。竜人は、この国にずうっと昔から住んでおられます」

「ふうん。竜人かあ」



侍女によれば、竜人の本来の姿は人ではなく、大きな竜。

ゆえに独自の声帯を持っているため、わたしたちと同じ言葉が話せないそう。


それでも意思疎通ができるのは、彼らとのコミュニケーションを大切にしてきたからなんだと。



少しだけ、興味がわいた。





「あ、いた」



翌日。再び、庭園にやってきた。

今日はちゃんと勉強を終わらせた後だ。


彼は昨日と同じように、花壇の世話をしていた。



「ごきげんよう」

「☆」



声をかければ、少し驚いた様子を見せる。

ルキはまた丁寧にお辞儀をした。



「今日はわたし、きちんと終わらせてきたのよ」

「......」


「えっと、あなた一人でおせわをしているの?」

「......」



話を続けてみるが、微笑みながらうなずくばかりで、返事はない。

彼、私の言っていることは理解しているようだけれど。


まあ、いいか。


ここは、窮屈なお屋敷とはちがって、心が落ち着く。

別に追い出されるわけじゃないなら、もう少しここにいよう。



わたしは、近くのベンチに腰掛ける。

ルキはその様子を見た後、再び作業に戻った。



花が風に揺れるのを眺めながら、柔らかい日差しを浴びる。

ここは、わたしのお気に入りの場所になった。





それからというもの、わたしは毎日のようにここへ来た。



学校であったこと、読んだ本の感想、勉強の愚痴。

ルキは黙って聞き、時々頷く。


たまに答えてくれたときは、どうしようもなくうれしかった。

それがどんなに短い言葉だったとしても。


意味はまだ分からないけれど、彼の声は静まった世界に響くような深い音で、安心する。



「ルキは、花がすきなのね」

「......○/↑▲♡」


「へえ、それがすきってことば?」



彼は頷く。時々、意味を聞くことで、わたしはルキの“音”を理解する。

長い髪を一つに結んでいる彼。その毛束が少し崩れ、かぜになびいていた。





「......○/★/×」


ある日、いつものように庭園へ遊びに行った帰り、ルキが一輪の花を持ってきた。

それは彼が丁寧に育てていた、黄色のバラ。


どうやらくれるらしい。



「いいの?」

「......」



彼は頷き、バラを手渡すと嬉しそうにしていた。



「......っていうことがあったのよ」



部屋でわたしの髪をといているメアリーに聞く。

受け取ったバラは、窓辺の花瓶にさしておいた。



「なるほど。お嬢様は、ルキさんと仲良くなられたようですね」

「......べつに、そういうわけじゃないけれど」



ちょっとだけ、照れくさくなり顔をそむける。

後ろから、頭を動かさないでください!なんて聞こえてくるのは無視よ。無視。



「ではお嬢様、花言葉というのはご存じですか?」

「しらないわ」



花が言葉を話すのかしら、なんて幼稚な考えがよぎったとはいえず。

素直に侍女の言葉を待つことにした。



「花や植物に込められた意味のことです。言葉では伝わらない思いを、花に託すのですよ」



花なんかに託さず、そのまま言えばいいじゃない......なんて、かわいげがないかしら。

ルキにとっては、ちょうどいい文化かもしれないわね。


彼、庭師をやるぐらい、花が好きみたいだし。



「それじゃあ、あのバラにはどういう意味があるの?」

「それは、ご自身でお調べになった方が、ルキさんも喜ぶと思いますよ」



さあ、終わりましたと話を切り上げられる。

侍女のくせに、なまいきだわ。


仕方ないから、お父様に本を借りてこようかしら。



そしてその夜。

月明かりに照らして、ベッドの上で文字をなぞる。



『友情』



その文字を見たわたしは一人、喜びに胸がいっぱいになっていた。





それから毎日、ルキは花をくれるようになった。

あまり話さない彼だけど、いつも嬉しそうに渡すのだ。


気持ちがこもっているその花は、庭園に咲くどの花よりも輝いて見える。



『信頼』『喜び』『感謝』



その意味を調べるたびに、わたしはとっても嬉しくなるのだ。

それに、彼と少しずつ会話を重ね、わかる“音”も増えてきた。



例えば、☆。



これは彼と会ったときに必ず鳴らす音だ。

わたしがごきげんよう、と言った時もこう返してきたし、挨拶のようなものだろう。


そして、▲。


これはどうやら感情を表しているみたい。

↑や↓のようなイントネーションで、うれしい、かなしいなどを表現している。


メアリーにも聞いたから間違いない。



今日は、クチナシの花をとってくれている。

どこに飾ろうかしら。



相変わらず、彼は嬉しそうだ。



「......○/↑▲」

「ふふ、うれしいの?」


「!......◎/←★/×?」

「ちょっとだけね」



ずいぶんと驚いたらしく、花を摘む手が止まらなくなっている。

普段はおとなしいのに、面白いわね。



結局、その日は大量のクチナシを両手に抱えて屋敷へ戻った。

メアリーにも、苦笑いをされたほどだ。





お父様と町へ行って、お花を買ってもらった。

ほんとうは種を買って自分で育てたかったのだけれど、お許しはいただけなかった。


『感謝』の意味を持つという、ピンク色のバラ。



今日はわたしが、ルキに花を贈る。



なんて意気込んだのはいいけれど。

いざ目の前にすると、なかなか言葉が出てこない。


彼はいつもと同じように、花壇の世話をしている。



「ルキ」

「!......☆/◎」



こちらへ振り返るルキの仕草が、いつもよりゆっくりに感じる。

彼も、わたしに花をくれるとき、こんな風に緊張していたのかしら。


なんて、意識を逸らしてみるが。



そんなわけないか。

彼は私と違って大人だ。



きっとたくさんの花を贈り、受け取ってきたのだろう。

......そう考えるとなんだか、すっきりしないけれど。



「これ、あげるわ」

「!」



目を見開く彼を見たのもつかの間、体に衝撃が訪れた。



「え、ちょっ......」


きっと花に詳しい彼は、すぐにその意味に気づいたのだろう。

ルキはわたしを思いっきり抱きしめる。



「......っ」

「ちょっとまって、泣いてるの」



しかしまさかこれほどとは思わず、どうしていいかわからなくなる。

だいの大人が子供に抱きついて泣いてるなんて、みっともないわよ。


けれど、言葉にはせず。

彼の喜びを、ただ受け止めていた。





あれから、数年たつ。



「おはよう、ルキ」

「☆/◎」



少しずつ社交界へ出るようになり、父の仕事も時々手伝うようになった。

そんな私は変わらず、庭園に訪れている。


癒しが少ない私には、やはりこの空気が一番落ち着く。



しかし彼は、以前と姿が変わらない。

竜人というのは、どうも長生きをする種族らしく。


私が初めて出会った時にはすでに、人間の寿命をはるかに超えていたそうだ。



「○/↑□/★/◎/→←。○/←△/◎/↑▲」

「ちょ、ちょっとまって。私まだ全部は分からないわよ」



彼が変わったと言えば、よく話すようになったことだろうか。

未だ分からない“音”も多いが、それでも会話はとても増えた。



「......○/↑▲♡/◎」

「......それは、反則じゃないかしら」



これならわかるでしょう、と言わんばかりのわざとらしい一言。

ルキの手に握られた、一輪の赤いバラ。



花を贈りあうたびに意味を調べていたのだから、ずいぶんと詳しくなった。

今ではご令嬢とのお茶会でも、話題にするほどだ。



「◎/↓▲/?」

「何言ってるの、そんなわけないでしょ」



どれだけ時間がたっても、この庭園は美しいままだ。

彼がいる限りはね。



私がそれを受け取ると、ルキは嬉しそうにうなずいた。

近くの花壇に目をやると、いつか私があげたものと同じ、ピンクのバラが咲き誇っている。



さて、つぎはどんな花をあげようかしら。



後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、異種族間での『言葉』に焦点を当ててみました。

すこしだけ、解読要素もにも挑戦。ルキが話す言葉にはきちんと意味があります。


どうでしたでしょうか?

よろしければ、感想や評価などいただけますと、励みになります!


また別の作品でお会いしましょう。 玄狐りこ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ