表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

テンプレ疑問系

旧王家の血筋って、それ、敵ですよね?

作者: 章槻雅希

 ベーヴェルシュタム王国はモクテエコ大陸では比較的若い国である。建国して108年、現在の王は建国王イングヴェの玄孫にあたる第5代ヴィダル王である。漸く建国の戦いが歴史となり、旧王国が伝説や物語となった頃合いでもあった。


 前王家は悪逆非道の限りを尽くし、酒池肉林の贅沢な快楽に耽り、結果国を滅ぼした。非道の王家に剣を向けたのはまだ二十歳をいくつか超えたくらいの年若い将軍だった。


 このころの前王国は文官も軍人も老人か成人間もない若者だけだった。国王の気分によって起こされる戦争によって、歴戦の兵たちは浪費された。苦言を呈する文官はその場で物理的に首を切られた。僅かばかり残っていた『働き盛り』の壮年から中年の文官や軍人は王家に阿るしか能のない愚かな同類だった。


 そんな中立ち上がったのは軍を任されたばかりの平民上がりの将軍イングヴェである。彼は志ある同年代の文官や軍人とともに国王を誅する兵を興した。全てを諦め死を待っていた老人たちは若者たちへの導きを与えた。元々は老練な政治家や軍人だった者たちだ。彼らの援護を受け、イングヴェはついに王家を斃し、新王朝を開いたのである。イングヴェ24歳のことであった。


 初代王イングヴェは24歳で即位し、ともに戦った仲間たちの働きに応じて叙爵し、自分を支えてくれた少女を王妃とした。王妃との間に3男2女を儲け、長男を王太子とし、残りの4人に大公位を授けた。建国当初からベーヴェルシュタム王国は男女における王位継承・爵位継承の差はなかった。基本的に長子相続なのだ。


 王国では立太子前に結婚し、生前退位をして後継者に王位を譲る。これは王太子と一王子では結婚式の規模が違うからだ。生前に譲位するのも国王の葬儀よりも前国王の葬儀のほうが簡易に済ませられる。どちらも立太子前・譲位後に行うことで国家の行事ではなく王家の私的な行事となり式典を簡素化し、招待客を少なくし、諸費用を抑えられる。


 王家がこのような方針を取ったのは、前王家が奢侈に過ぎたからだった。前王家の度を過ぎた贅沢のために反逆した現王国の王侯貴族としては、明確に前王家とは違うと示さねばならなかった。


 ゆえに王家は明確に公私を分けた。国家に関わることは国家予算から、生活は王家の予算から費用を出す。王家の予算は王家直轄領からの税収と王妃や王太子妃の化粧料で賄う。国の式典は国家の威信がかかっているため、それなりの威儀を正したある程度豪奢なものとなるが、私生活は質素倹約を旨とする。


 王家がそうであるので、貴族家も高位貴族ほど、公私の区別をつけ私生活での必要以上の贅沢はしない。つまり、産業育成や経済の循環のための贅沢はある程度するので、王家も高位貴族も下位貴族や平民からすれば十分に裕福な生活をしている。それでも前王国の王侯貴族に比べれば清貧といっていい暮らしぶりだった。


 だが、建国から5代目ともなれば、王家も貴族も徐々に建国当初の姿とは変わってくる。建国当初の志を忘れぬ家もあれば、忘れてしまった家もある。国家が安定していれば、国のためよりも己のために、己の欲を優先する者も増えてくる。そして、己の立場を弁えぬ者、己の役目を軽んじる者も出てくるのだ。そう、王太子の長男、次期王太子筆頭候補のバルブロのように。


 


 


 


 王太子の第一王子であるバルブロは王立魔術学院に入学してから一人の少女に出会った。王立魔術学院は身分に関係なく一定以上の魔力を持つ者が入学し、己の魔術を磨く場所である。


 貴族はその血筋から魔力が多く、必然的に貴族の学院といった様相を呈する。そのため、王立魔術学院は貴族の子女のプレ社交界としての意味合いも持つ。


 初代王から5代を経た現在では、王侯貴族と平民は明確に血筋が分かれている。王侯貴族も元は平民とはいえ、建国以後は貴族同士で婚姻を結んできたゆえに、はっきりと身分は分かれ、血筋も分かれ、平民で強い魔力を持つ者は少なくなった。


 少なくなったとはいえ、平民にも魔力の強い者はいる。学院の身分比率は貴族9:平民1だ。10人に1人は平民なのだから学院で虐げられることはほぼない。高祖父の祖父の代までは王族も貴族もみな平民だったのだから、学院の王侯貴族の学生にも自分たちの祖先は平民だったという自覚はあるのだ。一部を除いて。


 しかし、一定数身分に驕る者はいる。その代表が情けないことに将来の国王筆頭候補のバルブロだった。


 王家は初代王妃こそ元は平民だったが、2代目王以降は近隣諸国の王女を娶っている。これは婚姻政策による国際関係の構築のためであり、政略・国策としては当然のことだった。それに合わせて貴族たちにも王妃の母国から貴族令嬢が嫁いでくることもあった。その結果、一部に身分重視主義者が現れ始めたのである。高位貴族ほど建国に功があったことも、身分重視主義に拍車をかける結果となった。


 バルブロの母は東の隣国の王女だった。しかし、バルブロの婚約者は国内の貴族だ。セーデルバリ公爵令嬢シェスティンである。バルブロはそれが不満だった。2代目から父までの5代で近隣諸国との血縁関係は出来た。今後は国内の安定のために国内貴族から王妃を出すべきだと国策が定められたのだ。


 いくら国策とはいえ、バルブロは不満だった。だが、それを側近のボクルンド宰相子息クリストフェルやビョルケル魔術師団長子息ラーシュに言っても、そういう時代なんですとしか言われない。


 不満を持たれているシェスティンはバルブロの身分重視主義を知っているだけに苦笑するに留めていた。正直なところ、バルブロが国王になるには不安がある。身分重視主義もそうだが、性質が怠惰で妬み深いのだ。学問は中の下、武芸は下の上。次期王太子だからといって文武両道で特別に優れている必要はないとは思うが、あまりに凡庸。その上に努力を嫌う怠惰な性質だ。


 バルブロの父である王太子も、祖父である国王もそれを理解しており、周囲を固めることにした。その結果が婚約者のシェスティンであり、側近のクリストフェルとラーシュである。他国出身の王妃を政に深く関わらせることは出来ない。周辺国は友好国ではあるものの潜在的な敵国でもあるのだ。


 凡庸で、どちらかといえば暗愚寄りなバルブロを支えるための婚約者(シェスティン)であるのだが、バルブロはそれを全く理解せず、優秀な婚約者や側近に劣等感を抱き、不満を募らせていたのである。


 バルブロの不満に気付き、上手く立ち回って彼を誘導し導くことが出来ればよかったのだろうが、シェスティンもクリストフェルもラーシュもバルブロと同年齢の15歳だ。彼らとてまだ成人に満たない、成長途中の子供だった。そこまでを求めるのは酷というものだろう。それでも彼らは試行錯誤して同年齢の次期王太子を支えよう、ともに成長しようと努力していた。努力せず不満を溜めこむだけのバルブロを何とかしようとしていた。勿論、大人たちにも相談して。


 しかし、バルブロは易きに流れた。自分を煽て耳に心地いい言葉をくれる少女を傍に置いたのだ。身分重視主義のバルブロが恋した少女は田舎の男爵令嬢だったのは何という皮肉か。


 バルブロの不貞相手(当人たちに言わせると運命の恋の相手)はニリアン男爵家の長女アネッテである。ニリアン男爵領は前王家であるオーバリ王家の避寒地だった田舎の中規模の町だ。決して大きな領地ではない。


 アネッテはどこか庇護欲をそそるような愛らしい容姿をしていた。柔らかなローズピンクの髪はふわふわと肩を覆い、チェリーピンクの大きな瞳はいつも潤んでバルブロを見つめる。小柄ながらも女性的な肉体は第二次性徴を迎えた少年には抗いがたい魅力を放っていた。


 然程大きくない町とはいえ領主の娘であるアネッテは地元ではお姫様だった。周辺の領地までは早馬(しかも軍馬)で2日の距離と離れている。ニリアン男爵家は領地では唯一の貴族だ。領民はご領主さまのお嬢様をお姫様扱いした。何も間違ったことではない。平民たちにしてみれば、貴族のお姫様なのだ。だから、アネッテは勘違いしていた。自分は尊い身の上なのだと。お姫様なのだと。


 他の貴族も集まる王都では、ニリアン男爵家など吹けば飛ぶような木っ端貴族だ。最下位の男爵位の中でも更に下位に属する。それをアネッテは理解していなかった。だから、王子様が相手だとしても全く気に留めなかった。バルブロは王都の王子様だけど、あたしはニリアン領のお姫様だしと。


 運がいいのか悪いのか、ニリアン領は元は旧王家の避寒地だったこともあって、服飾品については王都並みの豪華さを持っていた。戦禍を被り平民だった国王を戴いた王都よりも華やかな文化が残っていた。戦火の及ばないほどのド田舎だったせいで職人たちも技術も結果的に守られ、存続した。今では王都もそれなりの華やかさを持っているが、積み重ねた重み──伝統はない。それがアネッテの誤解を加速させた。高位貴族令嬢たちよりも華やかで洗練されたドレスをアネッテは持っていたのだ。あたしは王都の令嬢より高貴なんだわと、ただ戦火を免れたド田舎ゆえに残された文化を都合よく解釈した。


 そして、学院で建国に至る戦争の歴史を学び、自領の歴史を知ったアネッテはとんでもない勘違いをする。そして、彼女の勘違いをバルブロもまた受け入れてしまうのだった。


 


 


 


 学院では次期王太子と男爵令嬢の不貞の恋が問題になっていた。王太子の第一王子バルブロの婚約は紛れもない政略である。高位貴族と血の絆を結ぶことが王権の安定につながると、建国以来功臣たちの家との婚姻関係を推進してきた。バルブロとその弟妹を以て漸く功臣たち全てと血縁関係になれるところまで来ていた。


 ともかく、国内の政治の安定(主に王権の安定)のため、バルブロとシェスティンの婚約は定められている。そして、王家と公爵家のどちらに利が多い婚姻関係かといえば、王家に多大な利がある。セーデルバリ公爵家は国土の西に領地を持ち、海上貿易の拠点となっている豊かな領地だ。別大陸との窓口でもある。海に面した領地ゆえか公爵家及び公爵領の者は大らかで王都の政治闘争にも殆ど興味がない。どちらかといえば自由な海上商人気質だった。


 一方の王家は建国からまだ100余年ということもあり、漸く財政が赤字から脱出したという程度。海上貿易によって豊かな財を持つセーデルバリ公爵家との縁組によって得られる持参金と化粧料は王室の財政に多大なる富を齎すと思われた。


 そんなまさに『王家のために』結ばれた婚約であるのに、バルブロはそれを理解しておらぬかのように、婚姻前から不貞をやらかしたのだ。いや、理解しておらぬかのように、ではなく理解していなかったのだろう。


 まるで周辺諸国の市井の娯楽小説のように、身分違いの恋、真実の愛に逆上せ上がっていた。そして、一部の平民や下位貴族はそれを容認し、剰え好意的に応援する者までいたのである。


 


 


 


 王城の一室でシェスティン、クリストフェル、ラーシュの3人は今後について話し合っていた。そう、シェスティンの婚約者である次期王太子筆頭候補バルブロについてである。


「殿下は完全に逆上せ上がっておられるから、シェスティン嬢との婚約破棄を言い出すのではないか?」


 クリストフェルは幼いころからのバルブロの側近だ。だが、側近というよりは軌道修正係或いは尻拭い係といったほうがいいかもしれない。それは婚約者のシェスティンももう一人の側近のラーシュも同じだ。


「殿下は頭の中にはお花畑が広がってるみたいだしね」


 ラーシュはクリストフェルに同意しつつ溜息を漏らす。


「元々わたくしとの婚約がご不満でしたもの。そのせいか、市井の娯楽小説のロマンスに夢を見ておられるところがおありなのよね。でも、市井の娯楽小説は身分の低い少女との恋愛なのに、憧れるのもおかしいのだけれど」


 王女との結婚を望み公爵令嬢との婚約を不満に思っているのに、平民や男爵令嬢との恋愛を描く市井の娯楽小説に憧れるとはどういうことだろうとシェスティンは首を傾げる。


「殿下が読んでる物語だと、その少女が神に選ばれた神子だとか聖女だとか、或いは滅びた国の王女だとからしい。それにシェスティン嬢が気に入らないのは自分より優秀だからだろう。身分については周辺国に年齢の合う王女がいないと知って諦めたようだし」


 シェスティンの疑問にクリストフェルが応じる。当初バルブロが不満に思っていたことは他国に年齢の合う王女がいなかったことで渋々納得したらしい。


「問題は相手の令嬢も似たり寄ったりのお花畑思考なことだね。地元ではお姫様扱いで甘やかされてたみたいで、身分を今一つ理解してない。男爵令嬢じゃ王族には嫁げないのにそれを理解してない。まぁ、それは殿下もだけど」


 これまでの国王は初代以外皆周辺国の王女を娶っている。国王以外の王族も高位貴族(建国の功臣の家系)と婚姻を結んでいる。それが慣習となって、王族との婚姻が出来るのは国内貴族であれば公爵家・侯爵家・上位の伯爵家だ。


 下位貴族との婚姻は現実的ではない。下位の伯爵家や子爵家・男爵家は領地が小さい。当然税収もそれに見合ったものになる。そうなると持参金や化粧料も少なくなる。王妃や王太子妃、王子妃の持参金と化粧料で王族の生活費の大半が賄われるのだから、下位貴族のそれでは生活が出来なくなるのだ。


「我が国には側室制度はございませんから、アネッテさんは愛妾にするしかございませんわ。でも、それで納得しないでしょうね」


 溜息をつきつつシェスティンは言う。愛妾は妻ではない。そのため子が生まれても庶子となり王位継承権が与えられることはない。それゆえに愛妾の存在は認められるのだ。


 だが、アネッテがそれで納得するとは思えない。アネッテはシェスティンに対して尊大な態度を取っている。自分のほうが上だと勘違いしているようだ。その根拠はバルブロの気持ちが自分にあるからだと。政略結婚に当人たちの気持ちなど関係ないというのに。


「取り敢えず、殿下がどういうつもりか聞き出すか。ご自分の立場を理解してるなら、ニリアン男爵令嬢を愛妾にというだろうし、もし正妃にするなんて妄言を吐くようなら確りと正さなくてはいけないし」


 深い溜息をつきながら、クリストフェルが言う。それにシェスティンとラーシュも頷き、バルブロを問いただすために彼の執務室へと向かったのだ。


 そして、彼らはそこでバルブロを見限り、国王と王太子に謁見を申し込むことになる。


 


 


 


 3人がバルブロの執務室を訪ねたとき、彼は3人を歓迎して受け入れた。文官に監視されながら書類仕事を渋々していたところらしく、側近と婚約者が態々訪ねてくるほどの重大な案件があるのだと文官を追い出した。なお、彼が四苦八苦していた書類仕事は彼の父である王太子が10代前半で担当していた内容、つまりは教育用の比較的簡易な書類である。


 バルブロは3人に座るように勧め、自分も応接用の一人掛けソファに移動する。侍従が4人分の茶を供して部屋の隅に控えると、クリストフェルが話を切り出した。ここはクリストフェルが適任だ。シェスティンが話せば嫉妬だろうと馬鹿にしてバルブロが話を聞かないことが目に見えている。


「ニリアン男爵令嬢のことです。殿下、彼女を愛妾になさるおつもりですか? まさか正妃にするなどとはおっしゃいませんよね。彼女では身分が足りません」


 敢えて馬鹿にしていることを滲ませるような口調と声音でクリストフェルは言った。色々と耐性のないバルブロはこの程度の挑発で簡単に爆発するのだ。そうすれば思ったことをそのまま口にし、簡単に思惑を暴露する。元々それほど賢くはないので激昂させずとも暴露するではあろうが。


「はっ! 心配ない。アネッテはそこの屎生意気な女より身分は上だからな!」


 珍しく激昂せず、バルブロはシェスティンを馬鹿にするように言う。公爵令嬢のシェスティンよりも身分の高い未婚女性はバルブロの妹王女しかいないのだが、何を言っているのだと三人は内心首を傾げる。


「アネッテは旧王家オーバリの末裔だ! 王女なんだからシェスティンより上だ。問題ない」


 どうだ、参ったかといわんばかりの表情でバルブロは言う。一瞬何を言われたのかと悩んだ三人だが、言葉の意味を理解して隠すことなく溜息をついた。


「旧王家の末裔だとしても現在は男爵令嬢です。身分は変わりません」


 お前馬鹿だろと隠すことのない感情を声に乗せてラーシュは告げる。


「尊き血の結びつきなんだ! 身分など関係ない」


 旧王家の血筋なのだから今の爵位など関係ないはずだと変わらずバルブロは主張する。ゆえに三人は見切りをつけた。だが、最後の温情で説明をし、改心を期待した。


「莫迦ですか。オーバリ王家がどうして王位を追われたのか忘れたんですか? ああ、勉強してないんですね。オーバリ王家は現在のベーヴェルシュタム王家の前の王家です。オーバリ王家は民に重税を課して贅の限りを尽くし、無暗に隣国へと理不尽に攻め入っては惨敗し、賠償金は王家の財産を一切使うことなく国民への重税で賄った。そんな愚かしい王家です。そんなオーバリ家を滅ぼしたのがベーヴェルシュタム王家初代王イングヴェです。悪逆非道のオーバリ家を斃した初代王の功績を無にするんですか? 貴方がオーバリ家の者を娶れば、イングヴェ王の行いは間違いだったと認めることになりますよ。現王家と旧王家は相容れない敵同士なんです」


 この婚約に不満を持っていたのはバルブロだけではない。シェスティンだって大いに不満だったのだ。出来の悪いバルブロの尻拭いをし、代わりに政を執るための婚約だった。セーデルバリ公爵家でこの婚約を喜んでいるのは隣国の侯爵家出身の祖母だけで、両親も兄も妹も弟も叔父も叔母も母方の親族も皆不満に思っているくらいだった。


 だから、シェスティンの口調はとても冷たいもので、バルブロへの呆れが滲んでいた。それを感じ取ってバルブロが反論しようとしたとき、クリストフェルが口を開いた。


「しかも、イングヴェ王は旧王家全員を処刑しています。いいえ、王族全員ですね。貴族はほぼ根絶やしになったといっても過言ではない。現在の貴族家も王家も元々は平民ですからね。尊き血なんてものじゃありませんよ。そう言い切るにはまだまだ代を重ねる必要があります。…と、言いたいのはそこではなくて、オーバリ王家の血筋は生き残っていません。つまり、アネッテは僭称しているだけですね。オーバリ王家の末裔である証拠はピンクの髪と瞳だけでしょう? オーバリ王家の色といわれている。でも、北西にある遊牧民の色ですよ、それ。実際のオーバリ家の色は金髪碧眼です。ただ、脳内がお花畑なオーバリ家、色欲(ピンク)に染まったオーバリ家と言い伝わり、いつの間にかピンクの髪と瞳なんて言われているだけです。つまり、市井の噂を信じたお莫迦さんです」


 やはり尻拭い要員として無理やり側近にされたクリストフェルも普段の不満をぶつけるかのようにバルブロへの敬意を全く感じさせない口調で言い切る。バルブロに口を挟ませないように一気に捲し立てた。


 バルブロは婚約者と側近にいつにない強い口調で長文を捲し立てられ、思ってもいなかった否定をされ、混乱している。え、俺とアネッテは敵同士? そもそもアネッテは旧王家の姫じゃない? 勘違いお花畑? 俺も? と大混乱である。


 そして、そこにラーシュがとどめを刺す。それは現王家の次期王太子であれば当然取るべき行動で、甘ったれたバルブロには想像すらできない厳しい対処だった。


「というか、何でバルブロ殿下、オーバリ家の末裔と思ってるのに生かしてるんですか。オーバリ家の末裔なら、秘密裡に始末するのが正解じゃないですか。オーバリ王家が滅びて100年ほど。民の恨みはまだまだ晴れてませんよ。市井の娯楽本では悪役としてしか登場しませんし、愚か者の代名詞のように使われてるんですから」


 秘密裡に始末……つまりは殺すということか? 俺がアネッテを? でもクリストフェルもシェスティンも驚かない。ということはそれが正しい行いなのか? バルブロは混乱して何も言うことは出来ない。


 そんなバルブロの様子に三人はやはり彼ではダメだと確信した。


「王太子教育をまともに受けてませんのね。これは両陛下と王太子殿下ご夫妻にご報告しなければなりませんわね」


 溜息をつきつつシェスティンは言う。幸いバルブロはまだ王太子の第一王子という立場だ。次期王太子候補ではあるものの、確定しているわけではない。王家としては十分修正可能な範囲だ。バルブロの再教育にしても別の後継者教育にしても。


「幸い第二王子はまだ幼くてあらせられるから、教育は十分に間に合いますね」


 バルブロには弟妹が一人ずついる。男女ともに王位継承権はあるが、王女は国王の器ではないことも判明している。まだ7歳の第二王子であれば十分に教育は間に合うだろう。


「まだお父上の王太子殿下の御代になってないし、時間は十分だと思います。何ならもう一人二人お作りいただくことも検討していただきましょうか」


 クリストフェルの言葉にラーシュも頷く。


「では、殿下。わたくしどもはこれで御前失礼いたします」


 三人は一礼すると、バルブロの返事を待たずに退室した。


 侍従はそれに溜息をつく。婚約者と側近に完全に見限られた王子に付いていても仕方ない。配置換えを申請しようと思いつつ、手の付けられていない茶器を片付ける。三人の諫言に応答も反論も出来ず、勝手に退席する彼らを咎めることすら出来ない。こんな王子では王族として不適格だ。三人が見限るのも仕方ないと思いながら、侍従は侍従長への報告内容を頭でまとめた。


 


 


 


 その後、王太子の第一王子バルブロは学院卒業と同時に臣籍降下し、一代限りの侯爵位を与えられることが決まった。公爵令嬢との婚約はバルブロの有責にて破棄され、公爵令嬢は隣接する領地を持つ辺境伯家へと嫁いだ。側近候補の二人は父の後を継ぎ将来宰相と魔術師団長となるため、それぞれの道へと進んだ。


 辺境の一男爵家が旧王家を僭称し国に混乱を齎そうとしたとして取り潰され、一族は全員辺境での強制労働所送りとなった。


 現国王が退位し王太子に御代替わりするころには、臣籍降下した第一王子のことも、取り潰された田舎の男爵家のことも気にする者は誰もいなかったという。

※誤字報告で『お父上の王太子殿下の御代になってない』を『陛下が立太子された御歳になられていません』と報告されましたが、間違ってはいません。王太子がまだ即位していない、王太子が国王になっていないという意味で王太子の御代と表現しています。この時の国王はバルブロの祖父であり、父親は王太子で、バルブロは次期王太子筆頭候補で、王太子の第一王子です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
一応旧王家の女性を娶って血統に加えるパターンもあるから、王子様が男爵令嬢と結婚すると言い出しても一般市民程度の知識なら不思議じゃないんだよね。 ただし前王家への忠誠心の厚い領主がいるとか、民衆からの好…
短くも別品なる一作お疲れさまでございました。 木っ葉出であっても、貴族に繋がるなら家門の由来を記した血統書はあるでしょうし、男爵に叙した王による証書はある。 それを謀違える謀りは、国家への叛意とされて…
王子と浮気相手がアホなのはよくわかるのだが、側近と婚約者も完全に王子を見下している様が下品で好感は持てなかった。 >国家に関わることは国家予算から、生活は王家の予算から費用を出す。王家の予算は王家直…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ