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『いくら石碑』に魅せられた研究者たちの断章

4. ヴィクトル・スラブチェフ — 失踪した“いくら数学者”

ブルガリア出身の数論学者ヴィクトル・スラブチェフ博士は、数列の美しさに取り憑かれた数学者であった。彼は偶然、いくら石碑の「奉納いくら百貫」の碑文を写真で見た際、その配列が黄金比に基づくフィボナッチ数列に一致すると主張し始めた。


「これはただの碑文ではない。これは“いくら暗号”だ。宇宙の根源を解き明かす数列がここに隠されている。」


そう叫び、彼は来日して石碑の周囲を計測、数値を書き殴ったノートを抱えて歩き回っていたが、ある晩、彼は突如として姿を消した。彼が最後に目撃されたのは、石碑の前で「いくらこそπの起源だ!無限の円環がここにある!」と叫んでいた時だった。


後に、彼のノートの隅には奇妙な数列とともに、謎の式が走り書きされていた。


∞ → 鮭 → いくら → 1/0

いくらは円周の外にある。円を超えた円。


現在もスラブチェフの消息は不明であり、一部では「いくら石碑の潮流に飲み込まれ、数の世界に“転移”した」とさえ囁かれている。


5.  紅蓮こうれん — “いくら音霊”の研究者

中国の民俗音響学者であった李紅蓮教授は、いくら石碑の周囲で録音した音声データを解析するうち、奇妙な周波数のパターンを発見した。石碑から半径約3メートル以内で、潮の満ち引きに応じて、約7.2Hzの低周波が断続的に発せられていることを突き止めたのだ。


彼女はこれを「いくら音霊いくら・トーン」と名付け、国際会議での発表を準備していたが、その前夜、突如として失声症を発症。以降、彼女は言葉を発するたびに、口から無数の小さなイクラの粒が零れ落ちるという奇怪な症状に悩まされることとなった。


李はやむなく研究を中断し、現在は中国・湖南省の山奥で隠遁生活を送っているとされる。彼女の残した論文草稿には、かろうじて震える手で書かれた走り書きがあった。


「いくらの声は潮の記憶。潮は時を超える。音を聞くな、音はお前を喰う。」


6. 杉本すぎもと 了一りょういち — 呪われた「いくら実食レポート」

地域の食文化研究家・杉本了一は、石碑の伝承を食文化の視点から解釈しようと試みた。彼は「いくら石碑の祭事は、古代の鮭漁文化と密接に結びついており、いくらの大量消費儀礼の一端である」という説を提唱し、勇敢にも「いくら百貫を再現して食べる」という実験を行った。


杉本は協力者を募り、秋の鮭漁シーズンに約375キログラムのいくらを集め、特設会場で実食会を開催。しかし、その場に居合わせた十数名全員が、食後1時間以内に激しい腹痛と幻覚症状を訴えたという。幻覚の内容はほとんどが共通しており、


「空を泳ぐ巨大な鮭の群れ」

「石碑から伸びる無数の触手」

「自分の体がいくらの粒になり、海に溶けていく感覚」


といった異様なビジョンであった。


杉本は翌日、全身に鮭の鱗のような模様が浮かび上がり、それは数週間後に自然消滅したものの、以来「いくらアレルギー」を発症し、いくらに触れるだけで激しい蕁麻疹が出る体質になってしまった。


彼の記したレポートの最後の一行には、こう綴られている。


「いくらは食べ物ではない。いくらは……いくらなのだ。」


いくら石碑の影に潜む、見えざる力

こうした研究者たちの数奇な運命が意味するものは何か。いくら石碑は、単なる供養の場でも、祭祀の遺物でもなく、人智を超えた「いくらの根源的な力」を封じ込めた存在なのかもしれない。触れた者はみな、その一端を垣間見て、そして消えていった。まるで、いくらという赤き粒が人間の精神を侵食し、世界の理に囁きかけるかのように。


いまだ誰も、その「真理」に辿り着けた者はいない。

それでも、次の潮の満ち引きの時、また一人、新たな研究者が石碑の前に立つのだろう。

そして、彼または彼女もまた、いくらの渦に飲み込まれていくのかもしれない——。

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