魔王編㉗
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電次郎がシービーを抱え、ルクスと共に救護室に向かった後の会議の間は、常に冷たい空気が漂っていた。
「先代魔王様の側近であったドルガスを投獄とは……」
「女の魔王などで十分に不安だったのによぉ」
「下等な人間を次期魔王にするとか言ってるしな」
「いよいよ潮時かもしれん」
インスーラとバンボルトの言葉に、ほかの幹部たちも賛同する。
「わしらは魔族じゃぞ。力によって支配し、血によって誇りを守る。その根を忘れれば、我らの存在そのものが霧散するわ」
骨ばかりの骸骨の魔物が、軋む音を立てて同意する。
彼らにとって、魔王とは絶対であるべき存在だった。だがルクスはその力を兵器に振るうのではなく、人間との共存を語り、挙げ句は「電力」なる未知の力を持ち込んだ電次郎を伴侶に迎えると言う。幹部たちの苛立ちと恐怖は、日に日に募っていた。
そこに追い打ちをかけたのが、あの「電子レンジ兵器」の披露だった。
「見たであろう。ドルガスが示した兵器、マナを消滅させる“あの力”を」
「クローンの小娘のマナは確かに消え失せた。マナの消失は死よりも重い」
「……あれこそが、我らに必要なものだ。力だ。恐怖だ」
幹部のひとりが低く吐き捨てる。
マナが枯渇しつつある現状、従来の魔法や武器では未来を切り拓けない。それは誰もが理解していた。だからこそ「電力」という未知のエネルギーは、彼らにとって唯一の希望であり、同時にルクスへの不信を決定的にする楔となったのだ。
「女の魔王にはもう期待できぬ」
「結局、あやつは甘いのだ。眷属に情を抱き、人間を庇い、力を兵器ではなく“生活”に使えと命じる……」
「そんなものは弱者の戯言にすぎぬ」
彼らの声は確信に変わりつつあった。魔王領を救うには、女王を退け、電次郎を支配するしかない。
「ならば……ドルガスを解き放つか」
一人が提案すると、ざわめきが広がる。
「追放処分を受けたあやつならば、ルクスに牙を剥くのも容易い」
「奴の研究は、確かに狂気じみてはいたが……成果は確かだ。兵器としての家電は、すでに我らの常識を超えておる」
「我ら幹部が一致すれば、魔王の座も揺らぐ」
どこかでまだためらいを抱いていた者たちも、この言葉に抗えなかった。滅びへの恐怖と、力への渇望が、理性を押し流していく。
「だが……電次郎はどうする」
「縛ればよい。奴の体から漏れ出している“電力”を我らの器に注ぎ込めばいいのだ」
「人間ごとき、家畜と変わらん」
そこで誰かがくつくつと笑った。
「人間を飼いならすなど、愉快なことではないか」
魔王ルクスの影は、この場にいなかった。だが彼女がどれほど理想を語ろうと、この暗流を止めることはできない。幹部たちの視線は、すでに一つの結論へと収束しつつあった。
「新たな秩序を築くのだ。電力を我らが血肉とし、魔族の永遠を掴む」
「そのためには……まずルクスを葬る」
深い静寂が訪れる。
やがて、ひとりが立ち上がった。
「では決まりだ。ドルガスを解き放ち、電子の力を利用する。次の会議の場で、魔王を討つ」
その言葉に、誰も反論するものはいなかった。
 




