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王国編②

 「もっとじゃ、もっと丁寧に魔力を出すのじゃ! 雷を具現化せぇ」

 「む、無理だってぇ……意味がわかんねぇよ。あああ、なんか色んなとこに力入れ過ぎて全身がプルプルしてきたぁ」


 王都に着いてから数日間、毎日毎日朝から晩まで、俺は魔力制御の訓練を受けた。ミカ様直伝の“雷属性魔力制御術”は、基本的に拷問だ。


 今やってるのは、小さなガラス玉の中に雷属性の魔力を送り、電球のように光らせる訓練。……なんだけど。

 「全然なっとらん、こんなに魔力を放出しとるのに光らんとはなにごとじゃー」

 訓練中のミカ様はまるで鬼軍曹のようだった。普段あんなに可愛らしい天使なのに、人は見かけによらない。


 「もう良い、今度は勉学じゃ」そう言って魔力訓練の合間に、ミカ様は表紙がボロボロになった分厚い魔導書を机に置いた。いわゆる魔法の書ってやつで、魔法の原則や魔力の仕組みがびっしりと書かれている。


 ぶっちゃけ取扱説明書は大好きだ。家電の取説は消費電力から部品の名称まで、ひとつ残らず暗記するのが趣味だった。


 でも、字が読めない。エルナのおかげで会話はほぼ完璧になったけど、読み書きは絶望的に無理だ。


 スキャナー型翻訳機を召喚して使ってみたけど、全然頭に入ってこない。やっぱり読み書きも自分でできるようにならなきゃ意味ねぇ。便利だけどスキャナー型翻訳機はすぐに元に戻した。会話と違って、こっちは年単位の勉強が必要だろうな。


 「なんでこんな文字も読めんのじゃ、今まで一体全体どうやって生きてきたのじゃ」天使からの軽蔑の眼差しがぶっ刺さる。


 昔、小学生に罵倒されるのは褒美だって近所のゲーム好きの兄ちゃんが言ってたけど、情けねぇ気持ちにしかならねぇよ。

 くそう……でも、こんなんで止まってられねぇ、もらったペンがぶっ壊れるまで勉強してやる。


 「よし、今度は体力付けてくるのじゃ。魔力の肝は精神力、それを支えるのは体力じゃ」

 訓練の締めは、運動だ。


 運動は嫌いじゃない。出張修理は年中無休で飛んでいくのが信条だから、普段から筋トレやランニングは欠かさなかった。お客さんを待たせるのはナンセンスだからな。だから体力には自信があった……けどよ。


 「腕立て千回、スクワット千回、ランニング二十kg、三セット。一時間以内! 行けるなぁー」

 「サーイエッサー」

 厳つい指導官の声に、騎士団員たちが元気に応えている。


 バカだろ、普通の人間じゃ無理に決まってる。それ全部やったら一日が終わるってぇ、なんで制限時間一時間なんだよ。

 でも、みんなそつなく熟してんだよなぁ、魔法使って訓練するのが普通だから、魔力を上手くコントロールして筋力を増強したり体力の消耗を抑えたりって……まだ魔力のマの字も理解できてない俺には無理だから。


 「おっさん……俺達の十分の一しかできないんだから、無理すんな」

 「そうそう、おっさんは家事手伝いがお似合いですよ」

 くっ、騎士団の若造どもがっ。掃除洗濯家事育児は人間の基礎やぞ、バカにすんなぁ。


 でも、魔力の使い方が分からない俺にとちゃ、マジで地獄の訓練だ。

 ああ、今日も帰ったら死んだように眠るだけだな……つれぇよエルナ、おっさん、くじけそうだ。


 「あ~、づがれだー」

 金も身分もない俺を、ミカ様は「しょうがないのぉ」と、隣の部屋の書庫を寝床として貸してくれている。

 もちろん、タダで住まわせてもらうのは悪いから、家事全般は俺の担当だ。

 不審に思われるから、召喚魔法はみんなの前ではあまり使うなと言われたから、人力だけど、訓練も兼ねているから苦ではない。


 「明日の勉学は、この本じゃな」

 むろん、ここはミカ様の書庫だから、おれのプライベートは皆無だ。


 「げぇ、それって前も読んだ気がしますけど」

 ミカ様が手に取った本は厚さが二十センチもある。昔の電話帳もびっくりな魔導書だ。

 それを半日で読めっていうんだから、地獄以外の何物でもない。


 「おぬしのためにやっておるんだぞ、こっちも肩が凝ってしょうがないわい」ミカ様が肩を回しながら言った。


 そうだよな、わざわざ時間を割いてまで俺なんかのために特訓してくれているんだ。文句言っちゃあいけねぇ、それどころか肩の一つも揉んでやらにゃ罰があたるってもんだ。


 だがしかし、もう腕一本あがりゃしねぇ。くそう、役立たずの電次郎めぇ——そうだ。


 「ミカ様、ちょっとここで召喚してもいいですか?」

 「なんじゃ、疲れておるんじゃないのか?」

 「魔力は駄々漏れくらいにあるみたいなんで、ちょっとぐらい大丈夫っす」

 「けったいな魔力じゃな。まぁ良い、それで何を出すつもりじゃ」

 「マッサージチェアーです」

 「なんじゃその呪文のような名前は。椅子が揉むとでも言うのか?」

 「いいから、騙されたと思って座ってみてくださいよ」


 ♦-/-/-//-/-/--/-/-/--/♦


 「お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”ぉ~」

 ミカ様は椅子に沈み込むように身を預け、八重歯を見せて恍惚の表情を浮かべていた。


 流石最新鋭のマッサージチェアだ。なんで今まで気付かなかったんだろう、疲れたらやっぱりコレだよな。今度は自分でも使おう。


 その日、俺は自分の力の新たな性能を知った。


 俺が気絶したように眠ってしまってからも、マッサージチェアーには電力が供給され、ミカ様は色々な機能を一晩中愉しんだとのことだった。

 たぶん、コンセントを握りながら眠ったから無意識のなかでも電力を供給していたのだろう。


 これで、次からは寝ながら炊飯器も電子レンジも使えるということが分かった。

 こりゃぁ料理が捗りそうだ。


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