魔王編⑯
控室は、やけに静かだった。
俺とシービーは椅子に腰を下ろし、隣室から響く金属音や機械の唸りを聞いていた。
家電の分解と解析が続いているらしいが、俺たちは「待機」とだけ言われ、ここに押し込まれている。
そんな中、扉が軋む音を立てて開いた。
黒いローブの長身──インスーラが現れる。褐色の肌に銀縁眼鏡、冷えた視線がまっすぐ俺に向けられた。
「誰かと思えば下等な中年か、目障りだ」
相変わらず口の悪い奴だ。
「はあ? なんだよその言い草」
「お前の力など不要だ。さっさとここから消え失せろ」
「さんざん俺のことを追いまわしといてそりゃねぇだろ」
お前から逃げるためにミカがどんだけ苦労したと思ってるんだ。
「黙れっ、虫唾が走る」
なんだよこいつ……もう言い返す言葉も出ねぇよ。
嫌な空気を切り裂くように、豪快な笑い声がした。
「おいおい、俺様の客人に対して随分と辛辣じゃねぇかインスーラ」
扉を押し開けて入ってきたのは、背中から十本の腕を広げた巨漢──バンボルトだ。
俺の肩に腕を回し、白い歯を見せて笑う。
「安心しろ、お前の力は使える。俺が上に立ったときも、悪いようにはしねぇ」
褒められているのか? 悪い気はしないけど気色悪いな。
「ぬけぬけと……貴様が私の獲物を横取りしなければ……」
インスーラがおっかない顔でバンボルドを睨みつける。
「横取り? 有能な人材を確保しただけだが?」
バンボルドはそんなインスーラを見て楽しそうに笑った。
「力押しだけで魔王領をなんとかできると思うなよ」
「頭だけじゃ今のお前みたいに指咥えることしかできねぇぞ」
なんだよこの二人、仲が悪いのか?
しかも、原因は俺っぽいし。
疑問に思った俺は、隣で寝落ちしそうになっているシービーをつついた。
「なあシービー、なんでこいつら喧嘩してんだ?」
「……ぬぁ? 知らなぇよ」
気の抜けた声を出したシービーは、ソファにだらしなく腰を沈め、肩をすくめた。
「先代魔王の遺言のせいじゃねぇの」
「遺言? まだなんかあんのか?」
「言わなかったっけ?」
「聞いてない」
シービーはめんどくさそうに姿勢を正すと、こう続けた。
「次期魔王はルクス様に定める。ただし条件付き。ルクス様は優しすぎるし女だ。だから、子を産んで母になってもらいたい。そのために、ルクス様が見初めた人物と結婚し、その夫に魔王の座を継がせろって内容だ」
まぁ、一般的な父親の考えだな。
「それに、魔力が高いとはいえ、ルクス様の使える魔法は補助的なものが多い……確か魔物を作り出すとか、複製できるとかって魔法だ」
「へぇ、そんな魔法もあるんだな。便利そうだけど」
「やっぱり力がなきゃ苦労するって、先代も思っていたんだろうな。ルクス様は全然そんなこと思っていないみたいで、一人でなんとかするつもりみたいだけど」
そんで俺は、その魔王争奪戦みたいなのに巻き込まれているってことか……よう分らんが、困っている人がいて、俺の家電達が助けになるなら力を貸さないわけにはいかないよな。
インスーラやバンボルト以外にも、いかつい顔をした幹部っぽい奴らが、研究所に出入りしているのが分かった。
みんな魔王の座が欲しいのか、それとも魔王領を良くしたいのか……。
インスーラとバンボルトの言い合いを見てると、前者な気がしてルクスのことを心配してしまう。
ここは公平を期すために、選挙っぽい仕組みとかを提案してみては、とも思ったが、それもこれもたいして変わらない気がして躊躇う。
「なあシービー、お前の国も色々大変なんだな」
「ああ、だから力を貸してくれって言ってんだ」
こんな小さい子が、魔王の客人の機嫌取りに使われているって現実も普通じゃないし、マジでここを出る前になんとかしてやんねぇといけない気がする。
「よし、大船に乗ったつもりで居ろ。俺に出来ることならなんでもやってやる」
「あんま期待してねぇけど、頼むよおっさん」




