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魔王編⑬

 思った以上に血を抜かれたようだ。

 部屋に戻る足取りは、自分でも笑っちまうほど重くて、まるで鉛の塊でも背負ってるみたいだ。

 視界が少し霞む。頭の奥がじんわりと熱い。

 あのドルガスっていう爺ちゃん、抜く量を間違えてんじゃないのか……。


 朦朧とする意識の中、シービーが横を歩きながら、ちらちらと俺を見上げてるのが分かった。あんなにおしゃべり好きな口の悪い奴が、今は妙に静かだ。何か言いたそうにしてるけど、結局そのまま自室の前まで無言で着いてきた。


 扉を開けて中に入ると、もう我慢できずにソファに腰を下ろした。

 革の背もたれに体を預けた瞬間、全身の力が抜けていくのがわかる。目を閉じれば、そのまま眠れそうだ。いや、もうほとんど落ちかけてるかもしれん。


 「どした? おっさん、疲れたか?」

 入口から声が飛んできた。

 見れば、シービーが腕を組んで立っている。

 少し呆れたような顔。けど、その目は案外優しい。


 「ああ……そうだな。初めての土地だし、学園でも色々あったし……まあ、疲れてるんだろうな」

 自分でも情けないくらい間延びした声が出た。

 するとシービーは肩をすくめて、俺の方へずんずん歩いてくる。


 「なんだよ、ほれ。じゃあ楽に座ってみろ。肩でも揉んでやっから」

 「……は?」

 思わず変な声が出た。

 だってコイツの口から、そんな優しい言葉が出るなんて思ってもみなかったからな。


 「な、なんか怖いな、お前の口からそんなこと言われると。それに気を使わせちまったみたいで悪いし、マッサージチェアでも出して、自分でなんとかするよ」

 軽く断ろうとしたが──


 「遠慮すんなって。魔導具なんかに頼ってたら、いつか痛い目見るぜ」

 「……なんだそりゃ」

 「ほら肩揉むのなんて、猫にでもやってから気にスンナ」

 「俺は猫と同類かよ」

 「猫以下だな」

 即答かよ。

 けど、不思議と腹は立たなかった。

 むしろ、こういう調子で絡んでくるのがちょっと嬉しかった。


 「……じゃあ、ちょっと頼むわ」

 そう言うと、シービーは俺の背後に回って、小さな手をそっと肩に置いた。

 その手は意外なほど温かくて、指先はしっかりとした力を持っていた。


 「お……けっこうこってんじゃねーか。ほら、力抜けよ」

 「抜いてるつもりなんだがな……」

 「つもりじゃダメだって。ほら、息吸って……吐いて……」

 言われるままに深呼吸を繰り返すと、肩の奥に詰まっていた重さがじわじわと溶けていく。

 機械の均一な振動とは違う、人の手の、なんというか生きてる感じの温もりが心地いい。


 「……なんか、人の手って……いいな」

 「そりゃそうだろ。おっさん、こういうの慣れてねーだろ?」

 「まあな……近所のばあちゃんの肩はよく揉んでやってたが……人にやってもらうのは……ほとんど初めてだ」

 こんな優しい娘とか嫁が居たら……なんて思うと、さらに疲れが増したような気がする。


 「そりゃあ……猫以下だわ」

 「なんでだよ」

 ツッコむと同時に自然に笑顔になった。


 まるで昔から知ってる相棒と、どうでもいいやり取りをしてるような──そんな安心感だ。


 気づけば、瞼が重くなっていた。

 視界がぼやけていく。肩に置かれた温もりが、じんわりと全身に染みてくる。


 「……おいおい。寝んなよ、まだ揉んでんだから」

 「……悪い……」

 自分でも、もう夢と現の境が曖昧になっているのがわかる。

 最後に聞こえたのは、呆れたようで、それでもどこか優しいシービーのため息だった。


 「……ほんっと、世話の焼けるおっさんだな」

 俺はもう、その言葉をまともに聞ける状態じゃなかった。

 ただ、その温もりだけを残して、静かに眠りへと落ちていった。


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