魔王編⑪
「おぬし、逃亡者の身じゃろ? 顔見知りの前に出てきてええんか?」
「構わんさ。こいつは私が王女を攫ったことも、ゴーレムを暴走させたことも知らない。まぁ知ったとて、魔王城からはもう二度と出られん。そうだろ?」
「悪い女じゃ、まぁそうでなくては我らもおぬしを助け出さなかったがな」
「感謝しているよ、ほとぼりが冷めるまで、助力しよう」
ライオネットとドルガスが、コソコソとなにか話しているが、よく聞こえない……どう見ても悪い顔をしているから注意しないといけない気がする……ステラの保護者とはいえ、悪い噂は多いしな。
「なんだよ、おっさん、あいつと知り合いなのか?」
シービーが不思議そうに俺の顔を見上げた。
「ああ、通ってた学校の先生だ」
「先生……あんなサイコパスでも先生になれるんだな」
「どういうことだよ」
「種族問わずに孤児を拾って、自分の思うように洗脳し、実験体として使い捨てるって噂だぜ」
「……笑えない冗談だぜ」
「あくまでも噂だからな。だけど、あたいの直感が、あいつはサイコパスだって言っている」
確かに、初めて会ったときから普通の人とは違うなって感じだったけど……学園でも色々な噂があったしな、火のない所に煙は立たぬ、か……なんだか、ステラのことが心配になってきた。
「なぁライオネット先生。ステラは元気か?」
俺はいてもたってもいられずに聞いた。
「ステラ……私を売った裏切り者の名は忘れたよ」
「裏切り者? どういうことだよ……まさかステラになんかしたんじゃないだろうな」
「それよりも、お前は自分の心配をしたほうがいいんじゃないのか? 自分がここでなにをされるか……考えないわけじゃないだろう?」
「そ、それは……」
シービーが、あまりにもとっつきやすい奴だったから、だいぶ気が緩んでいたのは確かだ。ここは皆が恐れ、書物にも非道な行いが記されている魔王城……警戒すべきか。
俺は空間に手を伸ばし、スタンガンを握りしめる。
「なんてな、怖がらせて悪かった。そのメイドから聞いているんだろ? 今はルクス様の助けになってくれればそれでいい。誰もお前に危害は加えんさ」
そう言って、白衣を翻し、ライオネットはどこかへ行ってしまった。
なんだか、ものすごくはぐらかされた気がする。
今度会ったら、ちゃんとステラのことを聞かないと。
「ほれほれ、世間話はここまでじゃ。おぬしにはまず身体検査をしてもらう。服を着替えて診察所へ来なされ」
ドルガスが、柔らかな口調でそう言うと、助手っぽい女性が病衣のような服を渡してきた。
「身体検査……大丈夫なのかソレ」
俺は思わずシービーを見下ろして尋ねた。
「なんだよ、おっさんのくせに注射が怖いのか?」
シービーが揶揄う様に言った。
「そういうことじゃなくてだな」
「ビビんなって、ただの身体検査だよ。変な病気とか持ってて感染が広がったらヤバイだろ?」
「そ、そうだけど……」
一理あるが……さすがに、警戒しすぎか。
その後、身長体重、視力、聴力、血液検査などの本当にごく一般的な健康診断を受けた。




