魔王編⑩
「ほんで? ここでは一体、何の研究をしてるんだ?」
騒がしい研究所を見渡しながら、俺は横に立つシービーに尋ねた。
「は? 見て分かんねぇか? ──ってのは冗談で、まあ、主に“魔王領の再建”だな」
「再建?」
「そ。枯れちまった大地をどうにかして、生き返らせる研究。作物も育てられねぇ土地を改良して、自給自足できるようにして、略奪とかしなくてもいい魔王軍を作るって、ルクス様は願ってる」
その口調はいつになく真剣だった。
「なるほどな、そんで俺はココでなにをさせられるんだ? 俺はただの電気屋だぞ」
「知らねぇよ。今から魔王軍技術顧問のドルガスが来るから聞いてくれ、ちなドルガスも幹部だからな、あたいがペラペラ喋ったこと言うなよ」
また幹部か、いったい何人の幹部が居るんだ……それに、ボルトリアに居た頃からそうだが、なんでこんなに俺を欲しがる? 俺のことを過大評価しているようにしか思えないんだが……まぁ、でも魔王ルクスの願いってのは悪いことじゃないのは確かだ。
それに俺の力が必要だっていうんなら手伝ってやってもいいと思えてくる……。
ボルトリアのみんなはめちゃくちゃ魔王軍を警戒していたけれど……大丈夫だよな……ミカちゃん、怒るかな……。
──悶々していると、そこへ。
「おやぁ? チービーじゃないの、まだこんなところにいたの?」
女の声が背後から降ってきた。振り向くと、メイド服を着た女性が優雅に立っていた。金の髪、白磁の肌、そして──妙に嫌味な笑み。
「チービー、チービー♪ ちっちゃなメイドのチービーちゃん。似合ってるじゃない、小汚いオッサンの世話係」
「っ……!」
シービーの顔がみるみる真っ赤になる。怒ってる。けど……何も言い返さない。ただ、ぐっと唇を噛んでうつむいてる。
「お前……我慢してんのか?」
俺がそっと問いかけると、シービーはわずかに頷いて答えた。
「……ルクス様と約束したからな。“暴力では何も変わらない。これからは技術と知恵の時代だ”って。……あたい、それを信じてんだ」
その横顔は、いつもの小生意気な姿からは想像もつかないほど、静かで──強かった。
「……偉いな、お前」
「……うるせぇよ」
ちょっと照れてるのがまた可愛い。が、次の瞬間。
「つーかよ、人のことを小汚いおっさん呼ばわりとか、人としてどうかとおもうぞ」
シービーの代わりに俺が怒ってやった。相手は人じゃないかもしれないが。
「なんだよ、人間風情が調子に乗んなよ? 私らが本気になればお前らなんか……」
「おい、止めろよ。研究者に手を出したら魔王様の逆鱗に触れるぞ」
騒ぎを聞きつけた別のメイドが、シービーを挑発したメイドを落ち着かせた。
「ちっ、今の魔王様の考えは理解できん。こんな奴らにこびへつらう必要などないのに……」
そう言って、その場は収まった。
何かを変えようってときは、反対する者も多いってのは、どこの世界も同じなんだな。
「やあやあ、君が電次郎くんかね」
そうこうしている間に、背の低い白衣の老人が現れた。恐らくドルガスって奴だろう。魔王軍幹部だって言ってたけど、ちょっと顔色の悪いおじいちゃんにしか見えない。
「え?」
俺はドルガスの後ろに立っていた人物に驚き、思わず声を上げた。
「また会ったな轟電次郎」
ロングパーマの黒髪、知的な眼鏡、そして色気のある白衣のすきまから見える胸元。
「……ライオネット、先生?」
間違いない。学園で講師をしていた、ステラの師匠でもある、あのライオネットだ。
「な、なんでここに先生が?」
「まぁ色々あってな、わたしも研究者の端くれだとでも言っておこう」
知り合いの顔に、俺は思わず胸を撫でおろした。心強い。まさか、ここで知ってる人に出会えるとは。




