学園編㊵
「電次郎さん、思い出してくれますかね、精神干渉ゾーンの突破方法」
「あんだけ、スイにゃんが言ったから大丈夫だにゃん」
「アニキが忘れるわけないじゃないか」
「怪しいですわね」
また、みんなの声が聞こえた……と思ったら、耳に無線機付いてたの忘れてた。
どうりで観客席に居るはずのみんなの声が鮮明に聞こえるわけだ……そして精神干渉ゾーンの突破方法も忘れてた。
確か、現実世界の声を届け続ければ正気に戻るってことだよな……でも俺がずっと声かけてるのにステラは目を覚まさない。
一体どうすれば……って、なんだコレ。
ステラの服のポケットに何かが入っている。これは……俺があげたボイスレコーダーだ。
そうだ、これを使えば……。
俺はボイスレコーダーの録音データ再生ボタンを押した。
『──あぁ、おばあちゃん、焦らなくていいから。落ち着いてゆっくり話してごらん』
なんだこれ、俺の声じゃねぇか。直近のステラ自身の声を聞かせてやれば正気に戻るかもって思ったけど。
こりゃあ、俺が昔、近所のおばあちゃんと話してた時のデータだな。
『冷蔵庫の調子が悪い? んじゃ、今から行くから、待っててよ。え? ああ、いいよいいよ金なんてさ、俺もおばあちゃんと話したかったしね。そうだ、良い物仕入れたんだよ、おばあちゃんも一人じゃつまんねぇだろ? 無料お試し期間っつーことでさ。楽しみに待っててくれよな』
こんときはポータブル多機能プレイヤー持って行ったんだっけか、胡散臭い通販番組で見つけたヤツだったな。結局、使わなくって返却されたけど。
って、懐かしさに浸ってると、画面の霧が揺れて、ステラの指先が、ぴくりと動いた。
『……ねえ、壊れたからって捨てるの、ちょっと待ってみようよ。本当に使えないかどうか、一緒に確かめてみないか?』
あれ? また音声データの内容が変わったな。
『……たしかに、物には心なんてないかもしれないけどな、でも、それでも俺は思うんだ。
たとえ壊れてしまっても、うまく動かなくなっても、その存在を“今の気分”で切り捨てたくはない。
目の前の都合や数字だけで、価値を決めるのは、きっと間違ってる。
今はまだ子供だから、そう言われてもピンとこないかもしれないけどさ……
大人になったとき、もし何かを捨てたくなるほど辛いことがあったら、思い出してほしい。
“いまここにある”ってことだけで、充分すごいってことを。
壊れたって、うまくできなくたって、その人や物がそこに居てくれた“時間”だけは、本物なんだ。
どうか、それだけは忘れないでくれよな』
これは、子供たちのおもちゃを修理してあげた時のデータか……聞き返すとこっ恥ずかしいな、なんで録音してたんだろ。切り忘れか?
『……負けたら終わり? 勝たなきゃ意味がない?
そんなふうに思いつめたら、誰も立ち上がれなくなる。
倒れたっていいんだよ。悔しくても、怖くても、負けても……
生きてる限り、また立ち上がれる。
だから大事なのは、勝つことじゃなくて、“楽しむこと”。
生きて、帰って、また誰かと笑えること。
それが、ほんとうの勝ちだ』
今度は、あれか、サバゲー好きな大学生のあんちゃんと話してた時のデータか……こりゃ黒歴史ってやつだな、あとで全部消させてもらおう。
『……誰にも必要とされなきゃ、意味なんてないって──
そう思っちまうことも、あるよな。
でもな、たとえ今、誰にも合図されなくても。
誰にも「お前がいてよかった」って言われなくても。
それでも、その場に踏みとどまってるってことはさ──
きっと、まだ終わっちゃいけないって、自分が知ってるからなんだよ。
撃たれたら終わり。
でも、終わらなかったってことは……
誰かを守れたかもしれないし、誰かの視線の先で光になれてたのかもしれない。
だから……忘れんなよ。
立ち止まってる“今”だって、意味はある。
君がそこにいるだけで、
もう誰かの、希望になってんだからさ』
……おっさん、なにを語ってんだよ。もう無理、ボイスレコーダー作戦は終了だ。
「……ぅ……」
電源を落とした瞬間。背中から、微かに声が漏れる。
「ステラっ、気が付いたか?」
ステラは、俺の背中にぎゅっとしがみついてきた。
それと同時にあったかいものが首筋を伝うのが分かった。
「……もう少しだけ、こうしていても……いいですか」
「お、おお。しっかり掴まってろよ、このままゴールまで突っ走ってやる」
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