転生編⑥
♦-/-/-//-/-ボルトリア騎士団:副団長クレア・ヴォルト視点/--/-/-/--/♦
コイルの村に到着した時点で、私はある程度の予測を立てていた。
それは、コイルの村から発せられる魔力の渦にある。
フリッツもそうだが、鍛錬を怠っている者、魔力に精通していない者には感知できないかもしれないが、これだけ強大な魔力を制御もせず垂れ流していれば、危険この上ない。
おそらく、あの魔道具を使ったのも、そいつだろう。
一体どんな奴なんだ?
まさか、魔物か?
いや、もしかすると──もう既に、コイルの村は魔物によって……。
「急ぐぞ、フリッツ!」
「へ? どうかしたんですか?」
「村が魔物の危険に晒されている可能性がある。あるいは魔王軍の残党かもしれん……」
「魔王軍? 勇者ジオ・ヒューズの制圧で、あいつら大人しくしてるはずじゃ?」
「大人しくなっているだけだ。またいつ動き出すか分からん。用心するに越したことはない」
この嫌な予感が、ただの杞憂であればいいが……。
村に着いた私は、愕然とした。
「まったくもって平和そうですね、副団長」
フリッツの皮肉めいた声が耳に付いた。
確かに、村は平和そのもの。いや、むしろ他の村よりも活気に満ちている。
どうしてだ?
「おいコラ、ガキどもぉー、エルナん家を汚すんじゃないよー。まったく……。まぁ楽しいのは良いことなんだけどさぁ、掃除する身にもなってくれよなぁ」
そんな嘆きが聞こえた方に目を向けると、一人の男が魔法を使った。
しかも、かなり高度な召喚魔法だ。
何もない空間から現れた“それ”は、子供たちが汚した家の前のウッドデッキを、みるみるうちに綺麗にしていく。
まるで、泥を吸い取るように──いや、実際に吸っていた。
素晴らしい魔道具だ……家に一台欲しいくらいだ。
──いや、感心している場合ではない。
あいつだ。
魔力を垂れ流している張本人。
「失礼、あなたはこの村の住人ですか?」
角が立たないように、静かに尋ねる。
「へ? 俺……違うけど」
男の年齢は、中年よりやや若く見える。かつて鍛えていた名残か、がっしりした肩幅に、やや緩みのある体型。 顎には整えられた髭。柔らかな目元には、不思議と安心感がある。 まるで、どこかで会ったことがあるような。そう、例えるなら近所のおじさんのような懐かしさすら感じさせた。
「では、どこから来た」
魔物が人間に化けている可能性もある。返答次第では、この場で──。
「えーと、地球ってとこから来たけど……わかんねぇよな。俺だってまだよく分かってねぇんだよ。すまねーな、ねーちゃん」
チキュウ? 聞いたことのない地名だ。
嘘をついているようには見えない。少なくとも、魔王領ではなさそうだ。
「ここで何をしている?」
「何って、飯食って、働いて、寝てるだけだよ。あ、そうだ。おにぎり余ってるけど、食うか? ってあれ? ねーちゃん誰だっけ? 会ってない村の人、まだいたんだな」
おにぎり? この白いふわふわした物体を食べるというのか?
「おっちゃん、それ俺が食べるー!」
近くで遊んでいた子供が、おにぎりを奪って口に放り込んだ。
実に美味しそうに食べている。大丈夫なのか……?
ぐぅぅ~。
──しまった。王都を出てから、まだ何も口にしていなかった。
「……まだあるぞ、ねーちゃん。どうだ? うめーぞ、俺の塩にぎりは」
くっ、なんという香り……。
粒の一つ一つが艶やかで、宝石のように輝いている。
子供が食べても平気そうだ。ならば……。
「かたじけない」
「おいおい、大丈夫かよ副団長……ったく不用心なとこあるよな~」
フリッツの小言を無視した。
私は人間だ。そして空腹では、いざというときに動けない。
おにぎりとやらを、恐る恐る口に運んだ。
「うっ……」
「どうだ? うめぇだろ?」
──なんという味だ。
これまでの人生で味わったことのない、美味。
口いっぱいに広がる甘み、そして後からじんわりくる塩気。
それらが見事に調和し、私の味覚は崩壊していく。
この男、一体何者なのだ。
汚れを一瞬で一掃し、信じられないほど美味しい料理を作り出す。
……こんな男が私の伴侶なら、家のことを任せて、私は騎士道に専念できる──
いかん、副団長としてあるまじき妄想だ。
私の心を乱す不届き者め。
「きゃああああっ!」
──そのとき、村の奥から悲鳴が響いた。
仲間がいたか? 正体を現したな、魔物め──!
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