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しがない電気屋のおっさん、異世界で家電召喚ライフしてたら民から神格化され魔王から狙われる  作者: 長月 鳥


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学園編㊱

 風のない夜。

 エルグラッドの結界の外側。そこは、空間さえも静止したかのような沈黙に包まれていた。

 月だけが、木々の隙間から銀色の光を差し込み、地面に斑な影を落としている。

 人目を避けるには、これ以上ない場所。魔導学園都市の監視の目が届かぬ、森の奥──。


 「──やはり、奴はここに居たか」

 漆黒の外套を翻しながら、インスーラが冷たい声で言った。

 その瞳は獣のように鋭く、感情の起伏を一切見せない氷のような理性に支配されていた。


 「間違いないね。あんたらが探してる“特異点”ってやつさ」

 木の幹に背を預けたまま、ライオネットは口元だけで笑う。まるですべてを見透かしているような調子だった。


 「魔王様は、あの男を所望しておられる」

 インスーラの声には、威圧よりも確信があった。もはや“選択”ではなく“命令”という響きを帯びている。


 「“魔力に干渉されない電力”を持つ特異体……確かに、興味深い素材だね。ただ、少々目立ちすぎる」

 ライオネットは薄く目を細め、木の葉を払った。

 彼女の脳裏には、次々と家電を生み出しては周囲を笑顔に変える電次郎の姿がよぎっていた。


 「我らもすぐに動きたいが、ここの結界は厄介だ。下手に手出しすれば反転障壁が働く」

 インスーラは森の奥を見やる。視線の先には、今もなお霧のように漂う魔導結界の気配があった。

 彼の胸中には、この学園を制圧できないかという思惑が、かすかに、しかし確実に燻っていた。

 この学園さえ落とせば、未来ある魔導士たちも、未知の技術もすべて魔王軍の手に落ちる。

 だが、それを表に出すほど愚かではない。ライオネットという“情報屋”を手放すつもりはなかった。


 「なんとかして、学園の外に連れ出してくれないか? 礼はする。貴殿が欲しがっていた“実験に使える魔物”──あれを幾体か、手配してやろう」

 「魔物ね……」

 しばらくの沈黙。夜風が二人の間を抜けていく。


 「悪くない取引ではあるけどさ。それだけじゃ足りないんだ。魔物を飼うにも、調べるにも、研究資金がいる。ボルトリア王国からの“仕送り”も期待できなくなった」

 ライオネットは小さくため息をつく。だがその表情に焦りはなかった。


 彼女には彼女なりの計画がある。電次郎は“素材”であると同時に、“鍵”でもある。

 魔王軍の手などに渡すつもりは、毛頭ない。

 魔王が欲しがるほどの存在なら、なおさら──自らの手で、解明し尽くす価値がある。


 「足りぬものがあるなら、魔王様に相談しよう」

 インスーラは一歩、こちらへ踏み込んだ。言葉というより、通告に近い低さだった。

 「ただし……我々は君の裏切りを許さない。電次郎は“王”のものだ。分かっているな?」

 「ふふ……あんた、私を誰だと思ってるんだい? 私は研究者だよ。“結果”が最優先なんだ」

 ライオネットは皮肉げに口角を上げた。だが、その瞳は笑っていない。


 「ただ──“素材”が他人の手に渡るのは、少しだけ惜しいと思ってるだけさ」

 その一言に、インスーラの目がわずかに細くなった。


 互いに利用し合っている。ただ、それ以上でも、それ以下でもない。

 月光がライオネットの眼鏡の奥を照らし、白く反射した。

 まるで夜鳥の眼のように、静かに、鋭く。


 「どこまで信用していいか、分からんな」

 インスーラが吐き捨てるように言った。

 「それは、こっちのセリフだよ」

 ライオネットは笑みを崩さずに応じる。


 森の中に再び沈黙が満ちた。

 二人は互いに背を向け、別々の闇へと音もなく歩き出す。


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