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転生編⑤

 もっと恩返しがしたい──そう思ったのは、体が元気になって村の中を歩けるようになってきた頃だった。


 言葉も通じるようになり、もう翻訳機を使わなくても村の連中ともそれなりに話せるようになったから、みんな気軽に手伝いの依頼とか悩みを相談するようになってくれた。

 

 けど、力仕事はまだ無理だし、魔法といっても俺の“家電召喚”は地味っちゃ地味だ。

 あまりポコポコ召喚してると、怖がられるし——

 「せめて、何か喜ばれるもんがあればな……」


 そんなある日。

 パンばっかの食事に飽きてきて、妙に和食が恋しくなった俺は、台所でパンの材料として使われている小麦粉っぽい物と一緒に保管されていた、米みたいな小粒の穀物を見つけた。


 「……これ、見た目は完全に米じゃねぇか?」

 聞けば、パン用に粉にして使っているが、そのまま炊いても固すぎて不評とのこと。


 「だったら──炊いてみるか?」

 俺はこっそり、自分の部屋で“とっておき”の家電を召喚した。

 某・大手家電メーカーの、ちょっといい炊飯器だ。


 「電源、供給……っと」

 俺の掌から、コードを通して魔力──いや、電力が流れ込む。


 ……とはいえ、これがけっこう大変だった。

 高級モデルとはいえ、早炊きでも三十分。

 その間、ずっとコードを握ってなきゃいけないのだ。


 「いやいや、こんなん不便すぎるだろ……」

 手はしびれるし、暇だし、飯ひとつ炊くにも労力が要るってのが、妙に現実的すぎる異世界生活だな。魔法ってもっと便利なものだと思ってたのに残念な感じだ。


 しょうがないからエルナとこの世界の歴史の勉強をしながら待つことにした。


 そして、ふんわりと、炊きたての香りが立ち上ってきた。

 「……なんか旨そうな匂いがしてきた」

 「うん、なんか白いのが出てるよ、おじちゃん。大丈夫?」

 「おお、こりゃ湯気ってんだ」

 「湯気? 火も使ってないのに?」

 「そうか、エルナは湯気知ってんだな、偉いぞ」

 「えへへ」

 「この炊飯器ってのは、火を使わずに熱だけで蒸し上げる物なんだぜ」

 「えー凄いねぇ、おじちゃんなんでもできるんだ。大魔導士みたい」

 くー、ファミコンを直していた時代が蘇るぜぇ。


 「エルナやみんなの喜ぶ顔が見られるんなら、おじちゃんは大魔導士にでもなんでもなってやらぁさ」

 

 軽快なメロディーを響かせた炊飯器は、動作を止めた。

 「よし、開けるぞ」

 その中には異世界産の小粒麦──だったはずの白米のような粒が、見事に炊きあがっていた。


 「これは……なに? どうして、こんなにふわふわなの?」

 興味津々に覗き込むエルナ。


 「いやぁ、炊飯器ってのはな、元々は米を炊くための家電でな……って、米って言っても分かんねーか。こっちじゃ“白いふわふわ”って言った方が早いかもな」

 「これって食べれるの?」

 「おうよ、お母ちゃんも呼んできてくれ」

 「うん、わかった」

 エルナん家に世話になって分かったことは、エルナには父親がいないってことだ。

 なんか村の近くでゴブリンとボルトリア騎士団とかいう連中の争いに巻き込まれて死んじまったらしい。

 当時は凄く辛かったらしいけど、村のみんなのおかげで吹っ切れてきているとも言っていた。「俺にできることがあったらなんでも相談してくれよエルナ。お前は俺の先生だからな」この世界のことを色々教えてくれたエルナにはマジで感謝しているから、俺は元気付けるために、そう言ってエルナの頭をよく撫でてあげた。



 「なにこれ、おいしいっ、凄いですよ電次郎さん。これは食の革命です」

 エルナの母ちゃんは、雰囲気が元の世界の花屋のねーちゃんに似ていた。つーか、食の革命って大袈裟な、でも確かに思ってたより甘味があって元の世界より旨い気がする。

 「……なんだか、お父さんが生きてた頃を思い出すな」

 エルナがポツリと呟いた。


 「そうだね、みんなで楽しく食事を囲むと思い出すね」

 母ちゃんの言葉で、なんだかしんみりしてきてしまった。

 「え、えーと、実はこの炊飯器、ケーキなんかも焼けちゃいます」

 俺は、空気を変えようと話題を逸らした。


 「ケーキ? ってなに?」

 「ケーキってのはな、ほっぺが落ちそうになるくらいの甘~い食べ物だ」

 「そうなの?」

 エルナに笑顔が戻った。


 「電次郎さんっ、私にもください。ケーキください」

 母ちゃんも真顔で、俺に迫る。

 勢いで言ってしまった手前、引くに引けないけど、この世界で材料が揃うか不安になってきた。


 「ま、まかせろぉい。そのうちにな」

 「やったー」

 エルナが両手を挙げて、壮大にはしゃぎ始めた。

 「うふふ、おじちゃんが来てくれて良かったねエルナ」

 「うん、おじちゃん、ずっと家にいてもいーよ。服もあるし、ベッドもあるし、美味しい食べ物作ってくれるし、お母さんも嬉しそうだから。ね?」

 「……そうか」

 こそばゆいような、うれしいような。

 でも、なんとなく、ちゃんと受け止めなきゃいけない気がした。



 エルナの母ちゃんの言った通り、どうやらこの村で食の革命が起こったらしい。

 この世界の主食はパン。

 村でも毎日、石窯で焼いた堅焼きのパンが食卓に並ぶ。

 だが、そのパンの材料になる“穀物”がちょっと不思議だった。


 見た目はどう見ても、米。

 ただし普通に炊いても固くてパサパサで食えたもんじゃないらしい。


 それを今回、試しに炊飯器で炊いてみたわけだ。

 謎の穀物を丁寧に洗い、炊飯器に投入。

 俺の電力を供給してできたのは、日本の食べたどの米よりも美味い米だった。まさに大発見……俺の魔力が関係しているかもしれないとも思ったが、炊飯器に電力を供給することが出来るのは俺だけだから確かめようがない。

 まぁこまけぇことは気にしない、美味けりゃなんでもオッケーだ。


 「す、すごい……」

 村人たちは炊飯器を囲み、まるで神具でも見るような目で見つめている。


 「これは……“白い祝福”だ」

 と、なぜか長老が妙に神妙な顔でつぶやいた。


 「いやいやいや、ただの炊飯器ですって。日本じゃ、そこら中の家庭にあるんだってば……」

 けれど村の反応は想像以上だった。

 もちもちして噛むたびに甘味が広がる“ふっくらご飯”は、硬くてパサついた麦とはまったくの別物。


 「電のおじちゃん、これ……もっと食べたい!」

 「おかわりできるの!? おかわりってなに!?」


 村の子どもたちが炊飯器に群がる。

 ──なんかもう、伝説級の道具扱いになってるな、これ。


 「ただし、電力供給してるのは俺だからな? 俺が疲れて寝たら、炊けないからな? 早炊きで三十分、ずっとコードに触れてないといけねぇし」


 言いながら、思い出すのはあの炊飯中の三十分。

 指はしびれるし、腰は痛いし、途中で寝落ちしたらどうしようかと冷や冷やだった。

 それでも、湯気の向こうで笑顔になった、村の子どもたちの顔を見ていると──


 異世界でも、あったかい飯ってのは、人を幸せにするんだな。


 炊飯器を通して、村人たちと心を通わせ、みんなに笑顔で感謝されて──

 その充実感に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 そして何より、エルナに必要とされていると感じたとき、俺ははっきりと思った。


 ──ここで、第二の人生を生きていこう。


 電気屋としてじゃなくてもいい。

 ただ誰かの役に立てるなら、それで十分だ。


 

♦-/-/-//-/-/--/-/-/--/♦



 その頃、村から少し離れた草原地帯を、二人の騎士が馬で進んでいた。


 「……なあ、隊長。これ、やっぱ魔法の痕跡っすかね?」

 気だるげに言葉を投げかけるのは、フリッツ・ワット。ボルトリア騎士団の下級騎士で、明るめの髪にゆるんだ目元が特徴の若者。背丈はあるが線は細く、どこか頼りなさげな空気をまとっている。


 「明らかに自然発火じゃない。焦げ跡の中心にあったこの破片──見たことのない材質だ」

 しゃがみ込んで、金属の破片を拾い上げたのは、凛とした美貌を持つ女性騎士、クレア・ヴォルト。騎士団長にも信頼される副団長で、金髪のポニーテールが風に揺れていた。


 「それ、やっぱ“機械仕掛けの魔道具”ってやつっすか? こんなの、ボルトリアの技術じゃ無理ですよ」

 「……放ってはおけない。魔王の残滓か、それとも新たな敵の気配か」


 二人は、焦げた大地と奇妙な金属片──かつて電子レンジだった残骸を前に、しばし沈黙した。


 「この近くに村があったよな」

 「ええ。コイルの村です。数年前に一度、警備任務で来ました」

 「なら、まずはそこからだ。何か手がかりがあるかもしれない」

 「了解っす」


 クレアの眉間にはわずかな緊張の皺が寄っていた。


 ──なにか、胸騒ぎがする。


 二人の騎士は、馬の腹を軽く蹴り、草原を駆け抜けていった。




______________________


お読みいただき、ありがとうございます。

みなさまの応援やブックマークが、電次郎のやる気スイッチに直結しております。

これからも、さまざまな家電を駆使して活躍する電次郎を、どうぞよろしくお願いいたします。


【追記】あちらの世界でも企業案件、随時承り中です。


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