学園編⑯
噂は思った以上に広まっていた。
「おじさんの魔道具って危ないんでしょ?」「トレスが倒れたのも、あの魔道具のせいなんだって?」「なんか胡散臭いと思ってたんだよな」
そんな声が、教室のあちこちから聞こえてくる。直接言われなくても、視線が刺さる。
でも、いいさ、大丈夫。こんなのは慣れっこだ。
家電にも初期不良は少なからずある。それが例え俺のせいじゃないとしても、買ってくれたお客さんが残念な気持ちにならないようにケアするのも電気屋の仕事だった。
直すのはメーカーの仕事だが、お客さんの信頼を回復するのは俺の仕事だ。そこは十分に理解している。なにをすればいいのかもな──。
「さぁ、さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、これが巷で噂のコーヒーメーカー。このドリップ感は、そこいらのコーヒーじゃ味わえない。どうだい先生方、この色、この香り、味合わなくちゃ死んでも死にきれねぇってもんだぜ」
「次にご紹介するのは食器洗浄機! 皿も茶碗も、おまけにフライパンまでピカピカにしちまう。面倒な後片付けとは、今日でおさらばってわけだ」
「そしてお次はスチームアイロン! しわくちゃなシャツだってあっという間に元通り。デート前でも任せてくれ、シワ一つないキメ顔シャツにしてやるぜ」
「こいつはドライヤー。風の力と温もりを兼ね備えた髪の救世主。濡れた髪も速攻でふわっふわになる代物だ。一度経験したら手放せなくなるぜ」
「そんでこれが冷蔵庫! これにゃ魔物も凍りつく! 野菜も果物もしゃっきしゃき! まさに食材のタイムカプセルってやつさ」
俺は、そうやって、来る日も来る日も、校庭近くで昭和世代真っ青な実演販売を繰り返した。もちろん実際に売るってことはできないけど、実際に味わってもらって、使ってもらえば、家電の信頼は回復していく……今までだってそうだったんだから、今回だって──そう思っていた。
「こんなもん飲めるか」
「あの三角の物体……触ると火傷するんだって」
「髪を乾かすとか言ってるけど、風魔法で十分だよな」
「ただのデカい保管箱だろ? いるかよそんなの」
誰も相手にしてくれなかった。
しだいに俺の周りから人が居なくなり、置いておいた家電は知らぬ間に壊された。
それでも俺は止めなかった。
一瞬で失われた信頼を取り戻すのは、並大抵の努力じゃ足りないってのは知っている。
だから俺は、どんなに時間がかかってもやり遂げてみせる。
♦-/-/-//-/-スイラン視点/--/-/-/--/♦
電次郎さんは、トレスがあの魔道具を使う前に、僕が触れていたことを見ていたにも拘らず。僕を責めることをしなかった……それどころか疑うことさえも……。
そして、人に笑われても、貶されても、冷たい視線を浴びて避けられても、魔道具を宣伝し続けた。
もう、そんな魔道具出さなくたっていいじゃないですか? と引き留めたけど。
「みんなが楽しくなければ家電じゃねぇんだ」と、笑って返した。
誰のせいにしようともせず、ただひたすらに汗水を流して信頼を回復しようとしている。ただ、前だけをみて動き続けている。
僕はいつの間にか、唇を強く噛んでいることに気付いた。
あの日、ちょっとした悪戯のつもりだった。 ほんの少し、あのトレスに、昔の自分の苦しみを味あわせたかっただけだった。
今はそのトレスでさえ、電次郎さんを無視し「スイラン、お前もあいつと関わらない方がいい」と肩を叩いてきた。 ──僕は、黙って頷くことしかできなかった。
ここで僕が「やったのは自分だ」と言えば、また虐められる。 ……いや、それだけじゃない。学校にいられなくなるかもしれない。
僕の家は貧しい。 でも、魔法の才能があると分かった時、両親は喜んでくれた。 借金をしてまで、この学園に通わせてくれた。 ──その思いを、裏切るわけにはいかない。
だから僕は、傍観者になることを選んだ。家電を出しては無視され、壊され、馬鹿にされる──それでも電次郎さんは諦めなかった。
僕には、疲れ切って横になる電次郎さんに声を掛けてあげることしかできなかった。
頑張っている電次郎さんを見ていると、ほんとうにいつかやってくれそうな気がした。また、みんなが電次郎さんの魔道具で笑顔になってくれるんじゃないかって思えた。
……そんなある日、廊下の隅で先生たちの会話を耳にした。
「電次郎の処分を検討せねばな」
「退学……でしょうか?」
「妥当だろうな。危険な道具を広めるわけにはいかん」
目の前が、真っ暗になった。




