学園編⑪
「ようこそ、轟電次郎くん」
研究室の扉をくぐると、そこには白衣に身を包んだ女性講師が立っていた。この人がライオネット先生か……ロングパーマの黒髪、知的な眼鏡、そして白衣の隙間から見える胸元がなんだか、目のやり場に困るレベル。
「お噂はかねがね……って、先生ってこんな美人だったのか……」
思わず鼻の下が伸びた瞬間──足元に鈍い痛み。
「いっ」
隣にいたステラが無言で俺の足を踏んでいた。
「気をつけてください、先生の前ですよ」
……怒られた。なんで?
「それで、あなたが異世界から来た“電気使い”ね」
ライオネット先生の目が一気に鋭くなる。 その視線に思わず背筋が伸びた。
「はい、よくご存じで。まぁ電気使いというか、家電使いというか……本当は電気屋なんですけど……まあ、俺自身もよく分かってないし、電力が漏れ漏れらしいので困っています」
「電気、電力、家電……ねぇ」
なんだか嬉しそうだ。やっぱり研究者体質なのかな? 俺も新しい家電を見ると嬉しくなるからな、親近感湧くよ。
「その電気とやらは具体的にどうやって発生させているの?」
「えっと、無意識っていうか、念じるというか……分かんないですね」
「無意識? 私が一番嫌いな言葉ね、話にならないわ」
機嫌を悪くさせてしまったか……電気ってエネルギーを見せることができればいいのかな? って思ってたら、ふとテーブルの上の果物盛り合わせが目に留まった。その中に、どう見てもレモンのような果物がある。
「これは? 果物ですか?」俺はそれを指差して聞いた。
「ああ、これはただのレモンだが? 生徒の差し入れだ」
あ、やっぱりレモンなんだ。生徒人気も本当なんだな……って果物盛り合わせの横に無造作に置いてある残骸も視界に入った。
「これって……俺の美顔スチーマー?」
俺は、そう言いながらステラの顔を覗き込んだ。
「あっ……」
ステラは慌てて顔を逸らす。
「ああ、すまんな。私がやったんだ、研究の一環だ。安心しろ学校側が弁償する」
「先生……」
ステラは泣きそうな顔で、ライオネット先生を見た。壊したのはステラか?
「ああ、大丈夫ですよ、壊れてもまた出せますし」
それに好都合だ。レモンが目に入ったときに、ある実験を見せてやろうと思っていたからな。壊れたスチーマーの部品があれば電気を再現できるかもしれない。
「それに、電気ってエネルギーを見せられるかもしれません。ちょっとした実験してもいいですか?」
「ほう、どんな実験だ?」
ライオネット先生の機嫌が治ったようだ。久しぶりにレモン電池の実験をしてみよう。懐かしいな、昔はよく近所の子供たちを集めて、やったもんだ。「電気屋さん魔法使いみたいだ」って目を輝かせていたっけ。
電気の存在を知らない人からみたら、魔法って思われても遜色ないよな。
よしっ、と気合を入れて美顔スチーマーから配線や銅板、亜鉛が使われていそうな合金を取り出し、レモンを割って、スチーマーの電源で使われていたLEDを接続した。
「よし、これで割ったレモンを配線で繋げば、電気が発生してLEDが点灯すると思います。あ~、でも俺が触れたら俺からの電流で勝手に光っちゃうかもしれないので、ステラか先生のどっちかがやってみて下さい」
「レモンを媒介とするというのか? どういった原理だ? レモンはただの食べ物だぞ?」
「レモン果汁には酸が含まれてて、それと種類の異なる金属を繋げると化学反応を起こし、酸性の果汁が電解質になって、電子が移動することで電気が発生するんですよ」
昔、近所の子供たちがこの話を聞いて興味津々だったのを思い出す。
「電子……また新たな単位が出てきたようだな。よし、ステラ早くやってみろ」
「え?」とステラが顔を上げ、ライオネット先生の顔色を伺った。
「わ、わかりました……」
ステラがあからさまに緊張しながら頷き、手を少し震わせながら配線を繋いだ。
分かるよ、最初は怖いよな。でも、その分LEDが光ったときの感動が凄いんだぜ──。
──って、光らない。
「……あれ?」
何度やっても、LEDは沈黙したままだ。
「騙したのか?」
またライオネット先生が不機嫌になった。
マジかよ、なんで光らない? これやっぱりレモンじゃないのか……いや、味わってみたが、どう考えてもレモンの酸っぱさだ。じゃあ、なんで?
いや、待てよ。そういえば俺が召喚した乾電池やリチウムイオン電池入りの家電も俺が触れないと動作しなかったよな……あんま深く考えなかったけど、これって……。
「もしかして、この世界って電子って粒子がない? のか?」
いや、ありえるのかそんなこと……。
「電子という粒子? 興味深い言葉ではあるが、再現性の無いモノは信じようがないな」
ライオネット先生が腕を組んで考え込み、ステラは不安そうに俺の様子を見つめていた。
ちょっと大問題だぞ、コレ……俺の異世界での電気屋人生が終わる可能性すらある。
 




