学園編⑩
昼休み、寮の部屋に戻るとスイランが机に座ってノートを広げていた。 俺が置いといた扇風機を見ていたっぽいけど、どうしたんだろう? って思ってたら、そわそわしながら声をかけてきた。
「電次郎さん、あの……ステラさんには気をつけた方がいいですよ」
「急にどした? 俺とステラが話してたこと見てたのか?」
スイランは少しだけ顔を伏せて、言葉を選びながら話し始めた。
「ステラさんが仕えているライオネット先生って、ご存知ですか? 学園で人気の講師ですけど……裏ではちょっと、噂がありまして」
「どんな噂だ?」
「研究と称して生徒を実験に使ってるとか、過去に行方不明になった人がいるとか……。あくまで噂ですが、火のないところに煙は立たないといいますし」
「……マジか」
ステラが? あの“轟電次郎日記♡”の持ち主が?
「見た目は真面目で、いい子そうだけどな……。日記にハートついてたし」
「え?」
「いや、なんでもない」
スイランは小さく咳払いして、少し話題を変えるように続けた。
「……それと、電次郎さん。戦いに使えそうな家電って、ないんですか?」
「ん? なんでそんなことを?」
「いえ……ただ、もしもの時に、何か役に立つものがあればって……」
スイランはいつものように笑っていたが、どこか目が笑っていないような気がした。
今日はいつになく挙動不審な気がする。だが、まぁ戦うのは苦手みたいだから、道具に頼りたくなるのはよく分かるよ。俺もそうだしな。
「いまのところ戦闘では、スタンガンが一番有効だな」
「スタンガンですか?」
「そう、スイッチ入れるとビリビリって高電圧を発生させ、相手の動きを止めたり、気絶させたりできるものだ」
「コウデンアツ? ってなんですか?」
「電圧ってのは、電気を流そうとする力のこと」
スイランは首を傾げた。電化製品のない世界では説明が難しいな。
「魔力でいうと、“ものすごく圧縮された魔力を一気に流す”ようなもんだな」
「なるほど、つまり雷魔法の一種ってことですか?」
「う~ん、どうだろうな。俺は雷魔法がどんなのか分かんねぇから」
そういやクレアも言ってたな、俺は雷系統の魔法使いだって。実感ないけど。
「電次郎さん、雷魔法を使えるのに、どんな効果か分からないんですか?」と、言ったあと、スイランは人差し指を立て、なにかを唱えた。
「これです」
スイランの指先にバチバチと黄色く小さな稲妻のような物が見えた。
「へ~、やっぱり、ちっちゃい雷みたいなもんなんだな。何ボルトくらあるんだ?」
「ボルトって単位ですか? 聞いたことないですけど、魔法の強さなら調整できますよ」
「そうなの?」
「ええ」って言って、スイランは指先の稲妻を俺に押しあてた。
「うおっ」
ビックリして身構えたが、そんなにビリビリしない。
「雷魔法は、威力よりも見た目重視ですからね」
「そうなんだ。じゃあ弱いってこと?」
弱かったらちょっとガッカリだな。
「魔法っていうのは概念の強さですからね、強い弱いは使う人の精神力に比例しますよ。見た目や名前は飾りみたいなものです」
「飾り?」
「ええ、炎も氷も雷も魔力によって具現化、放出されるマナの塊ですから」
「ふ~ん」
よく分らんけど、ファンタジーっぽいな。
「え? じゃあ、弱めの雷魔法をあてれば俺の家電も動くんじゃないか?」
「やってみましょう」
──ダメだった。扇風機はただ壊れただけだ。
スイランに使ってもらって分かったけど、雷魔法って全然電気っぽくないんだよな。やっぱり違う原理なのかな?
せっかく便利な家電を出しても俺しか使えないんじゃ意味ないから、どうにかして電気を再現したいんだけど。
コンコンコン。
あれこれ考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」と、ドアを開けると、そこにはステラが立っていた。
「……こ、こんにちは」
「お、おう。どうした?」
そういやミキサーとスチーマー貸してたっけ? 返しにきてくれたのかな?
「あの、その、わたしと一緒に来てくれませんか?」
「へ? どこへ?」
「ご主人様……いえ、ライオネット先生があなたに用事があるそうで」
「ライオネット……」
噂をすればなんとやらか……俺がスイランの方をみやると、首を横に振って応えてくれた。
「わ、悪いな、面識もないし。用事ってやつがなんなのか知らないと」
「電力のことについてです」
電力……異世界に来て初めて俺以外から、その話題を振られた気がする。
「あなたの力になれるかもしれないと……先生が言っています」
なるほど、ミカちゃんの師匠が使えないのなら、やっぱり他の先生に頼むのが手っ取り早いと思っていたから好都合だ。
「ちょっと行ってくるよスイラン」
「本気ですか?」
「話を聞いてくるだけだ」
「そうですか、じゃあ僕も行きます」
ありがたいな、頼もしいルームメイトで助かるよ。でも──。
「帰りが遅かったら誰か呼んでくれ。二人で捕まったらそれこそ危険だからな」
そう耳打ちすると、スイランは静かに頷いた。




