学園編⑧
学園に来て、一週間──。
そろそろインスーラが、俺のことを探しにボルトリアへ行っているころか。
ドローンをどこまでも飛ばせることが分かったから、ボルトリアへも何度か向かわせたけど、何かにぶつかって辿り着けないんだよな……ミカちゃんたち大丈夫だろうか。
「お守がおらんから結界に集中できる。クレアもサンダルもおるんじゃ、王都はなんの心配もいらんよ」って言ってたけど、ちょっと心配だ──
心配している暇があったら、鍛錬せぇ、って言われそうだけどな。
「部屋には慣れましたか?」
悶々としている俺を気遣ってか、スイランが話しかけてきた。
学園は基本的に寮生活で、ランクの低いクラスはルームシェアとなっている。スイランは俺のルームメイトだ。
丁度、空きがあったからって、こんなおっさんと一緒の生活を名乗り出てくれるなんて、なんて良い子なんだろうと思った。
最初はおどおどしていたけど、トレスが大人しくなったからだろうか、最近は良く笑う様になった気がする。料理も掃除も得意、俺の家電にも興味津々だ。部屋は広いし、なかなか快適な学園生活を送っている。
ミカちゃんの師匠にも接触した。
名前はセレン。 やっぱりエルフ族で、年齢は──噂によると三百歳近いらしい。
「昔は“賢者セレン”って呼ばれてたらしいっすよ」とトレスが言ってた。 だが、今ではやる気ゼロのおじいちゃん。
教室に来ても「今日は自習だ」と言って、そのまま魔導書を枕に昼寝してるのが日課になりつつある。
生徒たちは呆れつつも、セレンが本気を出した時の“とんでもなさ”を知っているらしく、妙に逆らわない。
電力の制御方法を聞いたけど「興味ない」って、一方的に門前払いされるだけだし、どうしたもんか。
──まぁ、聞けばここの講師は凄い人たちばかりらしいから、セレンの他に力になってくれそうな人を見つけるしかないかな。
そんなこんなで、少しずつこの学園での暮らしが形になりつつあった矢先──。
寮の廊下を歩いていたら、誰かが走ってきて、ドンとぶつかった。
「わっ……す、すみませんっ……!」
小さな声とともに、地面にバラバラと教科書やノートが落ちる。
その中の一冊に、見覚えのある名前が──『轟電次郎日記♡』。
「……日記?」
背筋がぞくりとした。
この子、確かうちのクラスの女の子……たしか名前はステラ。
メガネが隠れるくらいの淡い紫の長い髪が印象的でおとなしそうな感じで、いつも熱心になにかを書き留めている子……。
その子が俺の観察日記? しかもハート付き……。
「す、すいません」
ステラはノートを拾い上げると、走り去って行った……と、思ったら小走りで戻ってきた。
「あ、あの、お願いがあるんですけど」
顔を上げずに小さな声だった。
「な、なんでしょう」
「魔道具をひとつ、お借りできませんか?」
「魔道具? ああ、家電のこと? いいけど、俺が持ってないと動かないよ?」
「構いません」
「一応、理由を聞いてもいい?」
その問いに、ステラは一瞬だけこちらを見上げた。メガネ越しの視線は揺れていたが──次の瞬間、彼女はスイッチが入ったかのように語り出した。
「前回お使いになっていたスムージーミキサー。あの構造と稼働音、そして冷却魔力を使用せずに果実を滑らかに撹拌する力は異常です。刃の回転数と出力を魔力なしで制御できるなんて……魔道具の設計者が聞いたら卒倒します」
なるほど、家電に興味ありってことか。
「それに、美顔スチーム──あれは魔力の圧縮蒸気でもなく、純粋な水の粒子を加熱して気化させていたんですよね? 肌に触れたときのしっとり感、温度と湿度のバランス……あれはライオネット先生が喉から杖が出るほど欲しがるはずです」
ライオネット先生?
「極めつけは、ドローン。あの飛行速度、制御可能な距離、映像伝送の安定性、魔力干渉を受けない通信手段……私、正直、震えました」
「お、おう……」
ステラは小さな身体で真剣に語り続けていたが、気づけば自分の話しぶりにふっと我に返ったようで、口を押さえて目をそらした。
「……すみません、つい」
“つい”で済ませていいレベルじゃねぇ観察力だな……でも、俺の家電を異世界視点で分析すれば、もしかしたら電力と魔力の違いや、漏れ漏れの俺の電力の解明につながるかもしれんな。
俺はステラの頼みを聞き入れてスムージーミキサーと美顔スチーマーを貸し出した。




