学園編⑦
♦-/-/-//-/-王都ボルトリア/--/-/-/--/♦
月のない夜、空気はひときわ冷たかった。
電次郎が旅立ってから七日目。ただならぬ気配を感じたミカは、城のバルコニーへと赴いた。
すると、ミカを待っていたように、ゆらりと影が現れる。
黒い外套、深く被ったフードの奥に光る金の双眸──魔王軍幹部、インスーラ。
「電次郎が居ないようだが……始末したのか?」
その問いに、ミカは一瞬黙し、そしてわずかに目を伏せて答えた。
「……あやつは、死んだ」
「ほう……?」
インスーラはフードの奥で笑ったように見えた。 そして足元に、黒焦げた金属片を放り投げる。
「ここ数日、王都近郊の空で何度もこいつを見かけた。我が軍の魔物に撃ち落とさせていたが……これは奴のものではないのか?」
ミカが見下ろすと、それは──ドローンの破片だった。
「……あの、バカ者……」
ミカは小さく舌打ちした。
インスーラは冷たく笑う。
「どこに隠したか分からんが、必ず見つけ出す。……その時、嗤うのは我ら魔族か、あるいは……死によって幕を引くか、どちらにせよ──もうここに用はない」
「くっ……電のじはやらせんぞ。あれはこの世界の未来じゃ」
「ではどうする? かつて我々を追い込んだお前も、いまや鳥かごの鳥。……せいぜい檻の中で、余生を楽しむといい」
漆黒の風とともに、インスーラは窓を突き抜けて去っていった。
ミカは拳を握りしめ、ぽつりと呟いた。
「電のじ……その力を制御するんじゃ。でなければ……守りきれんぞ……」
吐き出すようなその声は、静まり返った室内に沈んでいく。 窓の外では、風が遠くで唸り、魔物の気配が夜空に残る。
ミカは窓際に立ち、崩れかけたドローンの破片をそっと拾い上げた。
手のひらの中で、それはまだ微かにぬくもりを帯びていた。
目を閉じたミカの唇に、ふっと微笑が浮かぶ。
人を殺すためでなく、人を笑わせる道具を生み出し、広めているかもしれない……想像するだけで、ミカの焦りは消え、胸が少し暖かくなったのを感じた。
「……信じておるぞ」
ドローンの破片を胸元に抱え、ミカは静かに部屋の奥へと歩みを進めた。
♦-/-/-//-/-学園内部/--/-/-/--/♦
誰にも気づかれないように、少女はノートの端をそっとめくった。
“魔道具名称ドローン。飛行距離:約2時間。想定限界を超過。映像鮮明、音声乱れなし。魔力供給:轟電次郎”
ページの余白に、赤ペンで二重線を引いておく。
──異常だ。
「あれほどの遠隔操作魔法は、聞いたことがない」
そう呟いたのはステラ・ヒューズ。地味で口数の少ない少女で、常にノートを持ち歩き、周囲を観察しては黙々と記録を取り続けるタイプの生徒。
電次郎のクラスメイトである彼女はずっと“観察”をしていた。
──観察対象の名は、轟電次郎。
ノートを閉じたステラは立ち上がる。この情報は、すぐに“ご主人”のもとへ届けなければならない。
学園の地下にある研究棟。昼でも薄暗く、ほとんどの生徒が立ち入らないその一角に、ステラは足を踏み入れる。
講師ライオネット。学園内でもっとも美しく、そしてもっとも危険な存在。 豊満な体を包む白衣、眼鏡の奥に光る冷たい瞳、艶やかなロングパーマ。年齢は三十代半ばと噂されるが、その知性と色気は“魔女”という言葉が最もしっくりくる。
表向きは人気講師。しかし裏では、非公認の人体実験を行っているという黒い噂もあった。
ステラは、そんなライオネットを“ご主人”と呼び、密かに情報を運ぶ役目を負っている。 本人は忠実な観察係として動いているつもりだったが、その目に宿る忠誠は、もはや崇拝に近かった。
「報告に参りました」
扉を開け、ステラは深く頭を下げる。
奥の机に腰掛けていたライオネットが、書類の山から顔を上げる。
「……ドローン通信の件ね」
──すでに察していたようだった。
「面白い子ね、あのおじさん。魔力と干渉しない“力”を、自然に使いこなしている。普通じゃありえないわ」
「はい。魔道具には、どこにも“媒介”が存在していません。魔力波への影響も皆無で、通信が安定して──」
「結論だけでいいわ、ステラ」
ライオネットは手を軽く振った。
「……あのおじさんの魔力……いえ、魔力ともいえない力……ともすれば、この世界の因果に影を落とすかも……」
ステラは思わず息を呑んだ。
「観察は継続。接触は……もう少し、様子を見ましょう。できれば魔道具のサンプルが欲しいわね……ステラ、どんな手を使ってもいいから持ってきてくれる?」
ライオネットの唇に、獣のような笑みが浮かんだ。
「はい、先生。必ず」
ライオネットからの命令に、ステラは胸を弾ませた。




