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おっさん出立す

 「色々手配してもらって、ほんとありがとうなミカちゃん」

 「ミカちゃんって言うでない、わしは年上じゃぞ」

 出発の朝、荷造りもほぼ終えて、ミカちゃんとの別れも近づいてきた。

 なんかもう感謝し過ぎて逆に“様”付けすることが失礼な気がして、ミカちゃんって呼ぶことにしたけど、本人も嬉しそうでなによりだ。


 審議会、魔王軍の襲撃、そして暗殺未遂。

 普通なら「関わると危ない奴」って扱われても文句は言えねぇのに、ミカちゃんは違った。

 なんで、あのちっこい体で、誰よりも堂々と俺の味方してくれるんだろう。

 そして、ふと思った──。


 もっと恩返ししたい。俺がここを離れたら、上手いおにぎりも、部屋の掃除も、マッサージチェアだって使えないじゃないか。

 だから俺はミカちゃんにある提案を持ちかけた。


 「ミカちゃん、一緒にエルグラーダ行かねぇか?」

 学園都市エルグラーダ。それが俺の通う学校の名前らしい。

 魔法協会の偉い人が私財で築いた魔導学園都市。

 将来の魔導士、騎士、研究者……とにかく“ヤバいくらいの天才”が集まる場所らしい。

 貴族はもちろん、王族の子息も通ってるっていうんだから驚きだ。

 地球で言うなら、MITと東大とハーバードを魔改造して、一つにまとめたようなとこか……。

 なにそれ自分で例えといてあれだけど、怖ぇ。電気屋のおっさんが行っていい場所じゃねぇだろ、常識的に考えて。


 「なんじゃ急に、別れが恋しくなったか?」

 恋しいってもんじゃねぇ、けど悟られるのも恥ずかしいからな。


 「ミカちゃんの師匠もいるんだろ? 挨拶くらいしに行ってもいいんじゃないか?」

 推薦人が一緒じゃないのも変だしな。


 「……わしは行けぬ」

 まただ、またミカちゃんが寂しそうな顔をした。

 サンダルも言いかけて止めたミカちゃんの秘密。ここで聞かなきゃ旅立てないよな。


 「行けぬって、なにか都合が悪いのか?」

 「そうじゃな、行きたいのは山々じゃが……わしはこの王都を出ることを許されておらんのじゃ」

 許されない?


 「なんだよそれ、出たいのに出れないのか? 誰かに怒られるとか?」

 「そんな生易しいもんではない。王都の門をくぐると、自分の部屋に戻ってしまう……死を選ぶことも……歳を取ることも許されぬ、忌々しい呪いじゃ……」

 一瞬で家に帰れるのか、一見便利そうだけど、外にでれないってのはきついな……って。


 「それって、いつまで?」

 「永遠にじゃ。この国が存続する限り、わしは守り続けねばならん」

 「永遠って、なんでそんなことになったんだ?」

 「……話せば長くなる。おぬしは要らぬ心配なんぞするでない」

 「いや、心配だよ。俺にできることがあればなんでもするぜ? ミカちゃんには感謝してもしきれないからな」

 「……呪いとは言ったが、やぶさかではない。この国の皆の笑顔を守ることに意義はあるし、満足もしておる」

 また少し寂しそうな顔をした。いや、本音も混ざっているのか……。


 「ミカちゃんが望むなら、俺は学校行かないぜ? その呪いを解く方法を一緒に探してやる」

 この国を出なきゃならないなら、そんくらいの冒険のほうが俺にはお似合いだ。


 「ばか者。わしの顔に泥を塗る気か?」

 ちょっとだけ、ミカちゃんに笑顔が戻った気がした。


 「まぁ、正直に言おう。わしはおぬしを利用しようとしておる」

 「おう、利用されんのは得意だぜ。どんどん頼ってくれ」

 「電のじ……わしはおぬしが、その電力という力を御したとき、世界が変わる気がするのじゃ」

 「え? またまたぁ」

 「理屈ではない。“電気”というものが、いかに人の暮らしを変えるか……それを、わしは肌で感じた。飯が旨くなり、肩が軽くなり、部屋が片付き、……人が笑う。それが“未来”でなくて、何なのじゃ?」

 「……なんか、ちょっと照れるな」

 「本心じゃぞ。ぬしの行く道の末に……あるいはわしの未来も……」

 そう言って、ミカちゃんは遠くを見た。


 ──俺の迷いは、ミカちゃんのその希望に満ちた顔で、全て吹っ切れた。

 「行ってくるよ。電力を制御できなきゃ戻ってこれないし。またみんなの笑顔が見たいからな」

 「お前の弟子はすげぇ奴だなって、ミカちゃんの師匠に言わせてやる」

 「好きにせぇ」


 それからミカちゃんは自分の部屋に戻り、俺の乗る荷馬車に全力の結界を張ってくれた。

 その分、他の村々の結界が弱くなるけど、そこは騎士団に任せろって、クレアとサンダルが鼻息荒めで言った。

 待ってろよ、みんな。学校なんてウン十年ぶりだが、俺は首席で卒業とかいうのを目指すぜ。


 そう、意気込み。ミカちゃんやみんなに迷惑だからと思い立ち、準備してもらった荷馬車を断り、電動キックボードを召喚して走り出したものの、舗装されていない山道にタイヤが埋まり、五分で断念した。


 「やっぱ道路って文明だな……」と独りごとを良いながら、次にオール電気自動車でも出せばワンチャンと思ったが、残念ながらそれは叶わなかった。

 高価すぎて、実物に触れたこともなければ、構造すら詳しく知らない代物は、召喚のしようがない──俺の力は“記憶と体感”に強く依存するのだ。


 しかたがなく、荷馬車の人に頭を下げて乗せてもらい、デコボコ道の酔いに苦しみ、野宿や廃屋のような宿を点々とすること数日──ようやく辿り着いた学園都市エルグラーダの荘厳な外観を前に、旅の疲れは吹き飛んだ。


 空に浮かぶ巨大な環状障壁。雲を突き抜ける魔導塔。街全体が光と結界に包まれた要塞のような都市。


 「……いや、やっぱ場違いすぎねぇか、これ……?」


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