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転生編②

 草の匂いが、やけに濃かった。


 目を開けると、どこまでも広がる草原。空は青く澄み、風は肌をなでるようにやさしい。


 「……あれ、俺……?」


 頭がズキズキと痛む。酒のせいか、感電のせいか、記憶がふわふわと曖昧だ。


 ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡す。木々の葉は妙に大きく、緑というより青みがかっている。足元に咲く花も、どこか異様で、虫のようなものが飛んでいるが……形が明らかにおかしい。


 「空気も……なんか、軽いっていうか、澄みすぎてる……?」


 違和感がじわじわと積もっていく。

 ここは、俺の知っている日本じゃない。いや──地球ですらない。


 「……まさか、異世界……死んだのか、俺……」


 ぽつりとつぶやいたそのとき、視界の端に見慣れた物体が映った。


 「……レンジ?」


 草の上に鎮座していたのは、あの電子レンジだった。修理中だったやつに貼られた、花屋のおねーちゃんのメモ書きがそのままついている。


 「こいつも一緒に……転生?」


 まさかとは思いつつ、天板にそっと手を触れる──


 バチバチッ!!


 「うおっ!?」


 手に走る刺激。そして、パネルがピカッと光った。


 「通電してる……? いや、俺が触ったから……?」


 思わず自分の手を見つめる。もう一度、レンジに触れてみる──


 チンッ。


 「……直ってる……って、いやいやいや、そうじゃねえ!」


 俺が触ると動く。コンセントも電池もない。ってことは──


 「俺、電気出してんのか? 感電したから? いやいやそんな馬鹿な」


 そのときだった。


 「キャアアアアア!!」


 悲鳴が草原の向こうから飛んできた。


 目をやれば、小さな丘を少女が転がるように駆け下りてきている。その背後には、歯をむき出しにしたゴブリンが三匹。小柄だが、明らかに敵意満々で追いかけてきている。


 「おいおい……初っ端からモンスターとか、聞いてねぇよ……!」


 けど──


 「助けねぇ理由があるかよっ!」


 俺は、ためらわずに電子レンジを抱え上げた。

 家電は電気屋の誇りであり、命を預ける相棒……

 だが今、この状況じゃ──


 「くらえぇぇっ!!」


 相棒にも砲弾になってもらうしかない!

 ごめんな、花屋のおねーちゃん……レンジ、ちょっとだけ借りるぜ!

 勢い任せで、俺は電子レンジを全力で投げつけた。


 「ギャァ」


 ゴブリンが叫ぶ。脳天直撃。無事なわけがない。


 「キィィィィ、ワリュワリョワリョォォォーーーー」


 額から緑色の液体を垂らしたゴブリンが、今度はこっちを睨んできた。残りの二匹とアイコンタクト。……はい、来た。


 「上等だ。こう見えて、柔道も剣道も初段持ってんだ。なめんじゃねぇぞ、ゴブリン共……っ!」


 ──三秒後。


 「いてぇぇ! やめろ、すみません、ほんとすみませんっ! 死ぬってマジで死ぬってぇぇぇ! ……三対一は卑怯だろぉ……」


 叫んだところで容赦はなく、こん棒でフルボッコ。

 柔道も剣道も、数と木の棒には勝てなかった。


 「骨……二、三本は……いったな……」


 うずくまりながら呻く俺を尻目に、ゴブリンたちは気が済んだのか少女の方へと向かいはじめた。


 「ヒッ……」


 少女は涙を浮かべ、腰を抜かして震えている。


 「くそっ……助けねぇと……!」


 草むらに転がる電子レンジの電源コードが、視界に入った。


 俺は藁にもすがる思いでコードのプラグを握り、叫んだ。


 「やめろぉぉぉ! 俺はまだ、俺はまだ負けちゃいねぇぞおおおおおっ!!」


 全身の力を込めてコードを引き寄せた。

 コードは綱のようにピンと張り、俺はそれを手繰り寄せながら、少女のもとへ突っ込むつもりだった。


 だが──その瞬間、手の中から何かが走った。


 「うおっ……な、なんだ今の……!?」


 手からレンジへ、まるで電流のような感覚が駆け抜けていく。肌が逆立ち、全身の毛穴がビリビリする。


 そしてレンジが震え、パネルがギラリと赤く光った。


 ビリビリビリッ……!


 「え……なにこれ……俺の中から電気が……!?」


 コードを通じて、まるで洪水のように俺から“何かががレンジへと送り込まれていく。  パネルがギラリと赤く光ったかと思えば、レンジ全体がジジジと震えだした。


 「やばっ、ちょっ、ちょっと待っ──」


 ジジジジジッ……!


 チンッ。


 電子レンジは、轟音とともに爆発した。


 「キィィィッ!!」


 破片が飛び散り、ゴブリンたちの背中に突き刺さる。


 少女はゴブリンたちの陰にうまく隠れていたようで、傷ひとつなかった。


 「よ、良かった……」


 驚いたゴブリンたちは振り返ることなく逃げ出し、草原の彼方へと消えていった。




  「うあっ、たしゅ……でゅん……」


 少女が泣きそうな顔で、わけのわからない言葉を必死に口にする。


 ……まったく何を言ってるのかは分からねぇ。


 だけど、その震える声と、俺の手を握る小さな手が、全部を物語ってた。


 「助かって……よかったな……」


 そう、ひとことだけ呟いたあと、まぶたがどんどん重くなるのを感じた。


 心配かけまいと、最後くらいは笑顔で。


 ──これで、俺も……もう、心残りねぇぜ。


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