王国編⑫
玉座の間には、重い空気が流れていた。
王様、エネッタ姫、クレア、ミカ様、サンダル、そして俺。
さらに、今回の件を審議するために集められた重臣たちがずらりと並んでいる。
先に、王様が口を開いた。
「電次郎暗殺未遂の件、必ず犯人を特定し、厳正に処罰する」
その言葉に、俺は静かに首を振った。
「いや、それはいいです。必要ない」
俺のその一言に、玉座の間にざわめきが広がった。
「無礼な……!」「何を言うか、王命に楯突くのか」
数人の大臣が、声を荒らげる。中にはあからさまに顔をしかめる者もいた。
その空気を断ち切るように、ミカ様がゆっくりと立ち上がった。
「落ち着け、下郎ども。わしも電のじと同意見じゃ」
場が静まった。ミカ様も俺と同じように思っていたんだな、そりゃそうだ……俺はここじゃあ危険因子、普通に考えりゃ追放もんだ。
「魔王軍が電のじを狙っているという事実。そして、その理由を隠すことはもうできぬ。ここで誰かを罰したとしても、原因を取り除かぬ限り──また、同じことが起こるじゃろうて」
俺は、皆の顔を順に見渡した。
「俺が不甲斐ないばっかりに、みんなに迷惑をかけてしまっているみたいだ。だから、ここを去ることにした。……もともとここは俺の居た世界じゃないしな」
クレアが目を見開く。姫さまも、あっと小さく息を飲んだ。
「……もとの世界に帰る方法を探して、旅に出ようと思う。静かに暮らす。見つかっちまったら、それまでの人生だったって、あきらめるさ」
もともと、終わるはずだった人生だ。 悔いはない。
──そう思ってた。
でも、なんでだ。 なんでこんなに悔しい……?
沈黙が場を支配する中、ミカ様は杖を一度コツリと床についた。
「ならば──」
その一言に、皆の視線が集まる。
「おぬしが“去る”というのなら、それにふさわしい“場所”が必要じゃな」
そして、何気ない調子で言った。
「というわけで、轟電次郎の入学手続きは済ませてある」
「…………は? 入学?」
全員が固まった。
「ぬしの魔力……もとい電力が漏れ出して王都を危険に晒すのなら、より強固な結界の中で暮らせばよい。学園都市エルグラッド。あそこならわしの師匠もおる、電力の漏れに関して力になってくれるであろう」
学園都市? 師匠?
「え、ちょっと待っ──」
初耳のことだらけで、訳が分かんねぇんだけど。
「そこの者、入学届の控えを」
文官が律儀に書類を掲げた。
そこには俺の名前と年齢、推薦人としてミカ様の長い名前があった。
「え? 俺、この年で学校行くの?」
「なんじゃ? 不服か?」
「それは、その……」
場が一瞬だけ、和やかな笑いに包まれた。
俺は自分のことしか考えていなかったのに、ミカ様は俺のことをちゃんと考えてて、そんで、ここに居るみんなが納得できるように準備までしてて……全部お見通しだったってことか。
まいったな……なんで涙が出るんだろう……
くそう、涙もあったけぇよ。
……こんなに泣いたのは、近所のばあちゃんが店に来て、「うちの冷蔵庫、もう寿命なんだよ」って言ったとき以来かもしれねぇ。
奮発して展示品の冷蔵庫を格安で譲ったら、その場で泣き出して、「これで孫に冷たいスイカを出してやれる」ってさ……。
もらい泣きしながら一緒にスイカ切って食ったあの夏の日、まさかこんな場所で思い出すとはな。
みんな、なーんにも言わずに、俺が泣き止むまで黙って待っててくれてた……。
気づいたら、誰もそばから離れてなかった。
そういうの、ずるいよな。優しすぎて、逆に恥ずかしくなって、もっと泣きそうになった。
……でもまあ、すぐに出発みたいだし。しばらく会わなくて済むなら、ちょうどいいかもなって歯を食いしばった。
王宮の庭で、見送りの準備が整ったあと、みんなと個別に言葉を交わす時間ができた。
最初に来たのは、姫さまだった。
「……あなた、ほんとうに行くのね」
「まあ、姫さまにまで刺客が来られちゃかなわんからな」
「……だから言ったでしょ、わたくしに逆らうと碌なことにならないって」
「いやいや、それ関係なくない!? 普通に危ねぇから!」
ぷいと顔をそらしたエネッタは、それきり何も言わず、ただひとつだけポツリと呟いた。
「……学園都市エルグラッド……なるほどね」
その横顔は、なにかを企んでいるようにも見えた。
次に来たのはクレアだった。
「……わたし、待っています」
急にかしこまって、どうしたんだろうクレア。
「あなたが、またここに帰ってくるその日まで、ずっと」
ああ、思えばクレアがミカ様を紹介してくれたんだよな。クレアが居なきゃ、俺はきっとあの村でゴブリンにやられていたかもしれない。感謝しきりだ。
まだ、恩返ししきれていないからな。
「俺は必ず帰ってくるよ。エルナやコイル村のみんなにもよろしく伝えてくれ」
「…………はい、承知しました。永遠に待ってます」
「いや、なんで“永遠に”?」
「約束ですよ」
「お、おうよ」
なんだか凄い気迫で、つい返事をしてしまったけど……他意はないよな?
サンダルがズカズカと歩いてきた。
「……あんときのスタンブレード、正直効いた。今もたまに右肩がピリピリする」
「まじか。すまん、それ後遺症とかだったら謝る」
「言っとくけど、まだ勝負ついてねぇからな。戻ってこいよ」
そう言って、サンダルは俺の肩を軽く叩いた。
「おうよ、もうちょっとましになって帰ってくる。もう戦いたくはないがな」
戦う意味もない……そういやミカ様の呪いがどうとか言ってたな。
「なあ、ミカ様はなにか問題を抱えているのか?」
あの人、時折ふっと遠くを見るような目をしていた。 肩をすくめて笑ってごまかすけど、俺には分かる。 あれは、自分の中に何かを抱えてる人の目だ。
だから、旅立つ前にどうしても聞いておきたかった。
ミカ様に聞いてもはぐらかされるだけだし、モヤモヤは晴らして旅立ちたい。
「……お前の力なら、あるいはミカ様を……」
サンダルは珍しく思いつめた顔をした。
「いや、なんでもねぇ。大丈夫だ。ミカ様は俺が守る」
「そ、そうか、よろしく頼むよ。肩でも揉んでやってくれ」
心配だけど、大魔導士様なら俺なんかの力は必要ないだろ。
それよりも俺が居なくなってマッサージチェアが使えなくなったらミカちゃんが悲しむからな。サンダルのパワーなら肩コリなんて一撃で破壊だぁな。
「お、お、おれ……が、ミカ様の、か、か、肩を……」
サンダルは真っ赤な顔をして、それ以上なにも言わなくなった。
ダメだなこりゃ。




