王国編⑪
「慌てるな、あやつの得意分野は分析、攪乱。戦闘魔法は用いておらん」
ミカ様が低く、しかしはっきりと告げた。
周囲に走っていた緊張が、ほんの少しだけ和らぐ。
──インスーラ。
靄を割って現れたその男は、まるで舞台に立つ俳優のようだった。
黒く光る長髪を後ろでまとめ、精緻な金縁の眼鏡をかけている。
肌は褐色で、引き締まった体躯は無駄のない線を描いていた。
見た目はスラリとしたモデル体型。目鼻立ちもくっきりしていて、男の俺から見ても「整ってる」と思う。
そして、その腕には、どこかで見覚えのある物がぶら下がっていた。
……あれは、俺のドローン。
「この魔道具を出したのは、おまえか」
インスーラの目が、まっすぐに俺を見ている。
その声は低く澄んでいて、場にいる誰もが自然と息を飲んだのが分かった。
「……ああ、そうだけど」
俺が答えると、インスーラは軽くうなずき、ドローンを指先で回して見せた。
「これほど微細な観測装置は、魔王軍にも存在しない。魔力も感じず制御方式も独特だ。これは……秩序に対する明確な干渉だな」
「は……?」
「世界の在り方を脅かす“特異点”だと、我らは判断した」
インスーラが言い放ったその言葉に、場が凍る。
「この進軍は“警告”である」
ゆっくりと歩き出し、俺たちと一定の距離を保ったまま立ち止まる。
「ボルトリア王国に告げる。我が主はこの特異点の元凶である者の排除、もしくは引き渡しを要求する」
「なっ……!?」
ざわめく騎士団。クレアが剣を握りしめた。
「待て、それはあまりにも一方的だろう!」
サンダルが前に出ようとするのを、ミカ様が手で制する。
「……まずは、話を聞こう」
インスーラの目は変わらず冷静だった。
「忽然と現れ、魔力ではない力で物を動かし、探知をすり抜け、予測不能の影響を与える存在。その男は、この世界の秩序にとって、極めて不安定な変数である」
今、話しているのって俺のことだよな……もしかして、魔物の侵攻って俺のせい……なのか?
「だが、すぐに結論を出せとは言わん。七日以内に返答せよ。拒めば……次は“警告”だけでは済まさぬ」
その言葉を残し、インスーラは再び靄の中に消えていった。
その背中は、一切の激情も殺意もなかった。
ただ淡々と、計画された“警告”を遂行しただけ……それがより一層事態の深刻さを物語っていた。
最初に声を上げたのは、ミカ様だった。
「……何を言うかと思えば、排除とはの。あやつらしい理屈じゃ」
排除って、俺に死ねってことだよな……いきなり来て、そりゃねぇよ。冗談にもほどがある。
「わたしは断固反対です」
クレアの真剣な顔に、ありがとうと言いたい。
「電さんがいなければ、魔王軍を察知できず、犠牲者が出ていたかもしれない」
とっさの判断だったが、役に立てて良かった。
「そうよ」
エネッタも続いた。「おじさまが居なくなったら、わたくし……いえ、みんな困るでしょう」。私利私欲に素直な姫さま。それはそれで、評価できる。
「まだ俺との勝負がついてねぇんだ。死ぬのも居なくなるのも許さねぇよ」
サンダルの言葉は嘘っぽくないから、困る……もうこの人とは戦いたくない。
「当たり前じゃ。ここで電のじを追い払おうと思っておる奴がおったら、わしがしばいてやる。のう? 王よ」
ミカ様は、すぐに王様の顔を見た。
たぶん、ミカ様は俺のことを考えて、すぐに王様に振ったんだと思う。
「うむ、電次郎がこの窮地を救ったことは明白。今度は我らが彼を守る番だ」
その王様の一言で、この場に漂っていた緊張が解けていく感じがした。さすが王様、さすがミカ様だ。
「今は、態勢を整えよ。対応策については追って伝令を出す」
王様の側近がそう告げると、みな散り散りに去って行った。
♦-/-/-//-/-その日の夜/--/-/-/--/♦
「眠れねぇ……」
王様はああ言ってれたけど、どう考えても魔王軍が攻めてきたのは俺のせいっぽいんだよな。
やっぱり、この電気を放出する能力のせいなんだろうか……ミカ様の結界も貫通して魔王軍にまで知られたってことだよな? どんな力だよ……特訓を始めてから一か月くらい経つのに全然漏らしっぱなしらしいし。どうすりゃいいんだ。
ミカ様も、クレアも姫さままで優しかったな……。
サンダル……あいつなりの優しさか?
みんな良い奴ばっかりだ。
みんなの役に立ちたい。
俺がいれば今回みたいな突発の危機だって回避できる。
まだまだ役に立ちそうな電気製品はいっぱいあるし……。
みんなの優しさに甘えていいんだろうか……。
でも、また魔王軍が……今度はもっと凄い軍勢で来たら?
俺のせいで……みんなに危険が……エルナ……コイルの村のみんなも大丈夫だろうか?
くそっ、考えてもなんも分からねぇし、眠れねぇ。
夜風にでも当たってくるか。
そう、思って布団を出た瞬間。
俺は声を上げた。
「誰だ……」
暗闇で物音がした。誰かが部屋にいる。
一瞬の静寂の後、人影が目の前に現れ、こっちに向かってきた。
危険を感じた俺は、すぐに人影を避けた。
「誰だって言ってんだよ」
俺はLEDライトを召喚し、暗闇を照らした。
ライトの光が、なにかに反射した……人影が手に持っている物。
ナイフだ——カギ爪のように曲がっていて、背がギザギザしている。明らかに得物を仕留めるために作られたような武器。
人影は、それを構えながらゆっくりと音もなく迫ってくる。
「っ……ちょ、待って」
ナイフは俺の首元を狙って襲い掛かる。
完全に俺を殺しにかかっている。なんだこれ、もしかして暗殺者ってやつか?
俺はすぐにスタンガンを召喚し構えた。
10000ルーメンのLEDライトを暗殺者の顔に向けて照らしたが、相手はそれをものともせずに向かってくる。
スタンガンで対抗できるのか? 他になにか有効な家電、武器は……。
「なにごとじゃ」
ミカ様の声がドアの外で聞こえた。
その瞬間、暗殺者は闇に消えていった。
後で聞いた噂だが、どうやら審議会に居た一部の否定派、つまり俺や電力をよく思わない大臣だかが雇った暗殺者らしいってことが分かった。
俺は自分の身の危険を感じ、これがミカ様や姫さまと一緒にいるときだったら……俺はみんなを守れるだろうか……おれがここにいるせいで……。
俺はやっぱりここに居るべきじゃ……。
そんな思いが、体の震えと一緒に大きくなった。




